第30話「決着」
「インジェクションで吹き飛ばした時に、ミーノータウロスの腕から
落ち着いたアミノは、第六層への通路を見つめながら、そう断言した。
エゼルリックの喉がゴクリとなる。
それが本当なら、第六層で発見された最初のアーティファクトだ。ギルドでのオークション価格も破格になるだろう。
売らないとしても、今まで誰も倒したことのない伝説のモンスターが持つアーティファクトに、どんな力が込められているのか。考えただけでも鳥肌が立つようなお宝と言えた。
それが複数個あるというならなおさらだ。
しかし俺は首を横に振った。
「確かに魅力的なお宝だが、マナの残りも少なく、
「あるだろっ! 第六層のお宝だぜ?! 兄ちゃんは無理のしどころを間違えてる! なんでよそ者を助けるために命を張って、自分たちの利益には逃げ腰なんだよっ?!」
「そうですにゃあ。にゃーはほとんど役に立てにゃいですが、片腕がふっとんでるモンスターなら、勝てないことはにゃいと思いますにゃ」
「わたくしもそう思います。それにイソニアさんに回復してもらったので、コンディションは万全ですよ」
「だな。嬢ちゃんたちの言うとおりだ。ここを逃してドゥムノニアどもに成果を横取りされたんじゃ、なんのために怪我してまで戦ったのかわからんぜ」
「私は……ベアさんの意見に賛成なのですけど……でも、パーティの方針には従います」
イソニアの意見を聞いたところで四対一、棄権一人。多数決ならもう議論の余地もない。
だが一応パーティリーダーである俺は、もう少しだけ粘ってみる。まぁそれも無駄なあがきで、最終的には俺も納得せざるを得なかった。
「いいか、これ以上一人でも大怪我するようなことになる前に、危険を感じたらすぐ撤退する。それだけは約束してくれ」
それだけをなんとか言い聞かせ、俺たちはまた第六層への階段を降りる。
まだ半分も降りる前から、地の底から響くようなミーノータウロスの、怒りに満ちた唸り声と荒い息遣いが聞こえてきた。
まだいる。
アミノに腕を吹き飛ばされたことを恨み、見張っているのだろう。
マグリアが残りのマナを総動員して、アタッカー二人の武器に
俺もクロスボウと、普段は使わない
エゼルリックとアミノがミーノータウロスと対峙する直前、モンスターの周囲で水音が響いた。
暗闇から、ロウリーが俺秘蔵のテレピン油を五本、ミーノータウロスにぶちまける。
テレピン油は松の樹皮から蒸留した非常に燃えやすい油だ。しかし、それはミーノータウロスにとってはただ『臭い水』程度のものだったのだろう、ロウリーのことは一顧だにせず、アミノただ一人へ向けて拳を振り下ろした。
瞬間、アミノは右へ、エゼルリックは左へと飛ぶ。
床の石畳を思いっきり殴る格好になったミーノータウロスの背中へ、俺は松明を放り投げた。
くるくると中を飛んだ松明が、筋肉質な背中にとん、と落ちる。その刹那、炎が一気にミーノータウロスを包み、六メートルもの高さの天井をなめた。
想像以上の大きな炎と放出される高熱に、俺たちは距離を取る。
暗闇に慣れた目に炎は眩しく、俺はアミノたちの姿を見失った。
「熱っ! アミノ! ロウリー! 一度戻れ!」
腕で顔を隠しながら、思わず大声で叫ぶ。
次の瞬間、炎に包まれた巨大な腕が、目の前に迫っていた。
衝撃だった。
熱を感じるひまもなく、斜め上方に吹き飛ばされた俺は、石畳でバウンドし、十メートル以上転がる。
壁にぶつかって止まるまでに何度か意識を失ったが、肋骨を何本か折ってしまった痛みで、なんとか意識を取り戻した。
「ベアさんっ!」
「兄ちゃん!」
「ベアにゃん!」
様々な声が俺を呼んでいる。
幸いミーノータウロスの追撃はなく、俺は壁にもたれかかるようにして体を起こした。
「……大丈夫だ! まだ死んでない!」
なんとかそう返事をし、炎に包まれたまま闇雲に腕をふるミーノータウロスを観察する。炎での攻撃はいい案だと思ったし、大きなアドバンテージは作れたと思うのだが、それもそろそろ終わってしまいそうだった。
炎が少しずつ小さくなっている。
今のうちにとどめを刺すか、少なくとも致命傷を与えたいのだが、
アミノとエゼルリックは、不規則に動くミーノータウロスに攻撃の当たる距離まで近づけずにいる。ロウリーの投げナイフや俺のクロスボウでは、致命傷を与えるどころかかすり傷しかつけられないだろう。
マグリアの魔力が残っていれば話は違ったのだが。やはりここは一度退却して体勢を整えるべきじゃないか?
そう考えて壁沿いに移動し始めた俺は、目の前に自分の置いた
「アミノ! ロウリー! エゼルリック! 射線確保!」
練習どおり、全員が俺とモンスターの間に道を開ける。
鉄製の重いレバーを引いた。
歯車とテコの力を借りても、骨の折れている体が悲鳴を上げる。
大人の腕ほどもある鉄の槍が一直線に飛び、ミーノータウロスの右腿に突き立った。
バランスを崩し、牛頭が床に叩きつけられる。
アミノは、自らが吹き飛ばしたミーノータウロスの肩口に向かって、パイルバンカーを突き立てた。
「インジェクション!」
アミノの瞳が青白く発光し、パイルバンカーに
硬い表皮のない傷口へ向けて、パイルバンカーの先端が一メートル以上も打ち出され、筋肉にめり込んだ。
パイルバンカーから高圧の蒸気が吹き出し、先端が元どおり収納される。その瞬間を逃さず、再びアミノの声が響いた。
「インジェクション!!」
寸分違わず同じ場所へ。もう一度先端が射出される。
二度目のパイルバンカーは、筋肉を切り裂き、肺を貫き、そして心臓をえぐった。
野獣の咆哮。炎の消えかけているミーノータウロスが、口と鼻、そして目と耳から血をあふれさせる。
パイルバンカーを引き抜いたアミノは、最後にその先端を牛の口に突っ込んだ。
「インッ! ……ジェクションッ!!」
吹き出した蒸気とともにパイルバンカーを引き抜いたアミノは、ふらふらとゆらぎ、すとんと尻餅をついた。
「……ベアさん……大丈夫……ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「ベアさん、わたくしたち……勝ったんですか?」
「ああ、お前のおかげだ。アミノ」
立ち上がったアミノは、目をうるませていた。
ガシャンと音を立て、パイルバンカーが床に落ちる。
美しい。そう思う間もなく、駆け出したアミノは思いっきり俺の胸に飛び込んだ。
「ベアさぁぁん! やりましたぁ!」
「ぐあぁっ!」
折れた肋骨がきしみ、思わず叫び声を上げる。
イソニアの治療で傷が癒えるまで、俺は短い時間意識を失った。
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