第4話 王太子とお友達になりました

こ、ここが王宮か。でっかいなぁ。数分ほど馬車に揺られて辿り着いたのは、我が家の屋敷なんて比にならないほど大きな建物だった。ここで、国の政治の全てが行われているんだと思うと、ちょっとだけ感動した。馬車で門の中に入って、そのまま進んでいく。すごい、屋敷の中でも馬車を使うんだ。窓の淵から少し外を覗くと、意外にもたくさんの人々が慌ただしく動いていた。

 

「儀典の責任者はどこだ?」

「捜索中です。」

「また逃げたか。」

「宰相様!御三家の皆様、無事到着とのことです。」

「どなたか、魔石を落とした方、いらっしゃいませんか~?」

「宰相様ぁ!そっちに鳩が。」

「今捕まえます。まっていなさい。」


 何か、デジャヴだ。王宮ってもっとおしとやかに働いてるイメージあったんだけど全然違うな。こっちの世界には携帯電話がないから、あんなふうに鳩に魔法をかけてやりとりするんだけど、宰相って、あんなに前面に立って指示出すんだ。面白い。私は、こういう方が好きだな。王宮のこととか、王太子さんに色々聞いてみれたらいいな。


「着きました。」


 少しうとうとしていたようで、女官さんの声で目を覚ました。何ここ。さっきまでとは雰囲気が違う。穏やかで、でもどこか威圧感がある。なんていうか、落ち着かない。私なんかが踏み入れていいのか、不安になって女官さんを見上げたけど、私の視線には気付いていないようだった。


「この先、殿下がお待ちです。」


 どっしりした扉の前に立たされる。


「では、私はここで失礼させていただきます。あとは、お二人でごゆっくり。」


 リアムはいつの間にかウサギの姿になって私の肩に隠れていた。ちょっと待って!一人にしないで!私の心の叫びは当然、届くはずもなく、一人、扉の前に取り残される。どうしよう。ノックとかした方がいいのかな。それとも、何か言われるのを待つべき?お母さん。中での作法しか教えてくれなかったからな。私が扉の前でおどおどしていると、いきなり扉が開いた。


「ひゃっ!」

「入れ。」


 肩からぷるぷる振動を感じる。そんなに怯えないで。私まで不安になってくるから。


「そなたがエフィニアか?」

「は、はい。」

「俺はシオン=リセル。王太子だ。」



 今日は顔合わせの日。昨日からなぜか注意力散漫なのは気にしないようにしよう。普段なら待ち合わせの時間に遅刻しても何も感じないが、今日はなんとなく落ち着かず、予定の時間よりだいぶ早く部屋に着いてしまった。もう準備は整っていて、中には誰もいなかった。

 適当な椅子に座り、エフィニアが来るのを待つ。人を待つなど初めての経験だったが、そんなに悪くないな。やたらと時間が気になって、ついちらちらと時計を見てしまう。それでも一向に来る気配がないから、外を透視していると、肩にウサギを乗せた少女の姿が見えた。

 扉の前で固まって全く動く気配がないので、俺から声をかけることにした。力加減を誤って扉を開くのがつい荒っぽくなってしまったが、まぁいいだろう。


「そなたがエフィニアか?」


 平静を装って聞く。触れなくても分かる、圧倒的な魔力。今まで自分の魔力にはそこそこの自信を持っていたが、彼女に比べればないに等しいような量だということを思い知らされる。


「は、はい。」


 今まで見たどんな人間よりも美しい容姿の彼女に、一瞬見とれた。


「俺はシオン=リセル。王太子だ。」


 少し緊張している様子にも好感が持てた。今まで会った女は皆、下心丸出しで接してきたから、彼女の挙動の一つ一つが新鮮だった。椅子に座るように促すと、彼女は遠慮がちに腰かけた。

 しばしの沈黙。何を話せばいいのかわからない。どうしようか。…。どうしよう?動揺しているのか?この俺が?今まで誰かと接していて、こんなにも会話を繋ごうと思ったことなどなかった。必死で頭を回転させていると、彼女がウサギのほうに体を傾けて会話しているかのような動作を始めたのだ。

