第十三章 ガラスの魔術

p.109 休日

 

 季節はもうすぐ冬であり、日に日に肌寒くなっていく。

 ルーシャがフィルナルから命を受け、黒騎士ことリヴェール=ナイトを探し2週間が過ぎていた。連絡先も知らなければ、目撃情報もない。フィルナルやシバですら、リヴェール=ナイトの自宅や足を運ぶ場所なども知らない。何の情報もなく、ルーシャとセトはとにかく世界中を短期間に回り回っていた。


 ルーシャがリヴェール=ナイトの魔力を覚えているため、世界各地の大きな都市を回っては魔力探知を行い、リヴェール=ナイトの魔力やその名残を探し回っていた。少しでも名残があればそれを辿ることができるし、名残があるということはその都市を訪れたということであり目撃情報が得られる可能性もある。


 だが、どの都市にも魔力もその名残もない。


 リヴェール=ナイトがどこへいるのか分からないが、どこへ行くにしても何らかの痕跡があるはずと踏んでルーシャは大都市をメインに回っていた。基本的に大きな都市ほど交通網は発展しているため、目的地が僻地であろうと交通手段確保のために都市部に寄る可能性は高い。


 もし都市部とは離れた場所に魔力を使っての空間移動を行ったとしても、都市部のほうが商店も多く、なにか必要なものを買い出しに来る可能性も高い。さすがに魔法術を使用していないとなると、魔力の残り香を探すことはほぼ不可能とはなるが人や物の出入りの多い場所のほうが何かしら見つけられる可能性は高い。



「うーん・・・そう簡単にはいかないかぁ」



 リシア王国という産業が発展した国の第二の首都と呼ばれる街・ニージアに来ていたルーシャはうなだれる。

 空間移動も駆使したハイペースで世界各国を周り、都市部でくまなく魔力探知を行ってきていたがなんの手がかりもない。魔力探知が得意とはいえ、ハイペースでしかも広範囲をくまなく探すとなるとさすがに疲れる。


 ニージアの小洒落たカフェで休憩するルーシャとセト。

 リヴェール=ナイトを探しながらも生活のため依頼の仕事をこなし、セトの訓練もある。また、セトはセトで魔力協会が行う一般教養や学校で習うような勉強の講習会やテストを受けることも多い。

 まだ一人前ではないとはいえ、日々成長しているセトに頼ることも多くなってきたルーシャにとって、セトが抜ける日々があることは少々キツイものでもあった。


「ほんとに他に黒騎士のこと知ってそうなやついないのか?」


 ルーシャから次の任務が黒騎士探しと聞き、あまりの情報のなさにセトははじめから諦めモードだった。


「んー、いないことはないけど・・・」


 言葉を濁し、ルーシャは温かいココアを一口飲む。疲れた体に甘いものは染み渡る。


「それは最後の切り札にしときたいとこなのよねー」


 ホット一息つきながらも、ルーシャの表情はすぐに曇る。黒騎士を知りうる人物は一人だけアテがあった。


 世界最強の女騎士であり、一夜にして大国を落としたリーシェルこそが黒騎士の弟子であり何かを知っている可能性のある人物だった。だが、何もかもを見透かしたような瞳や、絶対強者の空気感はルーシャの苦手とするところであり出来れば会いたくない。


 悶々としたルーシャと困ったように地図とにらめっこをするセト。

 そんな二人のもとに声がかけられる。



「よっ、お二人さん」



 少しばかり聞き慣れた声にルーシャとセトは振り返る。


「リルト、どうしたの?」


 神の庭での一件で世話になったリルトが再びルーシャたちの前に姿を表す。同じ席につき、温かい飲み物を頼むリルト。


「ルーシャの魔力を辿って追ってきたんだよ」


「え?」


「リヴェール=ナイトの捜索だろ?俺も頼まれてるし、一緒に探そうと思って」


 リルトはにやっと笑いルーシャを見つめる。


「確かに凄腕のリルトがいれば見落としもなさそう」


 ハイペースに事をこなしてきたルーシャが密かに恐れておたのは、焦りゆえの見逃しだった。魔力探知が得意とはいえ、焦れば見えるものも見えなくなる。セトがなまだ魔力探知をいまひとつ習得できていない状況であり、ルーシャの判断にすべてがかかっていた。


 ホッとしたルーシャは肩の力が抜け、ココアの甘さを素直に美味しく感じられる。

 ルーシャとリルトは他愛のない世間話で盛り上がる。そんななか、ひとりだけセトはもやとやしたものを感じる。


(人探しなら、連絡しあって分担したほうが効率的なんじゃないのか?)


