第10話「第五層へ」

 久しぶりの第五層。

 地図を頼りに、角を二つほど曲がる。これ以上進むとモンスター避けの加護が薄くなってしまうため、俺は周囲を確認しながらカンテラを下ろし、リュックの口を開けた。

 リュックに手を突っ込み、目的のものに触れる。

 異能ギフトの力により時間と空間が捻じ曲がる感覚を確かめながら、俺はズルリとアミノを引き出した。


「っぷぁっ!」


 まるで今まで水面下にでも居たかのように、アミノは息を吸う。

 周囲をキョロキョロと見回した彼女は、最後に俺を見上げた。


「もう、ついたのですか?」


「ああ、ようこそ大迷宮の最奥さいおう、第五層へってなもんだ」


「はあ、すごいギフトですね。わたくしは袋を被せられてから、まだ一~二分しか経っていないように感じていました」


 久しぶりに『外れギフト』以外の評価を聞いた。


「まぁ俺のギフトは中に入ったものの時間経過も三十分の一にするからな」


 気分良く自分のギフトについて説明しながら、俺はもう一度リュックに手を突っ込む。すぐに目的のものを探り当て、長さ二メートルはあろうと言う鉄の塊を一気に引き抜いた。

 このメチャクチャな重さの武器を説明するのなら、形状としては馬上槍ランスに近いと言える。しかしこの槍には、本来真っ直ぐであるはずの中心部に、複雑な機巧が施されていた。

 アミノの使う得物。その名を『パイルバンカー』と言う。

 彼女の持つギフトにより、魔力を巡らせたパイルバンカーは、蒸気による爆発的な威力で更に一メートルも突き刺さる。

 今はまだ誰にも知られていない武器ではあったが、アミノが正式な冒険者としてギルドに登録したあかつきには、そう時間もかからずに【爆槍ばくそう】とでも二つ名がつけられそうな、そんな武器だった。


「しかしバカみたいに重いな、こいつ」


 その威力はすでに昨日見せてもらっていたが、実戦でこんな重い武器を使えるのだろうか?

 そう問いかけようとアミノを見ると、彼女はパイルバンカーを器用にくるんくるんと回転させ、風を切ってピタリと止めた。

 彼女の動きは、まるでレイピアを扱うようだ。俺は本当のギフトの何たるかを痛感し、そして、自分のギフトのあまりの弱さに心が締め付けられた。

 その間にも、アミノはヒュンヒュンと風を切り、パイルバンカーの手応えを確認している。ようやく納得がいったのだろう、さっき俺が通ってきた昇降カゴへ続く道へとその切っ先を向けると、ふぅっと長く息を吐いた。


「ところで【運び屋】さん、……このかたはどなたですか?」


 その言葉の意味するところに気づき、俺は立ち上がって振り返る。

 誰も居ない。そう思った俺の見ている前で、暗闇の中から金髪の少女が立ち上がった。


「へぇ、あんたよく気づいたな。あたし、完全に気配は遮断してたつもりだけど」


「お前!? ロウリー! なんで……」


「……いや~、覗くつもりはなかったんだ。勘弁してくれよな、兄ちゃん」


 鋭い視線でアミノを睨みつけていたロウリーは、急に相好そうごうを崩して頭をかく。

 負けず劣らずの視線をロウリーに向けていたアミノは、まだ疑いの眼で見てはいたものの武器を下げ、その視線のままニッコリと微笑み返した。


「【運び屋】さんのお知り合いでしたか。はじめまして。わたくし剣士のアミノと申します」


「あたしはロウリー。お前ちっちゃいな~。本当に冒険者か?」


 ロウリーは、ずかずかとアミノの隣まで近づき身長を比べはじめる。言っちゃ悪いがその身長はほとんど同じに見えた。

 その意見はアミノも同じだったようで、不機嫌そうにぷいっと横を向く。


「人の身長をとやかく言えるような体格には見えませんけれど」


「ぷっ! だよなぁ~! マジであたしと同じくらいじゃん! まるで十三歳くらいに見えるぜ」


 俺は慌てて言い訳をしようとして、一瞬考え、そして疑問に抗しきれずに間抜けな質問をすることになった。


「十三歳って……ロウリーお前」


「ああ、言ってなかったっけ。あたしはピチピチの十三歳だぜ」


「じゃあお前冒険者じゃ……」


 思わず「お前も」と言ってしまった自分の迂闊さに言葉を飲む。

 これではアミノが冒険者ではないと暴露したも同じだ。

 アミノの厳しい視線を肌に感じながら、俺はロウリーの反応を待った。


「あっはは! 兄ちゃん正直者かよ! そりゃ冒険者になれるのは十五歳からだ! 兄ちゃんだってそれくらい知ってんだろ!」


 まっ平らな胸を自慢気にそらして、ロウリーはそう断言する。

 アミノの困惑する顔を見て、俺はもっとひどい表情をしてるんだろうなぁと、頭を抱えた。

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