第十一章 海属の秘宝

p.92 港町

 

 南国独特の陽射しと湿気た空気が漂い、ルーシャは日陰で冷たいジュースを少しずつ口にする。少し前まで秋の涼しい場所にいた雪国育ちのルーシャにとって、平均気温が三十度近くある南国の暑さは罰ゲームでしかない。


「やっぱ赤道直下だと暑いもんなんだなー」


 だが、バテているルーシャとは正反対に真っ赤な髪のセトは楽しそうに太陽からの灼熱を浴びている。初めて見る歓楽街や南国のビーチを楽しそうにはしゃぎ回る姿を見ると、年相応なのだと思うがルーシャはそれに付き合う元気がなかった。



 フィルナルからの依頼で無人島の奇怪な現象を解明したルーシャはその後、フィルナル、オールド、シバといった普段から常にお世話になっている人間にセトのことを話した。それぞれ多少驚きはしたものの、「それもまた魔力の導きだろう」と三人とも口を揃えてそう言っていた。もう少し心配でもしてくれるのではないかと、ルーシャは少しこの先の雲行きを不安視する。


 セトはあれから手続きをし、正式にルーシャの弟子となった。元々、国籍や戸籍といったものもないセトは魔力協会籍を獲得しそれが国籍や戸籍の代わりとなっていた。セトのように正式な国籍や戸籍がない人間は世界を見渡すとそれなりにいており、魔力協会に申請し審査が通れば協会籍が国際的にも使用出来るものとなる。


 一組織の籍がそれほどまで認められているのは魔力協会以外になく、それほどまで魔力協会という組織がいかに磐石で強大なのか、世界中から認められているのかということが分かる。元々、戸籍も国籍もあったルーシャはセトの国籍問題となるまでこのことを知らなかった。


 世界を旅するには身分証明書がいる。ルーシャはセルドルフ王国で生まれ育ち、当たり前のようにセルドルフ王国正式発行されている身分証をもっている。国籍があるため、それなりの税金もきちんと納めているし、何かあれば各国に設置されている大使館を頼ることも出来る。


 だが、あまり故郷といったものに固執することがなく、さらに縁を切った兄のいる国となればルーシャにとってあまり目にしたいものでもない。そのため、ルーシャは基本的に大使館よりは魔力協会支部を頼りにしている。


「シスター!」


 楽しそうにルーシャのもとに駆け寄ってくるセトのその言葉に、ルーシャは聞きなれたとはいえ不思議な感じがする。自分がそう呼ばれることなど想像したこともなかった。


「ほら、あっち!」


 その手を取ってはしゃぐセトに振り回されながらルーシャは街を進んでいく。




 ルーシャとセトはいま、世界屈指の大港街・レイズルにやって来ていた。

 今まで一人で適当に世界を旅していたルーシャは、セトともに歩むようになり行き先をセトの希望を優先して回ることにしていた。セトは今まで閉鎖的な村の中で育っており、そこを抜け出してからも人と関わることなく生きてきた。そのセトが世界の広さに興味をもっており、ルーシャはその視点に刺激を受けていた。


 レイズルは世界一の港町として昔から栄えており、物語や絵本のモデルとなるほど有名な場所だった。交易の要であるこの場所には昔から、日用品や高級品、珍品、食材、香辛料、工芸品となんでも揃っている。市場を覗いただけでも世界を巡るようだという噂に、ルーシャも以前から気になっている場所ではあった。


「すご、なんか買おうかな」


 物欲も浪費癖もないルーシャだが、目の前で初めて見る品物を前に思わず財布の紐が緩みそうになる。美しい装飾品の数々を見ればオールドに似合いそうだとか、珍しい魔道具を見ればシバが興味を持ちそうだとか、そんなことばかり考えてしまう。


 だが、ルーシャは心を鬼にして衝動買いの欲望を抑える。隣で興奮するセトをつれ、ルーシャは旅とセトに必要なものを買う。元々一人で旅をしていたのである程度のものはあったが、食べ盛りの少年と一緒となればそれなりに物入りになる。


 さらに、セトは殆ど私物を持っておらずその日暮らしをしていた。ある程度の寒暖に耐えられるよういくつかの衣服と、勉強のための文具や教本を買い揃える。ルーシャと違いセトはまともに義務教育すら受けておらず、ルーシャは基礎的な勉強や一般知識、そして魔法術について教える日々だった。


 セトのように環境に恵まれないがゆえ、勉強をする機会さえない子どもはまだまだ世界に数多くいる。魔力協会はそのような境遇の子供たちに勉強の機会を与えている。協会員ではなくても一般人でも基礎学力講座を受講することができ、セトはその講座とルーシャの教えで日々勉強をしている。






 レイズルの夜は賑やかであり、毎日が祭りのようだった。夜になっても街の灯が消えることはなく、人々は夜が更けても街中に出かける。


「ちょっとだけだからさー」


 滞在しているホテルの一室でセトは両手を合わせてルーシャを伺いみる。赤い瞳が小さく揺れながら真っ直ぐとルーシャを捉え、ルーシャはため息をつく。好奇心旺盛なセトはこうして何かある度にルーシャに頼み事をする、そしてその度ルーシャは──。


