第36話「作戦会議」

 窓から馬車内へ滑り込むと、乗り合わせた冒険者全員の目が、俺に集まっていた。

 この馬車だけで十二人。ほかに同じような馬車が十台もある。

 あのアース・ドラゴンの速度を考えれば、俺たち百人以上の冒険者の命は、まさに風前の灯火ともしびだと言えた。


「情報どおり、アース・ドラゴンらしい影が地平線上に見えた。ほかの馬車は気づいていないだろうが、あのスピードなら三十分もしないうちに追いつかれるだろう。馬車で逃げ切れるような速さじゃなかった」


「兄ちゃん、でかいのか?」


「ああ、馬車を丸呑みってほどではないだろうが、今まで見たことのあるアース・ドラゴンと比べれば、バケモノみたいにでかい。それが複数いるからな……今何の用意もなく戦うのは得策じゃない」


 馬車内は静まり返ったが、実際にアース・ドラゴンを見たわけではない何人かは、疑うように俺を見ている。

 説得しようかとも思ったが、どちらにせよほかの馬車に乗っている冒険者全員で話し合う必要があるのだから、今は黙っていることにした。


「まぁとにかく、ほかの馬車にも連絡するのが先決ですにゃん」


「……そうだな。止めたくはないが、一度キャラバンを止めよう」


 御者へ伝えようと立ち上がる。

 天井に手をつきながら歩き始めた俺の服を、ロウリーが引っ張った。


「兄ちゃん、今は馬車を止めるヒマはないだろ」


「いやしかし」


「任せとけって! 兄ちゃんは情報を伝えてくれればいい。あとはあたしが全部の馬車に届けるよ」


 そう言って、ロウリーは耳元のピアスに触れる。

 この世界で彼女だけが持っている第六層のアーティファクト。空気の振動を自由に操る宝石は、先ほど外に広がっていた夕日よりも赤く、燃えるように輝いた。

 ロウリーの仲介を経て、俺の情報はすべての馬車のキャビン内に伝わる。

 少しすると、距離を詰めて並走する馬車から、次々とそれぞれの代表が飛び移ってきた。


「おう【運び屋】。面白れぇアーティファクトぉ持ってんじゃねぇか」


「まぁまぁ【豪拳ごうけん】さん。第六層のアーティファクトのことも気になりますが、今はアース・ドラゴンの話をしましょう。先ほどの情報は確かですか? 【運び屋】さん」


 もともと十人乗りの馬車だ。無理やりに乗り込んできた新たな九人の冒険者によって荷台は軋み、馬たちは悲鳴を上げる。

 俺は手短にうなずき、今後の迎撃の話に移った。


「確かに、馬車の二~三倍サイズのアース・ドラゴンとなりゃあ強敵だが……これだけの冒険者がいるんだ、何とかなるんじゃねぇか?」


「いや、ただのアース・ドラゴンと侮るわけにはいかない。装甲を身に着け、背中には兵士と攻城兵器を乗せている。本能で襲ってくる普通のアース・ドラゴンとは違って、操縦者がいるんだ。連携する戦術を持っていると考えた方がいいだろう」


「それは確かに厄介ですね。では【運び屋】さんとしては、逃げの一手と?」


「そう考えている」


 淡い青色の髪を揺らして有名な第五層レベル冒険者【静謐せいひつ】がうなずく。筋肉に鉄板を張り付けたような姿の【豪拳】は、腕を組んで首をひねった。

 そのほかの二つ名持ちの冒険者たちも、それぞれに頭を悩ませているが、打開策となるようないい案は、なかなか浮かばないようだった。


「アース・ドラゴンはもともと夜行性です。一匹や二匹なら、私のかく乱用光魔法で何とでもできますが、十匹ほどもいるとなると難しいですね」


「かく乱用の光魔法ならにゃーも使えるにゃ。でもやっぱりちょっと敵の数が多いにゃん」


「連続で撃てるのは二回……いや、三回程度ですか」


「にゃーは二回ですにゃ。ポーションで回復したとしても、次に撃てるようになるまで五分はかかりますにゃあ」


「そうですね。……ほかに光魔法を使えるかたはいらっしゃいませんか?」


 【静謐せいひつ】の問いかけに、ロウリーがほかの馬車へと声を飛ばす。

 向こうの声は聞こえないので窓を開くと、全ての馬車から大きく『×』のマークが返ってきた。

 光で幻惑させながら逃げ、魔法元素マナの補充が終わった時点で残りのアース・ドラゴンへと魔術を放つという手も考えたが、不意打ちでの光魔法とは違って、二回目の同じ戦術に、乗っている兵士が対策をしないとは考えられなかった。

 チャンスは一度。そう考えた方がいい。

 そして二度目の光魔法を防がれた時点で、回復し、追いついてきたアースドラゴンに攻撃を仕掛けられるのは目に見えていた。


「なんとかなんねぇのかよ【運び屋】よぉ! こう、魔法を時間差で出すみてぇな技がよ!」


 【豪拳】の言葉に、突然頭の中のパズルが組みあがったような気がした。

 俺の異能ギフト。物をしまい、運び、出す。ただそれだけのハズれギフトと、たった十秒だけ、物理現象を物質化するという、使いどころのわからないアーティファクト。

 頭の中で何度か最初からシミュレートを繰り返し、俺はその可能性に賭けてみる決心をした。


「ベアさん?」


 突然動きの止まった俺を、アミノが不思議そうに見上げる。

 以前「ベアさんならすぐにいい使い道を思いつきますよ」と請け合ってくれた彼女に、俺は笑いかけた。


「一つ考えがある。やったことはないが……俺ならできるはずだ」


 こんな行き当たりばったりの思い付きだが、みんなの命を賭けてくれ。

 そう説明した俺に、アングリア王国有数の第五層レベル冒険者たちはみな不敵に笑い、親指を立てた。

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