古代に遡り歴史を毀損する学者達

 米国は、いわゆる我が国の幕末以来、日本――黄金の国ジパング――を虎視眈々と狙っていました。ところが南北戦争の勃発によリ、撤退を余儀なくされます。

 その南北戦争が片付き、彼らが再度アジア利権獲得に乗り出した時、明治維新を成し遂げ力を付けてきた我が国が「目の上のコブ」となりました。

 以降、彼らは日本を一貫して敵視します。


 日本は、アジアがことごとく欧米列強の植民地と化す状況に、危機感を抱いていたわけです。だからこそ防衛のため明治維新を果たし、殖産興業、富国強兵に努め、彼らの植民地とされないよう必死でした。

 そして有色人種差別の撤廃、民族自決、アジアの開放を声高に叫びました。それはアジア利権にありつこうと企む米国にとって、邪魔な存在そのものだったのです。なのであの手この手で日本を叩き、或いは挑発し続けました。


 その挙げ句、漸く大東亜戦争にて日本を撃破し、長年の悲願を達成したわけです。そしてこの際とばかり、二度と日本が米国及びWASPに歯向かわないよう、徹底的な日本破壊を試みました。

 その戦略の一環として、日本の教育システムの再構築が謀られたのです。これぞ日本版「焚書坑儒」です。


 GHQによる公職追放後、大学教職や学校教師として再雇用された人々は、見事にその実働部隊たる役割を果たしました。


 太古の歴史はファンタジー――神々を崇め奉る目的で創作された作り話・・・――と定義し、神武以来の上代天皇を尽く「実在せず」と嘯きました。

 まあ、酷いものです。いわゆる日本神話(正しくは「神語かんがたり」)をよく見て下さい。神々を崇め奉っていますか? むしろ少々情けない神様ばかりではありませんか!?

 一体どこが、崇め奉って・・・・・いるのでしょうか。その点、西洋の神話とは趣きが異なります。敢えて神様の素の部分を赤裸々に描写しつつ、何らかの歴史的事実を後世に伝えたくて書かれている……と解釈すべきではないでしょうか。


 神武以来の上代天皇についてもそうです。

 神武天皇の逸話や所縁ゆかりの地は、西日本各地に山ほど存在します。宮崎県内だけでも凄い数です。2千年以上にもわたり、我が国ではそれらを元に「神武天皇は存在する」と当然のように認識されていたわけです。

 ですがそれら1つ1つの検証、否定をろくに試みないまま、

「神武天皇は存在しなかった。単なる伝説上の存在に過ぎない」

 などと言っているのです。つまり論理学的立証責任を全く果たしていません。彼らは歴史学や考古学――科学――を標榜しつつ、その実全く科学的手法に反する態度を平然ととっているのです。


 つい最近まで、「欠史八代」という言葉が通用していました。即ち、

「第2代~第9代天皇は、名前や即位年、没年しか記録がない。業績不明である。これはつまり、実在しなかったと考えられる。即位年や没年も後付けに過ぎない」

 と主張し、架空扱いしたのです。


 これも呆れた話です。

 100代以上続く皇室の歴史において、明確に天皇ご本人の業績が判明しているケースがどれだけありますか!? 多くは不明ですよ。

 何も歴代天皇の話に限りません。名前はあれど業績不明の人など、山ほど存在します。それらは全て、架空の人物なのでしょうか。論理的におかしな話です。全くもって、科学と言えません。


「初代神武天皇も第10代崇神天皇も、共に名前が『ハツクニシラス』だ。つまり両者は同一人物である。2人別々に名前が記されているのは、皇室の歴史を長く見せようとする捏造に違いない」

 などと主張します。ア○か!!(怒)


 徳川家康の幼名は竹千代。3代将軍の幼名も竹千代。

「どちらも同じ幼名だから、つまり両者は同一人物である。徳川将軍家の歴史を長く見せようとする捏造に違いない」

 などと主張するア○が居ますか!? 居ませんよね。ふざけた難癖付けとしか言い様がありません。


 しかし戦後の歴史学においては、このように無謀、無茶苦茶な主張が公然と幅を利かせているのです。

 そして見事に、GHQの戦略を実現しました。私達一般市民は、まともな自国史を学ぶ機会を奪われました。国家としてのアイデンティティも、日本国民としてのアイデンティティも失われました。


 ちなみに近年、学者先生方は、

「聖徳太子は実在しなかった」

 などと暴論を吐いています。呆れてモノが言えません。


 聖徳太子は正に、我が国が古来極めて高度、高潔な進歩的社会思想を有していた事を象徴する人物です。

 太子の逸話が多数残り、太子の事績とされる文物や言葉が残り、太子所縁の寺院や所有品とされる品々が残ります。つまり誰もがその実在を疑うことすら無く、紙幣の肖像にまでなっている、我が国を代表する偉人です。

 それを学者先生方は、「実在しなかった」と曰うのです。


 勿論、その不存在をしっかり論証しているわけではありません。何故なら、

「存在しないことを立証する――悪魔の証明」

 ですから。

 不存在の証明は事実上不可能・・・・・なのです。しかしその、論理学に基づく立証責任を全く果たさずして、

「居なかった。存在しなかった」

 と殊更主張するのです。これを暴論と言わずして何と言うべきでしょうか。


 案の定、これには世間から猛反発を食らいました。彼らは我が国を象徴する偉人の否定に失敗したわけです。

 その挙げ句、

「聖徳太子という名前は死後のおくりなであって、歴史教科書に記述するのは相応しくない。厩戸皇子と記述すべきだ」

 などと難癖付けて、なおも偉人の価値を何とか毀損しようと悪あがきをしています。


 そんなもの、全く理にかなっていません。例えばそれこそ天皇の名称は、死後(または退位後)の諡号しごうです。

 それを、

「歴史教科書に記述するのは相応しくない」

 と言うでしょうか。実にバカげた屁理屈だと思いませんか!?

 生前の名であろうと死後の諡であろうと、どっちだって良い筈です。私達一般市民が長年慣れ親しんだ名が一番です。


 これぞ正に、戦後70年の、歴史学会の悪行の典型だと言えます。彼らは、

「我が国は長く栄えある歴史を有する……などと教えてはいけない。日本人は昔から劣等民族であって、歴史に誇りを持つようなことは断じて許されない」

 とばかり、我が国の歴史を尽く毀損し続けているのです。ショボい歴史しか存在しない、と歴史観を歪めてきていたのです。


 歴史を学ぶという行為は、

「先人達が語り継いできたもの、後世に伝えようと書き記したものに対し、真摯に耳を傾ける」

 という姿勢が求められます。ですが戦後の学者先生方には、全くその姿勢が見られません。

 これは極めて重大な問題である、と幸田は感じます。


 だからこそ、未だ魏志倭人伝の謎が解けないのです。彼らは真面目にそれを解こうとしないのです。しっかり仕事している、とアピールすべくプロレスに打ち興じたり、予算目当てで見当違いの考古学調査を続けるのみなのです。

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