 ルーシャとリルトが楽しそうに盛り上がっているため、それを言える雰囲気ではなくセトは押し黙る。


「じゃ、次どこ探すか決めてるのか?」


「うーん、特に手がかりもないからなぁ。でも、このあたりはあらかた調べたけど何もなかったから、この街は出ようかなと」


 悩みながら口を開くルーシャ。特になんの手がかりも未だに見つけられず、次のあてもない。大きな街という目的はあるが、こうも引っかからないと大都市を探す意味がなくなってきている気がする。


「あ!ごめん、シスター。移動はちょい待ちで」


 先程まで空気に徹し、沈黙を守ってきたセトが口を開く。


「学力卒業試験と進級試験があるんだ」


 セトは今、中等学校レベルの学力講習を受けていた。学力講習には初等部学校、中等部学校、高等部学校のレベルがある。初等部と中等部はルーシャも受けてきた教育であり、ある程度の先進国ならば全ての子どもたちがその教育を受けている。


 高等学校は学ぶ意思がある者が通う学校であり、通うためには試験に合格する必要がある。全般的な知識を学ぶ場であり、高等学校以外にもそれぞれの分野に特化し専門職を育成する専門学校もある。


 また、高等学校卒業した者のなかには学者などを目指す者もいており、そのような人間は大学へと通う。


 世間的に見ても高等学校への進学者は、多くても中等学校卒業者の半分にいくかどうか。家業を継ぐもの、職を得るもの、専門職を目指すものも多い。


 セトはさらなる知識の獲得のため、高等学校レベルの講習を受けたいと思っている。


「試験の日程って・・・」


「明後日から。2日間卒試して3日目に合否が分かる。合格なら合否発表の翌日から2日間進級試験がある」


「テストばっかりでげっそりする」


 あまり勉強というものが好きではなかったルーシャが顔を青くする。自分が受けるわけではないが、試験続きな生活を想像しただけで何もかものやる気が削がれる。



 セトの試験があるため、数日間はリヴェール=ナイトの捜索を一旦中止することとなった。セト一人だけを数日間ニージアに置いて、ルーシャとリルトが他の街へ探しに行くこともできたが、フィルナルに特に急いで探せとも言われていないため休息を取ることにした。





 *   *   *


 翌日。

 セトは特に緊張した面持ちもなく、いつも通りの様子で卒業試験に向かっていった。どんな場面でも極度に緊張せず堂々としているところや、貪欲に勉強して上を目指す姿勢など、セトはルーシャにないところが多くあり、ルーシャが刺激を受けることも多い。


 セトを見送ったルーシャも身支度を整える。ニージアの街のなかでも少し端の方にある宿であり、そのおかげで宿代は少し安い。ルーシャは宿を出て、都市中心部までバスで向かう。


 街中には美しい石畳が並べられ、そびえ立つ建物もレンガ造りで整っている。バスの窓から見る何の変哲もない風景でさえも、絵画のように感じられるほどニージアは美しい街だった。道と道路の間には背の高い木が均等に植えられ整えられている。


 街ゆく人々は忙しなく歩く人もいれば、仲良く歩く親子もいる。他国からの労働者や観光客も数多く存在し、街全体に活気がある。


 目的のバス停で降り、ルーシャは辺りを見回す。朝の気温が上がり始めたばかりの空気は冷たく、胸いっぱいに息を吸うと体の芯から冷える。


「ルーシャ」


 名前を呼ばれて振り返るとリルトが手を振って駆け寄ってくる。


「おはよう」


 無事に合流した2人はそのまま揃ってニージアの中心部にある巨大なショッピングモールへと足を運ぶ。平日の朝だというのに、ショッピングモールには人が溢れている。ブランド店から食品や生活雑貨などの店、さらには飲食店も入っている多様性にとんだショッピングモールは見て回るだけで楽しい。


