p.97 大海流

 

 ルーシャがセトとともに海賊の塒に足を踏み入れた翌日。

 海賊船は塒を離れて大海に出ていた。海賊数名は塒の警備のため留守番となるが、それ以外の面子とルーシャとセト、そしてストイルたち軍人も海賊船に乗っていた。


 海賊の塒は洞窟にあり、海と塒を結ぶ道はあり船が通るには十分な大きさがあった。しかし、実際にはねぐらへと続く道は多少海水があるとはいえ船が通るに十分な海水はなくルーシャはどうやってこの海賊たちが塒から船を出しているのか不思議だった。


 しかし、その疑問はすぐに解明された。

 なにせ海賊の頭であるフェルマーは魔力協会では「氷水のフェルマー」と名が通るほどの魔導士であった。フェルマーの手にかかれば海水を操ることなど造作もなく、あっという間に塒と海が繋がる。


「フェルマーさんがいれぱ帆も舵もいらなさそう」


 率直な感想をルーシャは述べる。それほどまでの腕前があれば風をつかまえる必要も、舵で針路をとる必要もなさそうだ。行きたい方向に波を動かせばいい。


「海の力を舐めるな」


 ルーシャのそんな言葉にフェルマーは厳しい言葉を告げる。フェルマー曰く、潮や海風の流れを変えることは難しいことではないが、あくまでそれは表面的なものに過ぎないという。大海は大きな海流を主とし、様々な潮の流れが存在している。また障害物やほかの船の動き、温度や風によってもその流れは刻々と変わっていく。それが途切れなくずっと先まで永遠に続いている海は、常にその状況を変えていくという。遠くの小さな変化が大きなうねりとなり、自分のいる場所の潮を変えるため常に変化を見極める必要がある。


 また逆も然りであり、自分が起こした変化がうねりの元となり遠くの海の状況を変えることもある。海の上に船を浮かべるとは、そうした相互作用の中に自分の身を置くこととなる。


「で、どうだ?」


 甲板で大海原を見渡すルーシャにフェルマーは声をかける。

 今現在、ルーシャとフェルマー以外は舵をきったり、帆を調整したりと何かと仕事がある。それはセトやストイルたちも例外ではなく、海賊の指示に従いそれぞれが持ち場に着いている。


「大きな魔力の流れと、あとは小さな魔力が点在している感じですね」


「これ以上進めば船が流される。潜るしかないか」


 ルーシャの魔力探知の結果にフェルマーは難しい表情をうかべる。出来るだけ魔力が強く感じられる場所へとルーシャの魔力探知を元に進んできたが、この先は海流も激しく船が流され、下手をすれば破損し全員の命が危うい。


「俺とお前と・・・もう一人魔法術師が欲しいな」


 そんな状況下で海中に潜ることは危険であり、魔法術である程度の対応ができる人間が必要になる。


「ならば、ミッシュ二等兵行ってこい」


 海賊にまじり船の仕事をこなしていたストイルがミッシュに声をかける。ストイルは将軍という役職にも関わらず、海賊たちと分け隔てなく話をして仕事をこなし輪に溶け込む。その社交的な姿を見て、ルーシャはもとよりセトも「本当にあの人えらいのか?」と疑問を抱くほどだった。


「しかし・・・」


 突然の大抜擢にミッシュは戸惑う。海属の秘宝の探索となれば自分よりも経験のあるストイルかニックのほうが適任に思えた。


「行ってこい。ちゃんと船長と友達を守れよ」


 戸惑うミッシュに先輩軍人のニックが背中を押す。海賊たちとは必要最低限のコミュニケーションしかとっていないが、必要な仕事はきっちりしているニックはミッシュの手にしていた仕事を奪う。


「は、はい!」


 上司と先輩におされ、ミッシュはルーシャたちとともに海へと潜る。



 ルーシャたちは海中でも呼吸ができるように、海水に濡れないように、その冷たさに体温を奪われないように、浮力による体の自由が奪われないようにとあらゆる対策の魔法術をそれぞれが行使する。


