第12話「無茶の理由」

「目的は……第五層の最奥さいおう、『魔女の指抜き』と呼ばれる場所へ、アミノを送り届けることだ」


 言ってしまった。まぁ第五層へ十三歳の少女を連れてきた時点で、その後どこまで進もうが俺の罪は変わらない。

 ロウリーの思惑がどうあれ、もうここで目的を隠す必要はなかった。

 覚悟を決めた俺に顔を向け、ロウリーは「はぁ?」と眉をしかめる。

 そんな表情をされるとは思っていなかった俺は、もう一度、同じことを告げた。


「いやいやいや、兄ちゃん、それ目的じゃないだろ? あたしが聞きたいのは、そこへコイツを連れて行って、何をするのかってことだよ!」


「あ、いや、俺への依頼はそれだけだ……その先のことは聞いていない」


「おいおいおいおい! ウソだろ?! それって一番最初に聞くことじゃね?! なんの理由も聞かないで、こんなとこまで子供を連れてきたってのかよ?! え? 兄ちゃん……バカなの?」


 ロウリーに言われて、少しの間考えた末に、俺は心の奥底から羞恥心が湧き上がるのを感じた。

 たぶん、赤面していることだろう。涙目になっているかもしれない。

 この依頼を引き受けたとき、俺の頭の中にあったのはただ、アミノの笑顔を曇らせたくない、それだけだった。俺がこの依頼を引き受けたことによって、自分がどうなるか、アミノがどうなるか、そして依頼を達成したあとに彼女が何をしたいのかなんか、まったく考えていなかった。

 大人としても、男としても、言ってしまえば人間として、俺は迂闊で最低だ。

 とにかく、ロウリーの顔も、もちろんアミノの顔も正視することができずに、俺はしゃがみ込んで頭を抱えた。


「はぁ……マジかよ。よし、兄ちゃんが知らないってんならおまえだ」


「はい?」


「もう理由知ってんのおまえだけだっつってんの! 話せよ、理由」


 俺の頭上で二人の会話は続いている。少し考えていたアミノが、俺の隣にかがみ込み、下から見上げた。

 いたたまれなくなった俺は目をそらす。

 そんなことには構わず、アミノはこう結論づけた。


「……【運び屋】さん、こうなっては仕方ありません。この際です、このかたも巻き込んでしまいましょう」


「なぁおまえ、なんて気持ち悪い呼び方やめろよ。あたしにはロウリーって名前があるんだからな」


「失礼しましたロウリーさん。ではわたくしのこともアミノと呼んでください」


 すっと立ち上がり、アミノは朗らかな声でそう告げる。

 ロウリーも、可愛らしい八重歯を覗かせて、ニッと笑った。


「よっしゃ。じゃあアミノ、話せよ」


「どこから話せばいいのでしょう。……そうですね、結論を言えば、わたくしの目的は『魔女の指抜き』で、兄のかたきをとること……です」


 アミノの話はこうだった。

 今から五年前、アミノの兄は有名な第五層パーティ【紅蓮ぐれん】の一員として、大迷宮の奥深くへと向かっていた。

 彼らの目的は第五層の遺品アーティファクトなどではない。人類が未だ見たことのない、そこに至る道を見つけることにあった。

 しかし、その後の【紅蓮】のパーティの結末はよく知られるとおり。彼らのパーティは半壊し、地上に戻ることができたのは六名中、三人だけだった。

 一人は精神を病み、一人は冒険者を引退。残りの一人は大怪我を負っていて、まもなく命を落とす。

 その、最後に死んだ一人がアミノの兄だった。


「兄は最後までうわ言のように言っていました。『魔女の指抜き』には第五層のガーディアンがいると。その向こうに、たしかに第六層へと向かう扉があったと。わたくしは、兄の遺志を継ぎ、人類を第六層に至らしめたいと思っているのです」


「おいおいアミノ。有名な【紅蓮】のパーティですら壊滅したんだぜ? アミノが一人で行ってもどうしようもないんじゃねぇか?」


 壁にもたれながら、ロウリーが口を挟む。

 彼女の言葉は正しい。俺のことが頭数に入っていないのを除けば、だが。頭を抱えるのをやめた俺は、地べたに座ってうなずいた。


「兄のパーティが半壊したのは、鍵となる遺品アーティファクトの意味に気づいたのが、攻撃職アタッカー陣が全滅した後だったからです。今ここに兄から託された『鍵』があり、アタッカーであるわたくしが居るのですから、なんの問題もありません」


 俺とロウリーの見ている前で、アミノは彼女の武器、パイルバンカーの接合部をスライドさせる。青白い宝石が姿を表すと、周囲の魔法元素マナがざわりとうごめくのが感じられた。

 もう一度、ガチャリと接合部をスライドさせ、アーティファクトを覆う。

 ロウリーの口角が上がる。その目は、大迷宮の謎を解き明かす手がかりを掴んだ冒険者の目、興奮と恐怖両方の光をたたえた、冒険を志す者の目そのものだった。


「いいじゃん……いいじゃんアミノ! あたしも乗るぜ! その冒険!」


 興奮気味にロウリーが親指を立てる。ここ何十年も人類の探索の果ては第五層だったのだ、第六層へ至る道は、人類の悲願と言ってもいいだろう。

 それは冒険者を志すような人間ならば、子供の頃に一度は夢見たことでもあった。

 アミノとロウリーが笑い合い、俺へと視線を向ける。

 もとより俺に異存はない。

 立ち上がり、リュックを背負い直した俺は、大きく深呼吸をして顔のほてりを覚ます。

 まだ少し赤くなっている顔が見られないよう、俺は十三歳の少女二人の先頭に立ち、目的の場所『魔女の指抜き』への道を地図でたどった。

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