現代百物語 第31話 遺骨

河野章

現代百物語 第31話 遺骨

 その日も谷本新也(アラヤ)と藤崎柊輔の2人は飲んでいた。

 藤崎は後輩である新也を自分の里帰りに誘った。

「たまにはさ」

「……取材旅行はもう嫌ですよ」

「ほんのちょっとだぞ。ただの遠出だ」

「……取材じゃないんですか」

「まあ……俺の里帰りかな」

「へぇ」

 新也はちょっと興味を覚えた。そこを突くように、藤崎がにやりと笑う。

「有名な蔵元がある。……行くか?」

「うっ……」

 新也は酒に滅法、弱い。詳しくないが大好きなのだ。

 結局いつもの通り、2人連れ立って、遠出をすることになった。


「すっごい……」

 田舎ですねという感想を新也は飲み込んだ。

 無人の駅から15分ほど歩いたそこは、見渡すばかりの田園風景だった。

 春の田植えが終わったばかりなのか、水を張られたばかりの田からは、伸び始めた苗の上を撫でて爽やかな風がふいてくる。

 そんな田んぼに点在するように家がぽつりぽつりと建っている。

 新築に近い家も多かったが、藤崎曰く、殆どが兼業農家なのだという。

「田舎だろ」

 せっかく飲み込んだ言葉を楽しそうに藤崎が続けてしまう。

 新也は頭を掻いた。

 駅に実家から迎えが来る予定だったが、急に来れなくなったという。

 少し待っておいてくれと言われた2人だったが、1本道だというので、待たずにのんびりと藤崎の実家に向かい歩いている途中だった。

 道は両脇が田んぼの畦に成っている、細い車道だった。

 整備が遅れているのか凸凹波打っている箇所も多い。道の脇には電信柱が等間隔に並んでいた。

 徒歩で1時間少しだということだったたが、30分も歩いた頃だった。

 真っ直ぐ伸びる道の向こうから、1人の女性が歩いてきた。

 春らしい白いワンピースに、白いサンダルを履いている。

 女性は麦わら帽子を被って、手に何やら箱を抱えているようだった。

 穏やかな景色とは対照的に、ぞくりとしたものを感じて新也は藤崎を振り返ろうとした。

 が、なぜか横にいるはずの藤崎がいない。

 そうこうするうちにも、女性はどんどん近づいてくる。

 微笑んでいるその優しげな口元まで見える距離まできた。

 手元の箱は、骨壷を入れた骨箱らしかった。

 一抱えもあるそれは、白地に金糸の刺繍が施してある豪華な骨箱だ。

 女性が、新也の目の前まで来た。微笑んで首を傾げる。

 そして、骨箱を新也に差し出した。

「次は、お願いしますね」

 新也はそれを受け取った。箱は思ったよりは軽く、けれど腕にずっしりと響いた。

「あの、」

 新也が何を言う暇もない。

 女性は軽く頭を下げると、ホッとしたように笑う。そのまま来た道を戻ると数歩ですっと消えた。

 途端に、両肩へズンっと何かが乗っかってきた。

 振り返っても何もいない。生暖かい、男性の手の感触だった。

 それがぐいぐいと新也の両肩を前へと押し出す。

 新也は先程の女性の歩き方を思い出した。すっと前へ押し出されるようなお歩き方。

 おそらく彼女も、この背後のなにかに押されてここまで歩いてきたのだろう。

「藤崎さ……」

 隣を歩いているはずの藤崎の名を呼ぼうとすると、ふわりと背後の気配が動いた。

「しぃ……。黙って歩いて」

 線香の香りとともに、頬の横で誰かが、男が黙るようにと促した。

 手元の骨箱の中身がゴトっと動く。

 新也は言葉もなくして、ただ、押してくる手に従うしかなかった。

 何分、何十分歩いたか分からない。

 時折、そばに藤崎の気配がした気がしたが、姿も声も聞こえなかった。

 ふと新也の肩を押さえていた圧が消えた。

 耳元でまた声がする。

「段を上がって」

 見れば目の前に2段ほどの低い階段があった。道の真ん中である。その先は何もない。ただの道の続きだ。

「箱を……落とさないようにしっかり抱えて」

 声は命令してくる。

「君も、こちらに来てみたら良いよ」

 新也は抗えずに、箱を握りしめて、そっと段を一段上がった。

「おい!」

 いきなり、肩をぐいっと後ろへ引かれた。藤崎の声だった。

「先輩!?」

 振り返る。

 はっと周囲を見れば、新也は渓谷にかかった橋の上にいた。

 欄干をしっかりと握り、足元の段を一段登って川の方へと身を乗り出している。

 驚き慌てて、新也はそこから道路へと降りた。

「女性とすれ違っていきなり走り出したかと思ったら、道を逸れて飛び降りようとするもんだから……」

 焦ったぞと、藤崎が珍しく肩で息をしている。

 新也は震えた。

 自分も気づけば、汗だくで、膝は笑っている状態だった。手には何も持っていない。いったいどれくらい走ったのだろう。

「何か、見たのか」

 藤崎が問いかけてくる。新也はゆっくりと首を振った。

「いえ、ただ妙な預かりものを受け取ってしまった……みたいです」

 首をかしげる藤先の背を押して、新也は先を急ぎましょうと道を戻った。

 振り返ると、橋のたもとには花が置いてあった。

 手には骨箱の感触だけが残っていた。



【end】

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