 船の上から海に身を投げ、その世界へと足を踏み入れる。



 海の中は太陽の光が差し込み、その青い世界は驚くほど美しいものだった。日の光を浴びながらうねるような流れがあり、空気という媒体がないため音も拾いにくい。くぐもったように何かが聞こえるが、それがなんの音なのかも分からない。そのあまりに静寂に近い世界にルーシャとミッシュは圧倒される。


 自分たちがかけた魔法術のおかげで海中でも呼吸をでき、ある程度の視界も確保され、体も自由とは言えないがそれなりに動く。だが、音を拾うことが出来ずルーシャとミッシュは言いようのない不安に駆られる。どこかで何かが起きても、誰かに何かが起きても気づくことさえできない。


 〈音波魔法を使え〉


 そんななか、フェルマーが神語を使いルーシャとミッシュに話しかける。

 言われた通り、ルーシャは音波魔法を使ってみると岩場や海を泳ぐ魚などが音波に反応する。地形や周囲の動植物を把握でき、音のない世界を多少なりとも彩る。


 ある程度の周囲の状況を把握し、ルーシャは魔力を強く感じる方向へと進んでいく。フェルマーとミッシュはそのあとに続き、静かな広い世界に三人は身を置く。


 三人は海底に降り立ち海の中を歩いて進む。海洋の海底となれば、陽の光はそれほど届かず暗い世界が広がる。フェルマーが特殊な光魔法を広範囲に発動させ、ルーシャたちの視界を確保する。魚の中には光に集まるものもいており、あまり魚の大群に出くわすのも面倒だといいフェルマーは魚が集まらないような光魔法を発動させていた。


 海底には岩場がいくつも存在し、そして強い潮の流れが襲いかかってくることもある。岩場を乗り越えながらも、ルーシャは時折襲ってくる潮の流れに流されかけてはフェルマーやミッシュに助けてもらう。


 〈フェルマーさん、ひとついいですか?〉


 どれくらい進んだかも分からない中、ルーシャは強い魔力を感じながらフェルマーに問いかける。


 〈なんだ?〉


 〈この先、進みますか?〉


 まっすぐとルーシャは人差し指を目の前の空間へも向ける。三人がひたすら海底を歩いて進み、もう世界最大海流のライル大海流は目と鼻の先にある。ルーシャは最も魔力が強く感じるところを目指して進んできた。


 ルーシャは魔力探知に優れ、それは魔法術を扱う日々の中で磨いてきた技術のひとつだった。自分や他者の魔力の分別だけではなく、その魔力の性質も手に取るようにわかる。それが人間であろうが、他の生物であろうかも分かるし、見分けた魔力はいくら混ざりあっていようがすぐに見分けが着く。


 フェルマーが魔力探知での捜索に難色を示したのは、海流や気流により集まった魔力は強く混ざり合う。そこから強く絡み合ったそれらをほどき、ひとつの魔力を見つけ出すのは簡単なことではない。分解系統の魔法術を使ったり、何らかの方法がない訳では無いが手間がかなりかかるし、複雑になればなるほど技術も時間も要する。


 〈何がある?〉


 足を止め質問してくるルーシャに、フェルマーは質問で返す。



 〈限りなく清く強い魔力です〉



 ルーシャはそう答えながらひとつの魔力とひとつの出来事をそれぞれ思い出す。


 ルーシャの目には大海流の中に煌めくような限りなく青く、清く、美しい魔力が映る。海流の先を見据えば、その魔力がより強く濃く感じとることができる。

 その魔力はまるで・・・。


(マスターの青ノ魔力に近い)


 どんな穢れも祓い、どんなものも清く染め上げるほどの清々しいまでも美しく強い魔力──そんなナーダルの魔力に似ている。ルーシャは〈第二者〉となってからのナーダルしか知らないため、静神の恩恵や影響を受けたあとのナーダルの魔力しか知らない。今思えばナーダルのその魔力はあまりに清く、人の魔力とはまた違ったもののような気がする。


 そして、それに近いものが今現在目の前にある。



(神秘の鏡に吸い寄せられた、あのリッタ気流と似ている)