 セトの試験中、ルーシャとリルトは休暇をとることにした。どうせなら2人でニージアの街を巡ろうということになり、今日はニージア名物のショッピングモールを回ることにしていた。


 特に目的もなくブラブラとウインドウショッピングをしながら、流行りのファッションや雑貨などを見て回る。元々田舎育ちのルーシャは大きな建物や大勢の人、なによりもキラキラとした都会の雰囲気に憧れがあった。世界を渡り歩いて生活をしているが、仕事やフィルナルからの依頼、セトの修行などがあるため好きに観光をして回るということは殆どない。


 だからか、リルトとともに目的もなく観光できることが楽しかった。


「映画館もあるみたいだな」


「私、映画見たことないのよねー」


 たまたま目にした館内マップに映画館があった。映像魔法術により、どんなところでも比較的親しまれている文化だが、ルーシャの育った村は田舎のためそのような施設は一切なかった。セルドルフ王城へと移ってからも、下働きとしての給与はあったし休日もあったが、特に同い年の知り合いなどいなかったルーシャは一般的な娯楽に親しむことがあまりなかった。


 ナーダルと旅をしている時も、一人前になってからも、特に機会がなかったため映画を見ることは無かった。


「俺も存在しか知らないなー。せっかくだし、一緒に映画デビューでもする?」


「しよしよ!セトに何にも知らない師匠だと思われても嫌だし」


 リルトの誘いに食い気味にルーシャは頷く。




 ルーシャとリルトの休日・1日目は映画とショッピングモールでの食事と買い物で終わった。


 その翌日は2人でニージアで1番高いという展望台と、その近くにある動物園へと遊びに行った。

 展望台からは大都市を上から見下ろし、街の大きさと美しさに改めて圧倒される。飛行魔法が使える2人だが、こうして建物の上から街を見下ろすことは物珍しく2人してはしゃぐ。


 動物園では餌やり体験ができ、ルーシャとリルトは片っ端から動物に餌をやりまくる。世界を旅してきたルーシャと、世界を知り尽くしたようなリルトだが、動物に詳しい訳では無いため初めて見た動物に釘付けになったりもした。



 休日の3日目、セトの中等学校卒業試験の合否が判明し、無事に合格と分かった。この日は元々リルトとは約束していなかったので、宿でのんびり過ごすことにしていた。


「さすがセトね、おめでとう」


「まあな。あと2日がんばろーっと」


「手伝えることあったら力になるけど」


 申し出ながらもルーシャはそれほど学があるわけではないので、自分の出る幕はないと踏んでいた。


「いいよ。シスターはどうせ、デートに忙しいだろうし」


 テキスト片手にセトはいつも通りの表情でそう言う。ここ2日ほど、セトはルーシャからどんなところへ行ったのか、何をしたのかを軽く聞いていた。


「せっかくの休みに観光してるだけだけどね」


「その割にはえらく楽しそうに見えるけどな」


 デートをやんわり否定するルーシャに、セトは冷静な態度で客観的視点での師匠の姿を口にする。セトからみても、ルーシャは浮かれているように見える。試験中のセトに遠慮して多くは話さないが、話し方や表情などから楽しくて仕方がないという雰囲気が感じ取れる。


「遊びに行くことがそんなになかったから」


「まあ、楽しめてるならいいんじゃない?シスターの休日もあと2日だし、楽しめる時に楽しむのはありだと思うし」


 セトはそういい、明日の試験に備えるため部屋へと帰っていった。

 ルーシャは少し悶々としながらも、あと2日どこへ行こうかとガイドブックを開くのだった。









──────────


全く手がかりのないリヴェール=ナイトさん探しをしている。

なんかヒントとかないのかなぁ・・・。

かと言って、リーシェルさんに聞きに行くのは怖いんだよなぁ。


セトの試験もあるし、ちょっとの間はお休みということにした。

セト、がんばるなー。私ならもう、卒業試験受けて終わるのに。


リルトとお休みを堪能しよー!こんな時にしか遊びに行けないしね。

それにしても、こんなにショッピングとかが楽しいとは。いつもは生活のためだけの買い物しかしてこなかったからかなー。


明日はどこに行こうかなー。


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