第9話 乙女の戦いと乙女の秘密【黒神睦希】
「なんだ……コレ」
ソフィアの体調が良くなって翌日の月曜日の朝、俺はリビングの椅子で呆気に取られていた。理由は……
「さぁ!始まりました!第2回……いや第2週、『彼の隣は私のモノよ杯』。実況はワタクシ、ショーマの正妻でお馴染み如月ソフィアがお送りします」
「「「「「誰が正妻だぁぁぁ」」」」」
俺含め、全員からのツッコミが炸裂する。そんなソフィアさんは……
「だって〜昨日〜ワタシの〜……は、初めてを……」
何言っちゃってんの?このロシアン娘は!
「しょうくん?」
「翔馬……」
「先輩……」
「全裸の刑だな」
4人のこの反応よ!違うからッ!断じて違うからッ!
そんな俺の否定は無に消え、肉食獣達の餌食になった……物理的に。
「ぜぇ……はぁ……で、コレは?」
俺はなんとか抜け出して、ソフィアに尋ねる。
「今週のショーマの伴侶を決める戦いよ」
「…………帰っていいか」
「あなたの家はここよ!そしておかえりのキスを……」
「やめいやめい!また、俺の意識が無くなるから……」
そんな彼女らは……風船をお尻に着けて、手には柔らかい棒を持っている。
「コレは……」
「戦いよ!」
内容は風船を割って最後に残った1人が勝者となるバトルロイヤル方式。
ちなみに前回は弥生さんとの激闘の末、ソフィアが勝利を掴んだのだとか……
「あの……もう学校に……」
「だまりなさい翔馬!これは負けられない乙女の戦いよ!」
いつにもまして睦希が凄いやる気に満ち溢れている。小耳に挟んだ情報によると、皆とのアドバンテージを埋めるために必死なんだとか……
「それでは……位置について……よーいスタートっ!!」
ソフィアのノリノリな掛け声と共に戦いは始まる。
(ソフィ……体調良くなって良かったな)
乙女の戦いを観戦しながら……俺はそんな事を考えていた。
「おっ……葉月が会長を脱がせたッ!ってかなんで棒で脱げるんだよ……」
「会長の仕様じゃない?」
その隙に睦希が会長の風船を割る。
「おおーと……弥生さんの流れるような回転からの〜葉月が危ないッ!」
「いやいや……葉月の空手で鍛えられた体捌きは凄いぞ!」
その後の展開は一進一退……3人共が満身創痍……そしてもれなく下着姿。
(会長の全裸体質がここまで侵食してるとは……)
的はずれな事を考えつつ、いよいよ決着の時。意外や意外……残ったのは……
「はぁ、はぁ……やるわね……葉月」
「ふぅ……ふぇ……睦希お姉ちゃんも……なかなかですッ」
大方、弥生さんが勝つと思っていたのでこの2人が残るとは思ってなかった。
そして……
「覚悟ッ葉月!」
「推して参る!」
パァーン……
………………
…………
……
「やったわ〜!!翔馬の妻の座は私のものよ〜」
「誰が妻だ、誰が……」
睦希の勝利に終わった。
直前に葉月が、会長の脱いだ服に足を滑らせて、そのまま睦希の棒が風船を割る形で幕を閉じた。
◆
「じゃあいってきまーす、皆遅刻するんじゃないわよ〜」
「お前が言うな」
「あてっ」
睦希にデコピンをしつつ、2人で玄関を出る。まぁ遅刻はしないだろうが……
(それにしても……ずっとこの状態が続くのだろうか)
「なんか不満そうね?」
「はぁ……朝から元気な奴とは違うんだよ」
「ねぇ……せっかくだから妻の権限で腕組んでいい?」
「唐突だな……あと妻じゃない。まぁ怪我してない方で頼む」
「オッケー」
睦希ってこんなだったっけ?と思いながら2人で登校する。少し蒸し暑くなってきて制服が汗ばむ陽気。見ると睦希の制服も汗で少し透けている。しかしそんな事はお構い無しと言わんばかりに引っ付いてくる。
「なぁ……睦希さんや」
「なぁにダーリン」
「はぁ、まぁいいや……俺のどこが好きなんだ?こんな優柔不断男他にいないぞ?」
俺は昨日のソフィアとの事を改めて考えて、この機会に皆から事情聴取ならぬ、なぜ俺なのか?という事を聞いて回ろうと考えたのだ。
「そんなの……わかんないわよ?」
「……はっ?」
睦希は少しモジモジしながらそんな事を言い出した。
「えっと……もう一度聞いていいか?」
「なんど聞いても同じだと思うけど……」
「……理由がない……か」
「そうね……明確な理由なんて忘れたわ。ただ、気づいた時には頭の中にいっつも翔馬の姿があった。それは引っ越してから益々強くなったわ」
「そっか……」
恋は盲目と言うけれど、理由なんて無いのかもしれない。理由がなきゃ好きになっちゃいけない等と言うつもりも、毛頭ない。
「ねぇ翔馬……」
「なんだぁ?」
「私の事……好き?」
俺は睦希のその質問に答える事がなかなか出来ないでいた。ソフィアとの一件以来、軽はずみな言動は良くないと思ったからだ。だからこそ、いつの日か言ったセリフをもう一度言おう。
「睦希の事を好きになる努力をする。だから時間をくれ」
これが正解かなんてわからない。きっと誰にも……ただ、目の前の女の子を悲しまたくないだけの……俺のエゴ。
そんな俺に彼女は……
「うんッ!たくさん好きになってもらうよう攻めていくから!」
「お、おう……」
「あとこれは乙女の戦いと、乙女の条約なの」
聞きなれない単語が飛び出した。
「……条約?」
「そっ!今朝早くソフィアから招集がかかったの」
「ソフィから?」
俺が寝ている時に何かしてたのか。
「ソフィアから正直な気持ちを聞いたわ……翔馬を独占したい事、でも私達の事も大好きって気持ちも……」
なるほどな……だから今朝はあんなに吹っ切れてたのか。
「それで、私達も思い思いの事を皆で話し合ったの」
「ちなみに内容を聞いても?」
「ふふっ!乙女の秘密よ!」
笑う睦希はスキップをしながら俺の前を歩く。まるであの頃に戻ったようなその表情は無邪気で、清々しい顔をしていた。
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