 目の前の大海流を前に、ルーシャはかつての出来事を思い出す。

 まだナーダルに師事したばかりのころ、ルーシャはナーダルとともに神秘の鏡に吸い込まれて見知らぬ土地を冒険した。

 そこで、そこら一帯の主と思われる生物と出会った。


 巨大な黒鳥はリッタ気流に運ばれてきた魔力をその身に宿し、魔力のカスと呼ばれる自然界に悪影響を及ぼすそれらを世界に充満しないようにしていた。


 いま、目の前のライル大海流のなかにも同じように魔力のカスはあるし、他にも淀んだ魔力も存在している。この先に、ナーダルの青ノ魔力のような清い魔力を強く感じ、この海流の意味を──その先にある何かの存在意義をリッタ気流とその主に重ね合わせてしまう。


 〈船長、ルーシャ。取り込み中悪いけど〉


 目の前の魔力に気を取られていたルーシャとフェルマーは、ずっと後ろから着いてきていたミッシュの言葉に振り返る。


 〈招いてない客が来た〉


 少し離れたところに人影が数名みえる。


 〈幸福時計か。お前の魔力探知に引っかからないとはな〉


 焦った様子もなくフェルマーはちらっとルーシャを見る。


 〈抗魔力探知されてたら、そんなほいほい分かりませんよ〉


 ルーシャは不服そうにそう言い返す。ここに来てミッシュに言われるまで彼らの存在に一切気づくことは無かった。今こうして合間見えたからこそ魔力探知で、相手が抗魔力探知の魔法術を発動していることが分かる。抗魔力探知とは、基本的に魔力探知に引っかかりにくく、いくら魔力探知の精度が高いと言っても簡単に分かるものではない。



 〈船長とルーシャは先に行ってください〉



 ミッシュは腰にぶら下げていた短剣を手に取り、相手を見すえる。目に見える範囲に近づいてきた彼らの腕には、時計をモチーフにした幸福時計の紋章が刻まれている。


 〈でも、ミッシュ〉


 軍部に所属しているとはいえ、ルーシャと同時期に魔法術師になった同期のミッシュ。いくら訓練をしてきているとはいえ、一人で反魔力協会組織に立ち向かうことはあまりにも危険だった。そらにここは海底であり、魔法術である程度の動きやすくはしているが地上と勝手が違う。


 〈無茶はするな。お守り程度にこれを貸してやる〉


 心配するルーシャとは裏腹にフェルマーはあっさりと首を縦にふり、何かをミッシュの目の前に転送し渡す。

 それは小さな水晶で、非常に透明度が高く純度の高い代物だった。水晶は魔道具に使用することが多く、今ミッシュの目の前にあるそれにはおびただしい量の神語が刻まれている。


 〈ある程度の防衛魔法術と、海中を移動するのに役立つはずだ。俺らが戻ってくるまで耐え忍べ〉


 〈はっ!〉


 フェルマーの言葉にミッシュは敬礼で返事を返し、幸福時計の面子に向かい合う。



 〈すぐ戻ってくるから!〉



 フェルマーに手を取られルーシャは先へと進む。後ろを振り返り、友人へと精一杯の声をかける。本当ならば一緒にこの場を何とかおさめたいし、置いていくことは不安でしかない。それでも、それが軍人としてのミッシュの役割であり、ストイルやニックから託された責務がある。


 ルーシャの言葉にミッシュは振り返りも返事もしない。目の前の敵を見据えたまま、ルーシャに対し腕を真っ直ぐ高くあげ、親指を立てて応える。










──────────



海属の秘宝を探すために海に出た。

船には乗ったことあるけど、まさか海賊船に乗る日が来るとは・・・。

なによりも、ストイル将軍が海賊に溶け込みすぎてて笑えた。

あんな風な人が上司だと素敵なんだろうなと思った。

もう1人のニックさんは、将軍とは正反対な感じの人だけど・・・。

淡々と静かに仕事をこなしていく感じで、あんまりフレンドリーな感じではないなー。

でも、仕事ができる人って雰囲気がすごい。


海属の秘宝を探すために海底に潜った。

思いのほか暗くて、音も聞こえない。意外と怖いと思った。

自由もきかないし、魔法術が解けたら息もできないから命に関わる・・・。


そんな状況下で幸福時計の相手って・・・。ミッシュ大丈夫かな。心配しかない。


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