ロウリー
第09話「ロウリー」
朝もやの中だった。
数日かけて買い求めた道具は全てリュックに入れてあった。武器も鎧も新調し、何があるかわからないため数日分の食料すら用意している。
アミノの
とりあえず、事前の準備としては、これ以上のものはないはずだった。
「やぁ【運び屋】ベゾアール、今日は早いね、一番乗りはいいが、まだキミのお客さんも入ってないんじゃないか?」
顔見知りの迷宮管理官が詰め所から顔を出し、ルール通りに俺の登録証を確認した。
以前彼の当番のとき、大迷宮に子供が迷い込んだのを助けたことがある。
それ以来、彼とはいい関係が築けていた。
「ああ、今日はいいんだ。運び屋家業も悪くないんだが、俺はどうも根が冒険者らしくてね。体がなまる前に、久々に第五層へアタックしに来た。パーティでもないのにカゴを使うのは気が引けるから、誰も居ないうちにと思って」
前もって用意しておいた俺の返事に、迷宮管理官は「ソロでか?!」と大声で答える。
俺はにこやかに「ああ」と返した。
「無理だよ! やめときな! ソロで第五層なんて正気の沙汰じゃない」
「未だに『噂』のせいでパーティには誘ってもらえなくてね。なぁに、俺も死にたがりではないつもりだ。ヤバかったらすぐ逃げる。俺の持ってる地図じゃあ第五層は心細くてね。今後の大口の契約のためにも、なるべく地図はしっかりさせておきたい」
「……いやしかし……あぁ仕方ないな、わかった。しがない門番の俺には二つ名持ちを止めるような権限はないからな。ただ、無理せず無事で帰ってこいよ」
迷宮管理官は大型の
久しぶりの昇降カゴは、見るだけで不安を煽る。第五層へと直接降りることができるその
ゴクリとつばを飲み込み、指輪で空中に
昇降カゴは金属のきしむ嫌な音を立てながら、真っ暗な奈落の底へと降下しはじめた。
「なんだよ
突然背後から声をかけられ、飛び上がった俺は振り返る。
確かに誰も乗っていなかったはずのカゴには、見知らぬ少女が座っていた。
乱雑に切りそろえられた金色の髪。唇の端からチラリと見える八重歯。鎧とも呼べないような簡素な衣服。武器といえば、腰のあたりにナイフが一本ぶら下げられているだけのその姿は、どう見ても第五層へとアタックする冒険者には見えなかった。
少女は俺の反応に大きく吹き出す。
ぴょんとひと飛びで立ち上がった金髪の少女は、笑いながら俺の隣まで歩み寄った。
「あっはっは! そうビビんなよ兄ちゃん! あたしはロウリー。ロウリー・ブレンステッドだ。よろしくな!」
気安く肩をポンポンとたたき、右手を差し出す。
意表を突かれた俺は、思わずその右手を握り返してしまった。
「ベゾアール・アイベックス。二つ名は【運び屋】だ」
俺の返事に顔を上げたロウリーは、突然「うひょぉ!」と素っ頓狂な声をたてる。
ぐるぐると俺の周りを歩きまわって観察した挙げ句、彼女はうんうんと一人納得していた。
悪い噂を聞いているといった風でもない。もちろん知り合いでもない。そんなロウリーの反応に、俺はどう対応していいのかわからず、黙って昇降カゴが第五層へ到着するのを待った。
気まずい時間が流れ、やっとカゴは第五層で停止する。
リュックを背負い直し、地図を手に持った俺は、久々の第五層へと足を踏み入れた。
「おーい! 兄ちゃん待てよ! なぁ! 二つ名持ちの兄ちゃんってば!」
「……なんだ?」
「せっかくここで会ったのもなにかの縁だろ? 一緒に探索しようぜ!」
軽装のロウリーは頭の後ろで腕を組み、散歩でもするように第五層へと入ってきた。臨時パーティの申込みは珍しいものではないし、特に第五層では一人でも戦力は多いほうがいい。
普段ならありがたい申し出だったのだが、今日はソロでなければならない理由があるので、俺はしぶしぶ首を横に振った。
「なんでだよ! いいだろ! 兄ちゃん!」
「悪いな。今日はソロで行くことに決めてるんだ。そのうち縁があったらパーティを組むこともあるさ」
振り向かずにひらひらと手を振って、俺は足早に通路の一本へと入る。
もう少しゴネるかと思ったロウリーは、思いの外素直に引き下がり、ぶつぶつ言いながら他の通路へと入って行った。
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