第24話「俺にしかできないこと」

 四方を石壁に囲まれた個室には、俺たちパーティの他に五~六人の人間が居た。

 知っている顔の恰幅の良いギルド長が俺たちに気づき、手招きをされる。

 ギルド長と話し込んでいた男は、何度か見たことのある第五層パーティのアタッカーだった。


「よく来てくれたアイベックスくん。じつは少々困ったことになっていてね」


 俺たちが挨拶するのも待たず、ギルド長は話しはじめる。

 一応軽く会釈だけして、立ったまま話の続きを聞くことになった。


「第六層へのファーストアタックが昨日から行われていると言う噂はキミも聞いているだろう?」


「ええ、今日は酒場中その噂でもちきりでした」


「うむ……困ったものだ。どこから漏れたのか」


 ギルド長は頭を抱え、椅子をきしませて座り込んだ。

 アミノが不安げに俺を見上げる。軽く頭を撫で、俺はギルド長に話の先を促した。


「ああ、まぁ噂の通り第六層へのアタックは行われていたのだ。だがね、アタックした七つのパーティから、今日地上へ帰還できたのは、この二人だけだったのだよ」


 この二人、と言うギルド長の言葉に、イソニアと別パーティの剣士が苦い顔でうなずく。

 七パーティとなれば、三十人以上にもなるだろう。第五層パーティの中からよりすぐられた精鋭の探索結果に、俺は驚きを隠すことができなかった。


「全滅……したってことですか?! あの【銀翼】や【蒼煉そうれん】たちが?!」


「いや落ち着き給えよキミ。誰も全滅したとは言っていない」


「……は?」


「その先は私が説明します」


 椅子に座って汗を拭くギルド長に変わって、話を引き継いだのはイソニアだった。

 顔についた血のあとも拭わず、彼女は話しはじめる。少しふらつく彼女に俺は椅子を勧めたが、イソニアは首を横に振った。


「第六層へのアタックは、厳しいながらも順調に進行していました。今回はファーストアタックということで、ギルドから二十四時間の制限を受けていたため、ギリギリまで潜っていた七パーティは、第五層へつづく部屋で、はからずも合流する形になりました」


 お互いの遺品アーティファクトの取得状況を牽制しながらも、合流は和やかに行われる。しかし、第五層へ続く部屋、つまり第六層の最初の部屋には、恐ろしい罠が待ち構えていた。

 広い部屋にパーティのほとんどが入るのを待ち構えて、巨大な魔法陣が発動する。

 アングリア王国の術式ではない、ドゥムノニア独特の模様が加わった魔法陣は、二十人以上の二つ名持ちを一瞬でに変えた。

 続いて、柱の陰からドゥムノニアの冒険者が飛び出す。

 イソニアを含む、魔法陣の範囲から運良く逃れた、または魔法抵抗レジストに成功した冒険者は、命がけの戦いをすることになった。


「……いえ、あれは戦いと呼べるものではありませんでした。不意を打たれ、仲間のほとんどを失い、連携も取れていない私たちの仲間は、次々と殺されていきました。なんとか逃げ出せた四人のうち、二人は第五層でモンスターに殺され、昇降カゴにたどり着いたのは、私とエゼルリックさんの二人だけだったのです」


「イソニア、ほんとなのか? その……相手がドゥムノニアの冒険者だってのは」


「はい。間違いありません」


「しかし第六層への入り口……『魔女の指抜き』の場所は、かなりアングリアの内部だ。南西のドゥムノニアの冒険者が大人数で入り込めるような場所とは思えない。それに鍵だって、俺たちが見つけたあの一本しかないはずだ」


「ドゥムノニアも、第六層の探索にはそんだけ執心してるってこった」


 俺の疑問をエゼルリックと呼ばれた剣士はそう言って切り捨てた。

 確かに、第六層の探索に先鞭をつけることができれば、手つかずのアーティファクトを多数手に入れることができる。

 鍵を持つ我々のアタック時期の情報が漏れていたとすれば、国を上げての妨害や、扉が開くのを待って割り込む程度のことは、する可能性が高いと思われた。

 それを警戒して大迷宮探索ギルドもファーストアタックの時期は秘密にしていたのだ。しかし、人の口に戸板を建てることはできない。

 どうしても情報は漏れてしまうものだった。


「鍵は我が大迷宮探索ギルドが『指輪』として複製したからね。一度復号化された鍵情報は、どこからか漏れてしまうものだよ。……まぁこんなに早くから出回るとは考えていなかったがね」


「状況はわかった。それで? 俺が呼ばれた理由を聞かせてもらいたい」


 多数の二つ名持ちが鉄に変えられた。残りの有力パーティのメンバーも、ほとんどは殺された。

 そんな状況で、治癒魔法を使えるわけでもなければ、他国の冒険者を蹴散らす力を持つわけでもない俺が、呼ばれた理由がわからなかった。

 なにしろハズれギフトの二つ名持ちだ。今は第五層レベルでもない。

 俺はイソニアを見つめ、返事を待った。


「……あの『人間を鉄に変えた』魔術の術式は、私たちの知るものと大きく違っていると思われます。ですので、数人の治癒師ヒーラーが長い時間をかけて式を解読し、解を求めねばなりません。もちろん、第六層でのんきに解析などしている時間はありませんから、鉄の像を地上に運ぶ必要があるのです」


 話が読めた。物を運ぶ。たしかにそれは俺の得意分野だ。

 しかし……、鉄になった人間という荷物を考え、俺は首を振った。

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