 ウサギの方もそれに答えるかのように動いている。もしや、彼女も。俺が質問しようと口を開いた瞬間、彼女が喋った。


「私は、エフィニア=ストロイド。5歳です。」



 あぁぁぁぁぁ!やってしまった。何?5歳です、って。幼稚園児が久しぶりに会った親戚にする挨拶かよ。終わった。私の社交界デビュー詰んだ。王太子さんびっくりしてるじゃん。


「ふっ。そなたは本当に面白いな。」


 わ、笑われた?まぁとりあえず怒ってないみたいだったから良かった。お父さん、偏屈とかなんとか言ってたけど、意外といい子かもしれない。いや、そうだと願おう。


「その肩のウサギはなんだ?もしかして。」


 え?そこ聞いちゃいます?これ、なんて答えればいいのかな?


『リアム。何て言い訳する?』

『そ、そうだな。間違っても私の契約神獣です。などと言ってはだめだぞ。父親に貰ったなど適当なことを言って、』

「リアムは私の契約神獣なんです。」


 やってしまったぁぁぁ!緊張のあまり気が動転して一番言っちゃダメなことを暴露してしまったぁぁぁ!今度こそ詰んだ。きっとリアムは教会かなにかに引き渡されて、私は一人寂しく残りの人生を歩むことに、


「やはりそうか。奇遇だな。実は俺も、神獣と契約を結んでいるのだ。」


 へ? 今、なんて?


「三歳の頃、適当に開いた書物に神獣について載っていてな。暇つぶしに召喚してみたら意外にも気が合って、そのまま契約。というわけだ。」


 まじか。勝手に神獣と契約してるのは私だけだと思ってた。でも、良かった。隠し事をしなくていいと思うと、気が楽になってきた。今まで散々失敗したおかげで、緊張もほぐれたし。


「紹介しよう。クノエ。」

「久しぶりだなぁ、兎。」

「狐?お前が人になつくとは、珍しいな。」

「お前こそ。今のご主人様がよっぽど大切らしいな。耳飾りまで渡して。」

「あたりまえじゃ。まろのエフィニアに手を出したら許さんぞ。」


 こんな近くでキツネを見るのは初めてだけど、めっちゃかわいいね。触りたいけど、勝手に人の神獣触るのは失礼だよね。いつのまにか人型になっていたリアムと軽口を叩きあうクノエさんをじーっと見つめていると、


「触るか?」

「いいんですか?」

「あぁ。」


 王太子様太っ腹!わ~い。生のキツネだぁ!すっと手をのばすと、私が撫でやすいように近くに寄って来てくれる。


「ふわふわだぁ!」


 何この最高の手触り。指が離れない。


「神獣と契約している人間は初めて見た。」

「私も三歳くらいの時に会ったんです。殿下は、契約を結ぶときに神殿的な建物に入ったりとかしましたか?」

「いや、俺は金庫の中のような場所だった。物凄く大量の財宝があったのを覚えているな。」


 今までこういう話をする相手がいなかったから、なんか嬉しい。急に親近感が湧いてきて、私は自分から話しかけることができた。


「神獣によって、契約するときに移動する場所とか、違うんですかね。」

「全部で12匹いると聞いたが。」

「12匹…。」

「そうだ、俺には敬語を使わなくていいぞ。あと、王太子様もやめろ。シオンでいい。」

「じゃあ、私のこともエフィでいいよ。エフィニアって長いし。」


 良かった。この人、めっちゃいい人だ。緊張して損した。あ、そうそう。


「王宮に入って来た時、門の近くが騒がしかったけど、いつもあんな感じなの?」

「あぁ。国の政治の中枢だからな。あそこは人の出入りが激しい。うちの国は、あまり身分で縛らないようにしているからな。皆、遠慮なくものを言うし、必要以上にへりくだったり、威張ったりする者は少ないな。まぁ、それでも少し爵位が高いからといって偉そうにふんぞり返る貴族がいないわけではない。」


 シオンは、溜息まじりにそう続けた。だから家の使用人さんは、私に気軽に接してくれたんだ。良かった、常にガチガチの敬語で距離おかれたら落ち着かないもん。うちの領地だけかと思ってたけど、この国の政策のおかげなんだ。これは王様に感謝しなきゃだな。