「ほんとにちょっとだけだからね」


 毎回そのワガママを許してしまう。責任ある大人として駄目なものは駄目だと言わなくてはいけないし、毎回許している訳では無い。だが、セトの目に見つめられるとどうしても許してしまう、甘い師匠だった。


 セトは夜のレイズルの街に出歩きたいと言ってきかなかった。先程まで夕食を外食していたため外にいたのだが、光溢れる夜店をどうしても見たいようだった。

 夜の街へ出かける──確かに子供の頃はそれだけでワクワクした。何があるという訳ではなく、外へ出ては行けないと言われているその時間に家を出て外にいる、それだけで背徳感と好奇心でいっぱいになる。さらに夜店の光は闇夜の中でより一層光り輝いており、好奇心がかきたてられるのも無理はない。


 共に歩きながらルーシャは不思議な感覚になる。

 物心着いた頃から生活するので精一杯で、多少成長したところで環境が変わりわがままを気安く言える状況でもなくなった。なんでも言い合えた兄は遠くの存在となり、ルーシャのすぐ近くでなんでも言い合える人間はいなかった。だからか、気づいた頃には物分りのいい性格になっていた。


 だからか、セトとこうして歩いて無邪気に何かに心を奪われることが懐かしくも、どうしていいか分からない気持ちもあった。その懐かしい感情をどう扱っていいのか分からないが、こうしてセトの隣で笑っていることで今まで抑えてきた感情が少しづつ溶かされていくような気がする。


 無理をしていたわけでも、我慢を強いられたわけでもない。ただ何となく空気を読んで来た、それだけだった。


「やっぱりデカい街はすごいなー」


 ずっと閉鎖的なところで育ってきたセトは外に広がる世界というものに寛容で、なんでも興味を持つ。


「まあ、光ある所には影もあるもんだけどねー」


 喜ぶセトを微笑ましく見ながらもルーシャは周囲の警戒を怠らない。栄えている街だからこそ、必ず闇の部分がある。特にこうして日が暮れたあとはそういう面を顕著に示すこともある。


 セトが夜店に目を奪われる中、ルーシャはその影にチラつく裏の世界の住人を見かける。これほど栄えた街、しかも世界中から積荷が届く大港街となれぱ公には取引されない何かがあってもおかしくはない。それらに大きく関わるつもりもないが、それでもその存在を知らなければ自分の命や身の危険となりうる。


「でも、シスター強いから大丈夫だろ」


 けろっとセトは笑ってルーシャを見る。


「女子供に油断してくれてればね」


 笑うセトとは正反対にルーシャはため息を着く。

 ルーシャは元々一人旅をしてきていたので治安の悪い道中で襲われることもそれなりにあった。若い女だと金銭や値のあるものだけではなく、売り飛ばして金を手に入れようとする連中もいる。ナーダルと旅をしていた時からそういう時の対応は習っていたし実践経験あったので困ることはなかった。


 最近はセトもいるため、姉弟にみられ襲われることも多い。まだ小柄なセトを人質に取り金銭を要求してくる盗賊などとも対峙してきており、その度にルーシャがなんとかその場を収めて事なきを得てきている。ほのためセトはルーシャなら大抵の事は何とかしてくれると思っている節がある。


(甘やかしすぎたかな・・・)


 まだ出会ってそれほど月日が流れていないが、セトのそのルーシャ頼りなところにルーシャは頭を悩ませる。かと言って、セトはちゃんと学ぶべきことは学ぶし技術練習もしている。旅生活にも慣れて出来ることはするし、なんでも頼るという訳ではないためルーシャも強く何かを言うことはしていない。



 光り輝く夜店が並ぶ通りを一通り見たルーシャとセトは街を歩きながら宿に戻る。街並みは夜だが華やかで明るく、街ゆく人の表情も明るい。

 宿が海沿いにあるため、二人は少し寄り道をして夜の海岸を歩いていく。港町で大きな船の入る海岸はもっと別のところにあり、そこに立ち入ることの出来るのは関係者だけだった。ルーシャたちのような観光客や仕入れに来た人間は、観光外にある宿に泊まることが多い。


 夜の海は暗く、光がないと暗闇に囚われてしまいそうになる。街中は光が溢れているが、二人の訪れた海岸には必要最低限の街灯しかなく目の前に映る世界は非常に暗い。

 潮風に紛れて海から大きな魔力を感じ取る。


(なんだろう、海流とかかな?)


 大きな気流や海流は自然の魔力を集めて循環する特性があり、それ故にそのような気流や海流があるところは豊かになることが多い。吸い込まれそうな闇夜の海をルーシャは静かに見据える。








──────────


まさか私が弟子をもつなんて・・・と思い続けて毎日が過ぎていく。

セトはほんと元気だし、好奇心旺盛だし。

私とはまた違うタイプだから刺激になる。


色々教えることも多くて、教えてもらうことも多い。

こうして思い返すと、私はなんて従順な弟子だったんだろうって思ってしまう。

マスターのあとを静かについて行ってたなー。


セトが敬語使わないことも、なんかもはやどうでも良いかって思っちゃうあたり、私もなかなかいい加減な大人になってしまってる・・・

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