p.87 少年

 突如として目の前に現れた少年を前にルーシャは対応に困る。向けられる視線は痛いほど警戒心を表してはいるが、かと言ってこちらを攻撃してくるわけではない。目の前のルーシャの行動を見定めるかのような、そんな緊張感が漂う。


(魔力に流動性はあるけど・・・扱えるわけではなさそう)


 探し求めていた魔力を目の前にしてルーシャは冷静に相手の力量を推し量る。たゆまなく流れるその魔力の流れは確かに魔力に目覚めたものの証ではあるが、目の前の少年はその流れがあまりにも均一すぎる。魔力を扱うものは流れの速さや強さにムラが現れ、修練を詰んだ熟練者はその流れが均一になる。だが、魔力に目覚めながらも扱う術を知らない人間は、そもそも自身の魔力を扱えず揺蕩たゆたう魔力の流れが乱れない。


 その見分けは難しいが、魔力を極めた熟練者が初対面の魔法術師に対しこれほど分かりやすく敵意をむき出すことは基本的にない。静かに魔力探知を行い相手の力量を推し量り、対策を講じるものだった。


 ルーシャと少年の間に緊張感だけが高まり合い、無言で互いを見つめ合う。無人島に漂う妙な熱気でじっとりと汗がしたたり、息を吸う度に体の中に熱が篭もる。森の中特有の湿気により汗が気化せず、べったりとした体が気持ち悪い。


 無言の緊張感を破ったのは、どちらからの行動や声ではなく・・・。


 ぐーー


 という、目の前の少年の腹の虫の音だった。驚くほど大きく鮮明に聞こえた音に、ルーシャは一瞬何かの魔法術の音かと思ってしまうほどだった。

 だが、少年はバツが悪そうにルーシャから視線を外したことで彼が余程の空腹を抱え続けてきたのだと察する。


「私はルーシャ。あなたは?」


 目を背けた赤が印象的な少年にルーシャは話しかける。十代前半と思われる少年は、ルーシャより背が低く華奢な体つきだった。赤髪と赤い瞳が目を引き、その魔力は熱気のように激しい。今はまだ魔力を扱ってはいないが、いずれその熱気は激しい業火を彷彿とさせるものに変化しそうなほどだった。


(マスターみたいな魔力って珍しいんだけど)


 ルーシャの師匠のナーダルは〈青ノ第二者〉であり、その身に蒼竜の魔力を受け継いでいた。だからこそ、その魔力は清らかな水のようであった。世界中を渡り歩いていると、何らかの要因などで人でありながらその魔力に自然の魔力が付随したり、宿っていたりする者がいる。とても稀な存在で、時には本人さえもそれに気づかないこともある。目の前のこの少年から感じとれる魔力はまさに、その魔力だった。人でありながら、大いなる自然の魔力が宿っている。


「セト」


 少年は呟くようにその名を口にする。


「お腹空いてるんでしょ?一緒にご飯でもどう?」


 警戒心マックスのこの少年から何らかの話を聞きたい。無人島なはずなのにどうして少年・セトがいるのか、親や家族は一緒なのか、はぐれたのか。

 セトの来ている衣服はボロボロで、身体中に傷があり汚れが目立つ。これほどボロボロな出で立ちで、年齢の割に華奢な体つきを見るとここに至るまで良い状況でなかったことは目に見える。


 何にせよ、少しでも心を開いてもらわないと話にならない。


「他人の飯なんて食えるかよ」


 だが、セトはルーシャの差し伸べる手を躊躇うことなく振り払う。


「そりゃそうよね。でも、ココ最近まともに食べれていないんでしょ?」


 警戒心むき出しの少年があっさりと自分の提案に乗ってくるとは思えない。それに、過酷な状況にあったならば・・・保護してくれる大人がいない状況だったならばなおさら赤の他人の大人など信用出来なくて当たり前だった。


「ついてきて」


 ルーシャは手招きして来た道を引き返す。だが、セトは着いてくる気配がない。


「私のこと信用できないのは分かる。なら、自分で自分の食料をとったらいいんじゃない?ここは自然豊かだから食材はたくさんあるし。教えるから、ほら」


 人のことも信用出来なければ、その人が用意したものも口にできない。ならば、自分のその手で食料を得るしかない。幸いにもルーシャはサバイバル能力があり、食べられるものの判断はできるし、捕まえて捌くことも出来る。

 セトは少し躊躇したものの、空腹に耐えかねルーシャの数歩後ろを着いてくることにしたようだった。


 森の中を無言で歩く足音がふたつ響き渡る。ルーシャは道中で食べられる野草やキノコを見つけてセトに教えるが、最初は怪訝そうな顔をされる。そのため、その都度ルーシャは自らそれらをとって実食してみせる。

 最初こそは疑いの眼差しだったセトだが、時間が経ってもルーシャの体調が崩れないことで食べられると実感したのか、徐々に素直に野草やキノコをとる。


 そして、道中に何匹か野生のミミズを捕まえる。さすがのセトも驚き顔を青ざめる。


「さすがに田舎者の私でもミミズは食べないわよ」


 そんなセトの顔を見ながらルーシャは笑う。


 そうして二人はいくつかの森の幸を手にし、そのままルーシャがキャンプ地としている海岸までやってくる。ルーシャは森の中で自分とセト用にそれぞれ、長めの木の枝を拾っていた。

 海岸に着くと、ルーシャはキャンプ地から離れたところにある海辺の岩場へとやってくる。


「お昼ご飯のメインは海魚にしよっか」


 慣れた手つきでルーシャは背負っていたカバンから釣り糸を取り出し、器用に木の枝に括りつけ、最後に簡単には取れないよう魔法で固定する。さらに釣り針と重り用の石を素早くそれらにくくりつける。釣り針の先には数センチに切ったミミズを餌としてつける。磯釣りをするならば、あまりミミズは餌として適していないがあまり深くは考えすんに行動することにする。


