第13話 話す黒髪【黒神睦希】

 無視は存在自体を認識してもらえないという点において、1番タチが悪いと思う。

 認めてもらえない、認識してもらえない。それは己の存在意義を揺るがすほどに残酷だ。






「みんな……悪いんだけど、今日俺と睦希は学校休むわ」


 朝食の席で俺は皆に学校を休む旨を伝えた。

 みんな呆然としていたが、睦希の様子を見るとなんとなく想像はつくのだろう。……特にソフィアは。


「ワタシに出来る事があったら言いなさい」

「ですッです!お姉ちゃんをいじめる悪い奴はデスです!」

「葉月……お前は最近"です"の使い方おかしいぞ」

「ふむ……睦希は軽音部だったな?そこら辺を少し調べておこう」


 会長は俺にだけ聞こえる声で耳元で囁いてくれた。こういう時の会長は凄く頼もしくカッコイイ。


「会長……いつもそれくらい男前だったら惚れてたのに」

「私は女だがッ?」


 俺の発言に全裸乙女は少しショックだったみたいで、いつもの、ところ構わず服を脱ぐ癖を忘れていた。


 そして皆で朝食を済ませて、彼女達が学校に行く為に支度する姿を見つめていた……


(なんか皆が学校行くのにそれを見送るって不思議な気分だな……)


 そんな俺の所に弥生さんがやって来て、2枚の紙を渡してきた。


「これは……」

「ふふ……本当はしょうくんと行きたかったんだけど……」


 中を見ると、封筒の中には……水族館のチケットが入っていた。


「弥生さん、これはッ……」


 俺の言葉を先んじるように、口元に人差し指を当てて止める弥生さん。


「今度、倍返しね?」


 可愛らしくウインクしながら玄関へと向かう彼女は大人の魅力を残しつつ無邪気に笑うのだった。

 ………………

 …………

 ……

「翔馬……ごめんね」

「いいさ、たまには息抜きも必要だ」

「……うん」


 皆を見送った俺達はリビングのソファに座っている。まだ出かけるには早いのでゆったりした時間を過ごすことにする。その間に睦希から事情を聞ければいいんだが……


「にゃお」


 少ししゃがれた声で近寄って来たのはウチのボス、ぜんざいだ。ぜんざいは睦希の方へ近づくと、じっと見つめている。


「抱っこしてほしいんだと」

「えっ?」


 ぜんざいの尻尾をふりふりしながら見つめる行為は抱っこしてのサイン。最近では滅多にしなくなったがな。


「……よいしょ」


 元気がなかった睦希だが、ぜんざいが来た事で気持ちに余裕が生まれたのだろう。ぜんざいを抱えて優しく撫でる顔は少し笑顔が覗く。


「部活……あんまり上手く行ってないのか?」


 ほんの少しストレート過ぎたかもしれないが、遠回りに聞くよりも良いだろうと判断して俺は尋ねる。


「うん……なんかね……皆から遠巻きに無視されるって言うか、物理的に何かされてる訳じゃないんだけど……イジメとかそんなんじゃなくて、なんとなく居ずらくて……」


 睦希はぜんざいを抱きかかえながらポツリポツリと話しをしてくれる。

 最初は小さないさかいだったのだけど、だんだん皆のやる気が無くなって、部活に来る人も減っていった……もうすぐ文化祭なのに。


「なんかね……私抜きで、文化祭でバンドやるみたいな事を聞いちゃったんだよね……それで……うぅ……」

「…………」


 その事を聞いた時の睦希はどれだけショックだっただろう……歌が好きで、妹が好きで、家族が大好きで、人一倍寂しさをわかってやれる、その分だけ人に優しくできる子が悲しんでいる。


(俺に……何ができるだろう)


 いや、できるだろうじゃない!やらなくちゃ行けないんだ!幼なじみとして、同居人として、いや……1人の女の子として彼女を笑顔にしてあげたい!


「なぁ、睦希」


 暫く泣いていた睦希だが、落ち着くのを待って俺は話しかける。


「この前のカラオケでも言ったが、お前の歌で目にものを見せてやれよ」

「でも、1人じゃ歌えない……」

「1人じゃないさ」

「……えっ」


 俺は立って睦希を見る。その目は闘志に燃えていた。


「俺がいる……いやがいる」

「ッ! …………翔馬」


 睦希は俺の方を見て、また瞳を濡らしている。


「俺はさ、1人じゃなにもできないんだよ」

「……」

「小さい頃は、睦希達に助けられて生きてきた。それは今でも大切な思い出で感謝している」

「……うん」

「だから、今度は俺が睦希を助ける番だ」

「……翔馬」


 俺には誰かを頼る事しか出来ないから……


「それにさ、文化祭のに俺はなったんだよ」

「……?」

「そっ! 会長からとあと地域の人からの要請でな。まぁ言ってみれば、地域の皆と協力して文化祭を盛り上げろって事だ」

「へぇ、そうなんだ……」


 睦希は俺の話にちっとも興味がない様子。


「いや、へぇじゃねぇよ! そこでお前が歌うんだよ!」

「へっ?私?」


 この話の流れで何を今更……


「そっ!睦希が歌うの!」

「いやいやいや……そんな、無理だよ〜」

「無理でもやるんだよ! いつもの強気なお前はどうした?」

「でも……練習がぁ」

「まぁ、人員とかその他は今から探すんだけどな! ははははっ」

「もぅ! 翔馬も無計画じゃんッ」


 俺も大概人の事は言えない、行き当たりばったりの人生だからな。壁に当たりまくり、石につまづきまくり、穴に落ちまくり……だが、それが面白い。


「なにかあっと驚くような事がしたいよな〜」

「私は今から心臓が痛いわ……」

「くくっ、少しは元気になったか?」

「あんたに、とんでもない計画を聞かされたお陰でちょっとはね……その……ありがと」

「あぁ、だからな!」

「最近まで忘れてたのは、どこの誰かしら〜?」

「手厳しいな……」

「ふふっ……」

「ははっ……」



 睦希は自分で乗り越えようとしている。圧倒的なまでの困難に、そして変わろうとしている。だったらそれを手助けするのが自称彼氏の役目だろう!


「睦希!」

「な〜に翔馬?」

「今から水族館行くぞ?」

「はぁ〜?」


 弥生さんからのプレゼント……俺は睦希の手をとって玄関へと進む。気分転換を兼ねて今日は……デートだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る