p.91 その路へ

 

 セトの魔力が今回の出来事の原因であり、自体の収拾をした翌日。

 ルーシャとセトは浜辺でのんびりと過ごしていた。明日には迎えの船がやって来る。ルーシャは昨日の夜に報告書をしたため、フィルナルへ魔法術を使って送付していた。今回の原因の証拠として、手持の小さな水晶にセトの魔力を込めた魔力サンプルも一緒に送っておいた。


 元々、ルーシャとセトはルーシャがここに滞在する間のみの関係であり明日には別れる。一応、ここまでの数日でそれなりの生活の知恵を伝授しており、それなりにセトが食いつないでいけるだけの世話はしていた。だが、肝心の魔力協会へ入会するかどうかなどの話は一切していない。


 本当は聞き出したかったルーシャだが、セトの生い立ちを思うと簡単に魔力を受け入れたり、その存在を考えて選択することは難しいのではないかとも思えた。


 規則的な波の音を聞きながら、ルーシャは明日からの旅路を考える。ぼんやりと地図を眺めながら、フィルナルからの新たな仕事が来ないことばかりを祈る。


(涼しくなってきたし、美味しいものがあるところがいいかな)


 秋といえば収穫祭がある地域がある。今いる地域は赤道にもそこそこ近いため温暖だが、ルーシャは暑さが苦手であり涼しい地域へ行こうと計画を立てる。


「・・・俺も連れてってくれよ」


 行き先を考えていたルーシャの耳にセトの声が入る。


「え?」


 突然のことにルーシャは思わず聞き返す。聞こえなかったわけではないが、聞き間違いかと思う言葉だった。


「あんたと世界を見たい、魔力を知りたい」


 セトはその赤い瞳を真っ直ぐルーシャに向ける。思わず合ったその視線に捕まり、ルーシャは驚きながらも正直困る。


「・・・セト」


 何をどう言えばいいのか分からず、その名をつぶやくルーシャ。


「俺に魔法術を、その世界を教えてくれよ」


 だが、セトは躊躇うことなくルーシャに自分の思いをぶつける。その真っ直ぐな瞳に思わずルーシャはたじろぎ、視線をそらせてしまう。


 セトの口からそのような言葉が出てくるとは思わなかった。その生い立ちゆえ、魔力は悪と教えられ信じてきたからこそ、その道に進むことに抵抗があって当たり前だった。


 ルーシャは魔力があるからと言って、必ずその道に進まなければならないとは思わない。魔力に目覚めるものは多くはない。だからこそ、その道へ進む人間は多いが魔力に捕われる必要は無い。


「でも、私はまだ魔法術師になって日も浅いし。協会にはもっと、知識も技術も経験もある人がいると思う」


 セトの真っ直ぐな視線にルーシャが躊躇うのは何よりも自信のなさにある。ルーシャは魔法術師ではあるが、それでも一人前になってまだ一年もたっていない。魔法術の腕前は人並みにはあるが、それでも経験不足は否めない。


 まだ経験も積んでいない自分が誰かを教えるなど到底考えられない。それにセトは吊り橋効果でルーシャのことを見ているに過ぎず、ルーシャ自身は取るに足らない一般的な魔法術師でしかない。



「俺は、俺を見つけて魔力の世界を見せてくれたあんたが良いんだ、ルーシャ」



 真っ直ぐとルーシャを見つめる瞳は力強く、その言葉はどこか聞き覚えのあるものだった。




「それでも、私は・・・私を見つけてくれたナーダルさんが良いんです」




 かつて、ナーダルにそう言ってルーシャは弟子にしてもらった。魔力に目覚めながらもどうすればいいのか分からず、居場所もない状況のなか手を差し伸べてくれたその存在がいかに大きかったのか。暗闇のみちでひとりでいたなか、その存在に気づいて陽の光のなかに導いてくれた──それがルーシャにとっての師匠ナーダルだった。


「あんたが見せてくれたこの世界を俺は知りたい」


 セトにとって魔力のある自分は激しく憎むほど認められないものだった。死ぬ勇気はないから生きてはいたが、それでも親友を死に追いやったのは紛れもなく自分だった。笑いあったグレンが目の前でおぞましい程の傷を抱え、全く動かず冷たくなっていたあの光景は未だに脳裏にこびりつく。


 魔力に目覚めなければ、自首して自分だけ死んでいれば、あるいはグレンに秘密を打ち明けていれば、そもそも仲良くなどならなければ、捨てられた時に生きて拾わなければ・・・考えても仕方のないことばかり考えてしまう。


 だからセトは命からがら逃げてから、積極的に魔力について知ろうともしなかったし、人と関わろうともしなかった。これが良くない力なのだと、人を不幸にするものだと思ってしまっていた。


 だが、ルーシャが見せてくれたその世界はあまりにも美しく魅了されるものだった。その美しい世界の一部に自分がいると考えれば不思議な気もしたが、それは独りではないのだと言って貰えたようだった。この手の中にある魔力は決して絶対悪ではないのかもしれない──そう思わせてくれた。


 最初は生きるための知恵を教えてもらう、それだけの関係だった。親切にしてくれるがそれでも自分より年上で大人のルーシャを信じられなかった。人買いに攫われかけたこともあり、その手の人間なのではないかとさえ思えた。


 だが、ルーシャは下手にこちらの領域に足を踏み入れてくることはなかった。一線を交え決して踏み込んでは来ないのに、セトが生きていけるように配慮してくれた。それがセトにとっては新鮮であり、そして興味がそそられた。この人なら信じてもいいのではないか・・・そんなことを感じてしまった。


「私は人に何かを教えたこともないし、立派な経歴や学歴があるわけでもないし、経験豊かなわけじゃないけど?」


 それでもいいのかとルーシャはまっすぐと青い瞳でセトを見返す。


「それでも良いって言ってんだろ?」


 ルーシャの言葉にセトは口元を弛めてそう返す。セトが惹かれたのは、ルーシャの経験や学歴などではない。その人柄に、その存在に惹かれた。ルーシャとだからこそ、魔力のある世界を見たいと思った──それだけだった。



「ようこそ、魔法術の世界に」



 少し戸惑いながらもルーシャは覚悟を決め、自分よりも小さな少年の手を握る。経験も何もないルーシャは人に何かを教える資格があるのか分からない。そんなものはないと思っているが、これも魔力の導きなのかもしれない。


 それに今思い返せば師匠のナーダルは凄腕の魔導士だったが、人に教えるという点ではあまり上手くはなかった。ルーシャを実質的に鍛えたのはシバであり、その教えの方が骨身に染みている。


(困ったらシスターやグロース・シバを頼ろう!)


 心の中でそんな決意をしたルーシャはセトとともに世界を巡ることにした。









──────────


一件落着・・・したと思ったのに。

セトが私についてきたいと・・・。


着いてくるのは、まあ良しとして。

こんなに経験ないのに弟子をとることになってしまった!


ほんとに私でいいの?おしえられるの?

いやいや、無理でしょー。だって、まだ一人前になって一年も経ってないんだし。


セトの言う、自分を見つけてくれた人について行きたいって気持ちはめちゃくちゃ分かる。私もそうだった。

私を見つけてくれたマスターだからこそ、ついて行きたいと、この人とだからこそ魔力のある世界を知りたいと思った。


気持ちはわかるけど、めちゃくちゃ不安でしかない。

とりあえず、会長と、シスターと、グロース・シバに報告しよ!!


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