第14話「ジギタリス」

――美しい。


 死そのものを運ぶ天使のようだと俺は思った。目を奪われ、視線を外すことができない。

 スローモーションのように崩れた一人と一頭は、ジギタリスの花を舞い上げ、床に落ちた。


「アミノ!」


「わたくしは……大丈夫です。それより……ロウリーが」


 返事の帰ってきたことに安心し、ロウリーに視線を戻す。

 背中の傷は浅かったが、気絶しているようだった。

 とにかくリュックの中からポーションを取り出し、背中の傷に振りかける。小さく呻いたロウリーの出血は止まり、呼吸も落ち着いたのがわかった。


「アミノ、ロウリーは大丈夫だ。傷はそんなに深くない」


 そっとロウリーをジギタリスの中に横たえ、立ち上がる。振り返ると、アミノは利き腕ではない方の手でパイルバンカーを杖のように持ち、右手はだらんとぶら下げていた。


「……アミノ?」


「すみません、獣の表皮が硬すぎて、支えきれませんでした」


 駆け寄ると、アミノの右肩が不自然な形にずれている。俺は金属で補強された鎧の留め金に手をかけ、すぐに鎧を脱がせた。

 クッション代わりの厚手の衣服ギャンベゾンにナイフを当て、首から脇にかけてを切り裂く。あらわになったアミノの肩周りは奇妙にでこぼこしていた。


「折れてはいないようだ。関節を入れる。痛いぞ」


 一瞬恐ろしそうに俺を見たアミノは、それでも小さくうなずく。さっき切り裂いたギャンベゾンの切れ端を咥えさせ、一気に関節をはめた。


「……んっ!! っんぐぅぅ~~!!」


 バタバタと暴れるアミノをなんとか押さえ、ポーションを飲ませる。ハァハァと荒い息を吐いていたアミノも、一分もせずに呼吸が落ち着き、立ち上がることができるようになった。

 ちぎれたギャンべゾンをかき集めるようにして、鎧の留め金をカチリと止める。

 その時初めて、俺はアミノの肌を思い出し、居心地の悪さを感じた。


「はぁ……はぁ、【運び屋】さん、この獣は奥の扉の鍵を持っているはずです。探すのを手伝ってもらえませんか?」


「いい、そういうのは俺の仕事だ。アミノはロウリーと一緒に休んでいてくれ」


 獣の周囲で腰をかがめながら、手でアミノに座っているよう指示を出す。平常を装ってはいたが、よほど疲れていたのだろう、アミノはおとなしく指示に従い、ロウリーのとなりにちょこんと座った。

 まず目についたのは獣の骨だ。骨と言っても頚椎の一部で、それは他の骨とは違い藍色に光を放っていた。死骸には他に特筆すべきものはない。牙や爪など一部はそれなりに高値で売れそうなので、拾える部分は拾っておいた。

 この獣が身につけていないとすれば、鍵とやらは周囲のどこかに隠されているのだろう。捜索範囲を広げて、俺はジギタリスの花園をうろついた。

 冒険者の亡骸なきがらも複数あった。【紅蓮ぐれん】のパーティのものもあるのだろう。とにかく装備品は可能な限りリュックへ詰め込み、骨は一箇所に集めておく。持って帰って埋葬してもいいが、どうせどれが誰の骨かはわからないんだ。冒険者のルールとして、生涯のうちにたどり着いた先で供養するのが一番いいと、俺は判断した。


「さて……」


 ひとまとめにした遺骨に手を合わせ、まだ調べていない扉の一角へと近づく。

 まさかとは思ったが、扉の横に小さなオルゴールのような箱があり、ふたを開けると、銀色の鍵が一つ転がっていた。

 見上げると、扉の横には古代語の文字が刻まれている。全てを読めるわけではなかったが、最後の一文だけは読むことができた。


「ふん『汝等ここに入るもの、一切の望みを棄てよ』か。チープな脅し文句だ」


 鍵は箱ごと持っていくことに決め、蓋を締めて立ち上がる。

 振り返ってアミノたちの方を見ると、頭がふらつき、俺は膝をついた。


「……なんだ?」


 胸がムカムカする。吐き気もある。ヤバい、毒か呪いか、とにかく俺は今何らかの攻撃を受けていることだけは確かだった。

 助けを求めて視線をアミノに向ける。しかし、そこに俺が見たのは、ロウリーの上に倒れているアミノの姿だった。

 しまった。ロウリーの傷は浅いのにも関わらず、意識を失っていた時点で気づくべきだった。

 この周辺には毒が蔓延している。

 どんな毒かはわからないが、とにかく持っているだけの解毒剤アンチドートを飲み込み、気を失っているアミノたちに駆け寄った。


「安心しろ、俺が絶対に助けてやるからな」


 まだ息があるのを確認し、そう言葉をかける。

 返事のない彼女たちへとリュックの口を開いて近づけ、その中に収納した。

 アンチドートの一気飲みで胸はムカムカしているが、体に力は入る。

 リュックを背負い、立ち上がった俺は、昇降カゴまでの長い道のりを地図でたどった。

 第五層の最奥さいおうから、荷物を運ぶしか脳のない俺がソロで脱出する。

 その絶望的な状況に頭を振って、リュックを背負い直した俺は、ジギタリスの花園を出口へ向かって歩き始めた。

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