第35話「ドラゴンの噂」

「ドラゴンですか?」


「そう、アース・ドラゴンだ。どうもドゥムノニアは、地竜を『戦車』にしているらしいぞ」


「マジか! おっちゃん、ほんとにそんなことできるのかよ?!」


「ああ、うわさでは第六層から持ち帰ったアーティファクトに、地竜を操る能力があるんだとさ」


 国境へ向かうキャラバン隊。もう馬車に乗ってから数時間も経過していた。

 最初は緊張した面持ちで座っていたアミノとロウリーは結局暇を持て余し、馬車に乗り合わせた冒険者と話し込んでいる。

 どうやって彼女たちを守ろうかと頭を悩ませていた俺は、顔を上げた。


「……大層にドラゴンなんて名前はついてるが、地竜ってのは地虫じむしたぐいだろ。……すまんがあまり彼女たちの不安を煽らないでくれ」


「そうなんですか?」


「なーんだ、びっくりさせんなよ」


 地虫と聞いて、第一層でさんざん倒した腐肉喰らいキャリオンクロウラーを思い出したのだろう。

 アミノもロウリーもあからさまにほっとした表情になった。

 しかし、子供たちを怖がらせて楽しんでいた感のある冒険者は、むしろ俺のその言葉を待っていたかのように話をつづける。


「いやいや、バカにしてもらっちゃ困る。地竜は確かに地虫の親戚だが、ドゥムノニアの使ってる地竜の大きさは、この馬車も丸呑みにできるくらいもあるそうだ。顔の両側に四個ずつ並んだ目は暗闇でも人間を見つけて襲い掛かってくるし、その長い首を支える胴体には脚が十対もついていて、馬車の何倍もの速度で走るバケモノさ。それが前線に十匹も居て、背中には攻城兵器とドゥムノニア兵を何人も載せてるっていうんだからたちが悪い。分厚い装甲もつけてるらしくてな、前線じゃ地竜の走る地鳴りを聞いただけで、兵たちが逃げ出しちまうって話だ」


 男は流ちょうに最後まで話し、アミノたちの驚いた顔に満足したようにニヤリと笑った。確かに地竜は、餌さえ潤沢にあれば無制限に大きくなると聞いたことはあるが、十人以上もの冒険者が一度に乗れる大型馬車を丸呑みにするほどの大きさというのは想像もつかない。

 その大きさであれば確かに脅威で、ドゥムノニアとの戦争に負けたことのないアングリアの国境警備隊が、一度の攻撃で壊滅的な打撃を受けたというのも説得力があった。


「ふあ……うにゃ~ぁ……ふ。で? それはどこ情報なのですかにゃ」


「ああ、懇意にしてる行商人がな。エディントンから逃げてきたのさ。そいつが実際に見た情報だ」


 今まで口をぱかんと開けて居眠りしていたマグリアが、両手を頭上にあげて伸びをしながら突然口をはさむ。

 男は自慢げに情報の出所を話した。


「ふぅん。……まぁ国境警備隊が半壊するような攻撃を商人が間近で見て、それでも生き残ったっていうのは眉唾物ですにゃあ。それでも客の冒険者にウソ情報を流すのも考えにくいにゃ。伝聞か、遠くから見たか……まぁ話半分として、馬車くらいの大きさの地竜っていうのが妥当なところですにゃん」


「うん。そのくらいの地竜なら今までに何度も目撃証言があるし、俺もそのくらいが妥当だと思う。そうだとすれば、最大級の地竜だって冒険者パーティにとってはいい獲物だ。武装した地竜ってのは考えたこともなかったが、それでも第五層レベルも多いこの部隊にとっては、そんなに脅威とも思えないな」


 アミノとロウリーの不安を取り除くため、俺にしては強気な発言をしてみる。

 男もそれ以上は不安を煽るようなことをせず、うなずいた。


「まあ結局【運び屋】の言うとおりかもな。でも注意しておくに越したことはないぜ、お嬢ちゃんたち」


 男はそう言って笑うと自分の手元に視線を落とし、何度目かの剣の手入れを始める。

 時間は夕刻。そろそろウィルトシャー平原に差し掛かるころだ。

 そうアミノたちに告げようとした俺の見ている前で、ロウリーが突然立ち上がった。


「どうした? ロウリー」


「シッ! 静かに」


 その真剣な表情に、だれもが口をつぐむ。

 ロウリーのアーティファクト、ピアスに仕込まれた宝石が、薄暗い馬車の中でぼんやりと輝いていた。

 ゆっくりと向きを、角度を変え、目をつむったロウリーは様々な方向に耳を傾ける。

 ガラガラという規則的な馬車の音だけが、しばらく続いた。


「どう……したんですか?」


 静寂に耐えられず、アミノが遠慮がちに問いかける。

 その瞬間、ロウリーは目を開き、俺に向き直った。


「聴こえる。……兄ちゃん、なんかバカでかいヤツが近づいてくるよ」


 俺も含めて、ロウリー以外の誰にもそんな音は聞こえなかったが、こと『気配』に関してロウリーに間違いはない。

 無言でリュックから望遠鏡を取り出すと、俺は馬車の窓を開けて屋根に上った。


「ちょっと! 冒険者さん、危ないですよ!」


 気づいた御者が馬車の音に負けないよう大声を出す。

 俺は揺れる屋根の上でバランスを取りながら、ロウリーの示した先へと望遠鏡を向けた。

 茜色に染まる広大なウィルトシャー平原。周囲を走る冒険者を乗せた大型馬車。馬車のあげる土煙と、地平線に広がる大きな雲。

 赤と黒、二色で描かれた絵画のような風景に、じっと目を凝らす。


 最初は馬車の振動で見える残像だと思った。


 地平線の彼方から、次第に大きさを増すその影は、やがてはっきりとした輪郭を描き出した。

 周囲に比較するもののない影の大きさは正確にはわからなかったが、地平線までの距離から考えれば、それは馬車の何倍もの大きさだろうと見当がついた。

 しかも、その影は一つではない。

 広大な草原は、やがて来る戦いの予感に、不吉な血の色で染まっていた。

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