 ルーシャ一人なら折りたたみ式の釣竿があるので、手持ちの釣竿でも良かった。だが、セトに釣りのことを教えるとなるとルーシャも同じ立場に経つ必要があった。


(まあ、ほんとなら釣り糸とか釣り針じゃなくて自然界のもの使った方が良かったんだけどねー)


 何か理由があるのかは分からないがら、セトは恐らく1人で生きのびてきていた。ならば、あまりお金や物に頼ることなく自然の術で生き残る方法を、食料を得る方法を教えた方がいい。しかし、それには少し手間隙もかかるため、少しズルをするルーシャ。


 二人で磯釣りを行い、何匹かそれなりに食べられるサイズの魚を釣り上げる。セトは最初こそ不慣れな様子はあるが、ルーシャが手本を見せればそれなりに器用に物事を吸収していく。相も変わらずルーシャと目を合わせることも、話しかけることもないがそれでもその距離が少しづつ近づいているのは確かだった。


 ルーシャはそのままセトを連れてキャンプ地に戻る。そのままここ2日ほどで集めたマキで火を炊き、釣った魚を捌いて昼食を準備していく。野草はルーシャの手持ちの野営用鍋に、この無人島にある川から汲んできた水で湯を沸かし軽く茹でる。そのまま手持ちの塩で味付けをし茹で野草を作る。


 魚は内臓を抜いて鱗を取り、串刺しにして焼く。基本的な工程はルーシャが行うが、セトも何とかルーシャに習いながら魚を捌くが教えて貰ってすぐ器用に出来るものでもなかった。


 食事ができてすぐ、セトは空腹を我慢できなかったのか勢いよく食事にありつく。自分の手で取り、その目で調理の過程を見てきたからか疑うことなく空腹を満たしていく。ルーシャはそんなセトの姿を見て安堵しながらも、セトがどうしてこの無人島で一人でいるのか、どうやって生き延びてきたのか、そして強い警戒心の背景に何があるのか・・・そんなことを考えれば何とも言えない気持ちになる。


 食事をとりながらも、ルーシャとセトの間に会話は一切ない。その警戒心が幾分か和らいだような気はするが、それでもセトはルーシャの心を開く気配がない。なにかこの島について情報が知りたいし、見ず知らずとはいえ小さな子どもが一人で野宿していることも気になる。


(かと言ってなぁ・・・)


 むやみやたらに人の人生に踏み込むものでもないし、踏み込まれたくないと思われることも多い。ルーシャ自身も生い立ちが生い立ち故、同情をもって近づいてくる人間もいたことがあった。


 自分のことを何も知らないくせに──そんな感情を抱いたこともあるし、だからこそ人に踏み込むことを躊躇う。セトの置かれている状況などルーシャには到底想像も出来ないが、かと言って放っておくこともルーシャの良心が痛む。


「なぁ、あんたさ」


 初めて話しかけられ、ルーシャは驚きとともに身構えてしまう。


「ちょっと前にここに来た連中の仲間か?」


 警戒心をむき出しに睨むように見つめられる。赤い瞳が強くルーシャを捉え、燃えるような何かがその奥に潜んでいる。

 なんの事かとルーシャは少し考えるが、ふと自分の胸元に光るペンダントに目がいく。


「もしかして、前に来た人たちもコレ付けてた?」


 協会章を手に取りルーシャは目の前の少年にたずねる。セトは静かに首を縦に振り、ルーシャの手にする協会章をじっと見据える。

 前に派遣された調査員からセトの存在は報告されていない。おそらく遠くから調査員たちを観察していたのだろう。


「私たちは魔力協会の人間よ。この無人島で起きている異変の調査に来たの」


「・・・魔力協会?」


 セトは訝しげに首を捻りルーシャを見つめる。


(世界広しというけど、協会の名前も聞いたことないなんて・・・)


 セトの反応にルーシャは驚く。魔力が普及して随分と時代はたち、今や魔力協会など子どもでも存在は知っていて当たり前だった。


「魔力に目覚め扱えるひとは魔力協会に入会しないといけない、どんな理由があってもね。協会は魔法術師を育成し、魔法術で社会貢献をし、そして魔力の暴走を防止するためにある」


「じゃあ、あんたも魔力があって使えるってことか?」


「人並みにはね」


 今までずっと警戒心しか向けてこなかったセトの赤い瞳の中に、徐々に好奇心の炎がうずまき始める。ルーシャはこんなにもこちらに興味を抱いてくれるとは思わず、セトの質問にどんどん答えていきその心を開く鍵を探る。


 セトの問いかけは矢継ぎ早で、魔力協会にはどれくらいの人間がいるのか、魔法術師とは何なのか、魔力や魔力の暴走とは何なのか・・・そんなことを聞いてくる。


(懐かしいな)


 初めてナーダルに魔力協会のことを聞いた時、ルーシャも同じような質問をした。もちろんルーシャは魔力協会の存在を知っていたし、セトよりも知っていることは多かった。それでも目の前に本物の魔法術師がいたため、思わず好奇心がうずいてしまっていた。









──────────



無人島で何もないなーって思っていたら、ビックリするくらい赤が印象的な子どもに出会った。

赤い髪と赤い瞳のその子・セトは珍しく、たぎる炎のような魔力を持っていた。


めちゃくちゃ警戒心をむき出しだったけど・・・。


こんな無人島で一人でどうしてって思うけど、複雑な事情があるのかもしれないし。



それよりも、セトが食い気味に魔力協会に興味を持つとは。


流動性もあって、魔力に目覚めてるからだろうけど。


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