第43話「軍使」
戦闘二日目。
俺が無事に陣へ帰投し、傷だらけの【
これは軍同士の力が拮抗したからと言うわけではない。
ドゥムノニア軍の兵の動かし方が変わったせいだった。
今までのような各部隊が連動しての波状攻撃はなりを潜め、定刻ごとの言い訳のような戦闘が行われるのみ。
それでも数の暴力はすさまじく、けが人も増えつつある俺たち冒険者部隊は、なんとかそれをしのいでいるようなありさまだった。
夕刻、ドゥムノニアの陣太鼓が退却を告げる。
退却を見送り、ただ黙々と引き上げた仲間たちは、互いの無事を喜びあいつつも、敵軍の動きに言いようのない不安を感じていた。
「初日の俺たちの強さに及び腰になってんじゃねぇか?!」
軍議の口火を切った【豪拳】の言葉は勇ましかった。
何人かの仲間もうなずく。
しかし大多数は、とてもそんな希望的観測を信じる気分ではなかった。
もちろん俺も。
「……確かに、初日の損害は少なくはなかったはずだからな。そうでないとは言い切れない。しかしそうだとしても、今日の攻撃で有効な追撃を行えなかったこっちの部隊を見れば、余裕のなさも、ここで戦いを決めようという意思もないことはバレてしまっているだろう」
「そうですね。ほかに理由がなければ明日は初日にも増して激しい攻撃が予想されます」
「ほかに理由?」
「ええ、いくつか理由は考えられます」
ゆったりとした所作で、【
俺たちは彼が次の言葉を話すのを黙って待った。
「まず一つ。初日の冒険者部隊の強さを見て、増援を待っている可能性。私たちが対峙している軍がドゥムノニアの最大兵力ではありますが、アースドラゴンの戦車はほかに五機あります。あれを呼ばれたらここのバランスは一気に崩れるでしょう」
二日間の戦いで嫌というほど見せつけられた戦車の脅威を思い出し、周囲は押し黙る。
青い髪の【静謐】は、ゆったりと言葉を継いだ。
「逆に言えば、そうされた場合ほかの戦場のバランスも崩れるということです。まだ全軍の衝突から二日目の今、そこまでの再編をしてくることはないはずです。……次に考えられるのが、別動隊による挟撃。私たちの直面している敵は数万です。そこから一万ほどの兵を夜陰に紛れて背後に回らせたら、我々冒険者部隊はなすすべもなくせん滅されるでしょう」
「それはそうだが、ロウリーたち斥候部隊の報告では、そんな部隊は発見されていない。ロウリーたちが、脅威になるような数の軍を見逃すことはないだろうと俺は思う」
「そうですね、私もそう思います。そこで浮かぶ最後の予想は指揮系統の混乱です。昨夜の情報ですと、【運び屋】さんが命を救った女性の名はプリスニス・ロシュ=ベルナール。ドゥムノニアの王位継承権第三位である有名な【聖王女】です。状況から見れば、一部ではあったとしても、前線の部隊の指揮を任されていると考えてよいでしょう」
その言葉に、プリスニスの顔を思い出す。
昨日は慌てていて思い出せなかったが、【聖王女】プリスニス・ロシュ=ベルナールと言えば、『治癒の奇跡』と呼ばれる回復系のギフトを持つ王族だ。
天使のような姿と、全てのものに向けられた深い愛、そしてそのギフトにより、一部のものから女神のごとく崇拝されているらしい。
しかし、だとすれば彼女がギフトの力で自らを癒さなかった理由も謎だし、あの激しい気性も噂とはだいぶ違っている。
それでも部下たちに慕われる姫の、敵として会ったのでなければ尊敬できたであろうその顔は、記憶の中でふてくされたような顔に変わり、俺は思わず少し笑った。
「……どうしました? なにか推測に不備でも?」
「いや、なんでもない。すまない、続けてくれ」
命を賭けた戦いの場にはそぐわない表情を見とがめられ、あわてて襟を正す。
事前の報告でプリスニスの名前が出たとき、【静謐】には噂の聖王女とは雰囲気が違ったことはすでに言ってある。
噂には尾ひれがつくものですよと笑った彼は、知性にあふれる瞳を一瞬伏せ、すぐに話を戻した。
「いかに慈愛の心で名高い聖王女と言えど、昨夜の恩義のみで攻撃を止めるとは考えにくい。しかし、和議への道を模索し始めるきっかけとしては十分な理由になるのではないかと、私はそう考えています」
「で? だとしたらどうなんだよ?」
少しの間もおかず、【豪拳】が疑問を口にする。
ロウリーとアミノが幕舎に飛び込んできたのは、まさにその言葉に返事をするようなタイミングだった。
「ベアさん!」
「兄ちゃん!」
立ち上がり、二人を受け止める。
連戦で傷だらけの顔には、誇らしげな笑顔が浮かんでいた。
二人の手に握られた封書には、ドゥムノニア王国第二王女、プリスニス・ロシュ=ベルナールの蝋封が見える。
あて名には、一介の冒険者に過ぎないこの俺、ベゾアール・アイベックスの名が指定されていた。
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