「狐!これ美味いぞ。」

「お前、ドーナツ好きなのか?美味いよな、ドーナツ。」

「あぁ、人間の食べ物の中で、ドーナツが一番好きだ。」


 クノエさんも好きなんだ。ドーナツ。


「あの二人、仲いいみたいでよかった。」

「そうだ、そなた。リアムといったか?蕾の儀、クノエと出たらどうだ?」

「いいじゃん!まだ相手、決まってなかったんでしょ。」


 せっかくドレス作ったんだし。相手も確か、まだ決まってなかったでしょ。


「まろが狐と?」 「拙者が兎と?」


 はもってる。息ぴったりだ。私はお似合いだと思うけどな。


「やだ?」


 私が上目遣いで二人を見つめると、リアムが折れた。


「まろは、それで構わないぞ。」

「兎がいいなら。」


 クノエさんも乗気みたいだし、決定だね。


「私から父上に言っておこう。」

「ねぇねぇ、儀式には、人間の姿で出るんでしょ?それなのに、「狐」とか「兎」とか変じゃない?」

「確かに。名前で呼び合ったらどうだ?」

「さ、流石にそれは!」

「リアム。」

「っ。」


 真っ赤になってうつむくリアムの隣で面白そうに笑うクノエさん。わー男前。


「ほらほら、リアムも。」

「うぅ…。きつ、クノエ。」


 しばらくフリーズしていたけど、恥ずかしさが限界に達したのか、向こうのソファのほうに飛んで行ってしまった。今のやりとりは永久保存だな。可愛すぎる。その後も他愛ない会話を続けて、今日のところはお開きとなった。


「シオン。またね!」

「あぁ。」


 馬車に揺られて屋敷に戻る。あんなに緊張してたのが嘘のように、幸せな気持ちでいっぱいだった。初めて友達ができたのが嬉しくて、私は帰り道、ずっとリアムに話しかけていた。


「ただいま!」

「お帰り、えふぃちゃ」

「エフィ、リアム!何かされなかったかい?もう僕は心配で心配で。」

「大丈夫だよ!」


 食い気味に返事をする。お父さんがシオンのことを誤解したままなのは嫌だから、私は一生懸命彼の良さを伝えようとした。


「シオンは、すごくいい人だったよ。優しいし、話も面白いの!それになんとね!シオンも神獣と契約してたのよ!クノエさんと言ってね。キツネさんなんだけど、リアムととっても仲が良くて、一緒に蕾の儀に参加することになったの。」

「まぁ、リアムと?」

「うん、クノエさんはドーナツが好きだから、今度、ドーナツを持ってまた遊びに行こうと思うの!そうそう、シオンって、とってもノリがいいんだよ!冗談も面白いし。すごく頭がよくて、この国の外のことも色々教えてくれたの!」


 興奮気味にまくしたてる私を制して、お母さんは言った。


「えふぃちゃん、立ち話もなんだし、とりあえず、中に入りましょう。」


 その時、私は全く気付いていなかった。お父さんがいじけてリアムにあきれられていたことに。



 今日は蕾の儀当日。久しぶりにシオンとクノエさんに会えるから、私は朝から大分テンションが高かった。


「おっはよ~。空が綺麗だね!」

「そうだな。」

「あははっ!寝ぐせついてるよ。」

「そうだな。」

「お腹空いた!朝御飯なんだろうね!」

「そうだな。」

「え~ん、冷たい。」

「そなたのテンションが高すぎるんだ。」


 しょうがないじゃん。楽しいんだもん。その後も私はハイテンションで顔を洗い、朝ご飯を食べ、ドレスに着替えて馬車に乗った。今日ばかりは、お母さんに髪や服を弄りまくられるのも全く苦じゃなかった。


「エフィ。久しぶりだな。」

「シオン!クノエさん!」


 王宮の広間について、私は急いで二人を探した。会場には爵位の高い順に入場するため、中にはほとんど人がいなかった。


「綺麗なドレスだな。その…。とても似合っていると思うぞ。」

「で、殿下が微笑んでいらっしゃる。」

「あ、あの王太子殿下が他人を褒めた?」

「女性と親しげに会話しているではないか。女嫌いで有名なのでは?」

「信じられないな。」


 ざわめく人々。失礼な!シオンはちゃんと笑うし、人と会話もします!


