まず忖度ありき
「では、水里君の作品、略称”弱オレ”への寸評を始めます」
夏休みを直前に控えた平浜高校。15時過ぎの文芸部の部室で大須賀杏子が軽く咳払いをした。これから「現実世界で最弱だったオレがチートスキルを駆使して異世界最tueeeeとなりモテすぎて困ってしまった挙げ句孤児院のオーナーとなりスローライフを満喫している件」の公開書評を始めるのだ。
「稲穂とあやめちゃんも読んだね?」
「ああ、うん」
「はい」
ではその上で、と杏子は重要な前置きをはさんだ。
「ええと、水里君は私に数学を教えてくれた恩人なので、かなり気を使った、すなわちズブッズブでベッタベタに忖度しまくった寸評になります。わかりやすくいうと談合バリバリの市議会議員と建築業者のような関係です」
「何だその中途半端に社会派ぶった例えは」
「うるさいな。それから当たり前だけど、一生懸命書いたものを笑うことは禁止ですので」
「わかりました。がんばります」
「じゃあまず私から」
稲穂がノートを見ながら短い書評を述べた。
「ひどく面白くなかった。原稿用紙の使い方がもったいない。以上」
「それだけ?」
拍子抜けした様子をあらわにしながら水里波濤は首をひねる。
「うん。そんだけ。あとはなにもない」
「じゃあ次は私でいいですか」
あやめが話しだした。
「一つの文章の中で何度も同じ主語が出てくることにより、読みづらさに直結しています。簡略化できると思います。それから、相変わらず擬音が多すぎます」
「迫力を出すためにだけど。あと相変わらずって言われても、僕の初長編なんだけど」
「あ、すみません。勘違いです。けど漫画ならわかりますが、ただ擬音を言葉で並べただけでは迫力は出ません」
波濤の反論を、あやめは一方的に封じ込めた。
「それと、いくらなんでも多すぎる改行のせいで読みづらいです」
「最近のラノベは改行が多くないと読まれないんだよ。読者層に合わせたんだ」
「書く側が読者層を限定するんですか?」
「限定ていうか、それは……そうだろう」
そういうものなのかなあ、とあやめは考え込む。更になにか言おうとした時、杏子が無言で手を上げた。追い詰められそうな波濤への忖度が発動したのだ。そのまま、淀みなくノートに書いた文字を機械的に読み始める。
「いいと思う。いいねを10個あげたい。主人公のオレの主張がやたら強くてキャラが立ってる。ステータス画面っていうのも、ゲームをやってる人にはビジュアル的に分かりやすいんじゃないかな。共通認識として脳内にあるんだろうし。それから改行が多くて目に優しい。ユニークだし最強だしファイアーがメラメラだしテンション上がりまくる話題作。後半のエッチな部分も読者層に食い込む、と思います」
気を良くした波濤は相互を崩し、うんうんと頷いた。まだあやめは考え込んだままだ。その様子を見ていた稲穂が口を挟む。
「なあ、水里センセイ。杏子は建前しか話してないからな?」
「ちょっと、稲穂」
「感謝してるのは分かるけど、水里の為にもならないって」
「うん、まあ、それは、まあそうかもしれないんだけど」
波濤は椅子から立ち上がり、少し声を大きくした。
「気遣いはいらない。ちゃんと評してほしい」
「うん、わかった」
杏子はノートを閉じ、淀みなく話し始める。
「いいと思う。内容は心底どうでもいいと思う。いいねボタンを偶数回押してなかったことにしたい。なんで自分だけステータス画面とか出てくるのかも分からないけど、傷一つつかずに異世界の悪役たちをなで斬りにするのは、他者の存在を下に置きすぎていて不安になる。現実世界で転職したらモテモテになる、というのと同じくらい無理。あと改行が多すぎて原稿用紙がもったいない。原稿用紙のメーカーに、いや、地球に謝るべき。恥ずかしさで血圧が上がる問題作。なに唐突な後半のエロ展開は。なんで孤児院の子供にオーナーが手を出して変態扱いされないのだろう。最強から更に強くなるのなら、それはもともとが最強ではないのでは。けど私が最も」
「杏子、ハウスッ、ハウスッ!」
ブレーキの壊れたダンプカーを制した稲穂は、立ち上がったまま固まっている波濤を見上げ
「大丈夫か?」
と尋ねた。波濤は
「大丈夫」
とオウム返し。若干の赤面が見受けられる。
「けど私が最も残念なのは」
ダンプカーはバリケードをぶち破って暴走を続けた。
「何を言いたいのか、何を書きたいのか全然伝わってこないこと。もしかしたらこういう都合の良い展開が、今、受けるのかもしれないけれど、水里君が何をこの作品で吐き出したいのかが、全っ然、ビタ一文、これっぽっちも伝わってこなかった。『これなら売れる』っていうのだけは伝わってきたけど、『誰かに読んでほしい』という姿勢が全く感じられなかった。さっきあやめちゃんも言ってたけど、アマチュアの小説なんて、書きたいことがあるから衝動的に書くものなんじゃないかな」
杏子に悪気はない。ただ文学を商売に直結したがる姿勢に納得がいかなかったのだ。もしそれが可能なら、世の中の大半は作家になっている。
しおしおとひなびていった波濤は、小声でつぶやいた。
「もうやめる。書くのやめる。僕、才能ない」
「打たれ弱いなあ」
稲穂は苦笑した。
「素人の書いた小説なんて、だいたい酷評されるもんだよ。誰かにとっては道標の灯りになるかもしれないけど、眩しいから消せって人もいるだろ? 水かけてくる奴もいるかもな。それでもなお火を灯すのをやめない、頭のどっかがおかしい奴が何度もめげずに書き続けたもの。それが小説とかなんじゃないの?」
「なんか高浜さんがかっこいいこと言ってる」
「うっせ。水里はまだスタートラインにも立ってなかったってだけの話しじゃんか。だから失敗でもなんでもないよ」
茶々を入れるあやめを軽く一蹴し、稲穂は話をまとめた。杏子が後を引き継ぐ。
「うん。水里君は失敗してない。誰かにとっての道標を目指そう。眩しいから消せって言う人もいるかもだけど。頭のおかしい人が書いたものが小説なんだよ」
「いや雑にパクるなよ、まとめたいんなら」
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