「リアム、お前も似合ってるよ。ドレス、かわいーじゃん。」

「か、かわいいなど。」


 クノエさんは、たらしっぽい言動が多いね。チャラい、のかな?そんな感じでわちゃわちゃしていると、気づいたときには、広かった会場はたくさんの人であふれていた。親は別会場で待機しているようで、広間にいるのは子供だけだった。


「これから我が国の未来を担うそなたらのために、今日は舞踏会を開かせてもらった。存分に踊り、交友を深めてもらいたい。」


 王様の言葉が終わり、一瞬の静寂の後、広間に美しい音楽が響き渡った。辺りを見回すと、会場の右側に様々な楽器を持った人がいるのを発見した。フルートやヴァイオリンに似た楽器を持っている人や、ピアノを奏でる人。見たこともないような不思議な楽器を弾きこなす人もいた。こういう光景をみると、ここが本当に異世界なんだと実感が湧く。


「エフィ。踊ろう。」


 周囲はすでに踊りを開始していて、立っているのは私たちだけだった。


「うん。」


 お母さんに教えてもらってダンスはばっちりだったから、踊り始めは自信満々だったんだけど、だんだん曲が難しくなっていって、足がもつれかける回数が増えた。そんな私をフォローしつつ完璧に踊るシオンはいったい何者なんだろう。

 やっと曲が終わってフリータイムとなった瞬間、息つく間もなく私たちの周りに大量の人が集まって来た。女の子も男の子も、とにかくみんな。完全に人の壁ができてしまって、リアムたちがこっちに近づいてこれないほどだった。今まで、こんなたくさんの人に囲まれたことがなかったから、圧倒されて思わず後ずさる。


「シオン様!お久しぶりですわ!」

「殿下!覚えていらっしゃいますか?」

「王太子殿下!初めまして!私、グローデン伯爵の娘の、」

「殿下の隣にいらっしゃるのはエフィニア様か?」

「噂通り。物凄く美しいな。」


 前世だったらすたこらさっさと逃げ出していたけど、今はそんなわけにはいかない。私がシオンの服の裾をきゅっと握ると、私の腰に手をまわして、彼は言った。


「今から父上に挨拶があるので。」


 吐き捨てるように、一言。ざわざわしていた会場はまた、静まり返った。


「どうしたエフィ。行くぞ。」

「う、うん。」


 え?本当に行くの?国王様にご挨拶?ちょっと無理なんだけど。こ、心の準備が。私たちが集団に背を向けると、男の子たちはつまらなそうに、女の子たちは悔しそうに散っていた。


「エフィニア~。」


 ぎゅうっと私を抱きしめてきたリアムを抱きしめ返す。


「兎、絶望的にダンスが下手で、フォローするの大変だったぞ。」

「むぅ。仕方ないじゃろう。まさか踊るとは思っていなかったから。」


 ぷくっと頬を膨らませる。癒しだぁ。


「俺は父上に挨拶に行ってくる。お前らは好きにしていろ。」

「了解。」

「まろはドーナツが食べたい。」

「はいはい。」


 でも大丈夫。作法はちゃんと教わってきたもん。えと、まず右足から二歩。一礼してまた二歩。跪くときは左から。よっし、完璧。


「父上。このような会を設けて頂いたこと、感謝いたします。益々の、」

「堅苦しい挨拶は良い。顔を上げろ。」


 ふいっと目線を上げると、シオンにそっくりな顔の男性がこっちを見ていた。この人が国王様か~。


「そなた、ヴィルの娘だったな。」

「はい。」

「シオン。あいつは少し過保護なところがある。よく捕まえてきたな。」


 国王様に過保護認定されてる…。


「何度か刺されそうになりましたが、返り討ちにしたので。」


 刺されそうって…。お父さん、それもう犯罪だよ。不敬罪だよ。


「そうか。そなたは本当に逞しく育ったものだ。せっかくのチャンス、逃すなよ。」

「勿論です。」


 あ、もう下がるの?えと、下がるときは。全部の動作巻き戻しだよね。


「あぁ~、緊張した。」

「大丈夫だ。作法は完璧だった。」

「良かったぁ。」


 神獣のお二人は仲良くやっているようなので、こっちはこっちで楽しもうと思う。


「シオン!あっちにケーキがあるよ!」

「待て待て。一日は長い。そう焦るな。」


 楽しい一日になりそうだ。


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