p.86 無人島

 

 規則的な波の音が耳に心地よい。真白な砂浜には誰もおらず、ルーシャはバカンスに来たかのような気分に浸たる。周囲には建物もなにもなく、世界でただ一人取り残されているようにもなる。


 リルトと再会した翌日、ルーシャはフィルナルのお使いのため問題の無人島へとやって来ていた。島へは漁港の船に頼み込み乗せてもらい、帰りは1週間後に同じ場所に迎えに来てもらうよう手配していた。

 こんな何もない無人島に若い女一人で何用だと訝しげられたが、魔力協会の人間だと言えば大抵のことは黙認してくれる。それだけ魔力協会が果たしてきた社会貢献が大きい。


 島についてすぐ、ルーシャは漁船が迎えに来てくれる予定の場所に目印をたてる。多少の雨風では飛んでいかないよう魔法で固定し無事に帰られることができるよう準備だけ整えておく。漁船に乗れなかった時は魔法術でなんとか出来るだろうが、ここで何があるか分からないため出来れば魔力は温存しておきたい。


 そのまま、ルーシャはとりあえず白い海岸にベースキャンプを構える。手早くテントを設置し、最低限の身を守るための魔法術をその場に施す。この先1週間、ここで過ごすことになり何が起きるのか分からない。元々自然豊かなこの無人島には多数の生物が生存しており、その中には人間を襲う可能性がある種もいる。


 さらに他に人がいないこのような場所では何よりも自分の体調管理が重要となってくる。怪我や病気を引き起こせばそれだけでも命の危機となるし、それが元で動きが悪くなれば野生動物に襲われて下手をすれば命を落としかねない。



「さてと」



 とりあえずの居場所を確保したルーシャは海岸の奥──そこに広がる森を見据える。無人島は海岸沿いに緑が広がり、その奥へ──島の中心へと向かい森が広がっている。

 この島はそれなりに広く、ルーシャが回りきるには1週間では足りない。


 だが、ルーシャにはひとつだけ誰にも負けない才能がある。息をするかのように魔力探知を行うことができ、その性能は極めて高い。意識を集中すれば相手の魔力の強さや性質、細かな感情の変化さえも読み取ることが出来る。


 今回、無人島の不可解現象を解決するにあたりルーシャはまずその原因となる魔力を探ることをする。現象が魔力によるものかどうか断定はできないが、先に原因究明にやってきた専門家たちの体調不良がこの島でしか起きておらず、島から帰ってきてからはすっかり治っていることが引っかかる。



(・・・何かの魔力を感じるけど)



 この無人島に来てすぐ、何かの魔力を感じ取ることが出来た。それが人なのか、それとも動植物のものなのかは分からない。普段ならルーシャの魔力探知能力をもってすれば何の魔力かを特定することは可能だが、今回に限ってはそれが上手くできない。


(異変の起きている地だからか、それとも向こうが何かしら魔力を隠すようなことをしているのか)


 存在は分かるが、それ以上何も分からない──そんな妙な魔力に違和感を感じずにはいられない。

 ここは元々、無人島であり多種多様な動植物が身を寄せあって暮らしている。野生の生態系が構築されており、その中には大きな魔力を有する何かもいるはず。


 フィルナルが今回の調査を言い渡してきた時、ルーシャは面倒くささや手に負えるのかという不安とともに、〈第三者〉だからこそ託されたのではないかとも思えた。確たる根拠は一切ない、自惚れと捉えられてもおかしくない。それでも、何かがあるのではないかと思えてならない。


 世界各国の各場所で何か異変が起きることがある。それが自然の摂理の末のものなのか、人為的な何かがあるのか・・・なんにせよ何かが世の中常に起きている。そのなかのひとつに過ぎないであろう今回の現象だが、それでも何かの因果を感じずにはいられない。

 導倫性──あるべき物事に導かれる、それを信じてしまう魔法術師の性なのかもしれない。



 ルーシャは魔力の元を探すため、島の奥地へ広がる森へと迷うことなく足を踏み入れる。あまり多くのことを知っている訳ではなく、この無人島の生態系もほぼ知らない。一応、港町で地元民に軽く情報は聞いたが特にめぼしい情報はなかった。特に何か特段に恐れられている獣や事象があるわけでもなく、珍しい動植物がいるわけでもないと言いきられている。


 ここ最近特に何かおかしなことに気づいた人間もおらず、ただただ不思議と無人島の動物たちが次々と周囲の島や港町に泳いでやってきていた。


(動物は直感的なとこが優れているっていうから、大きな地震でもおきるのかな・・・。このあたりって地震とかあるのかな)


 考えながらもルーシャは周囲に気を配りながら森の中を進む。

 青々とした植物が所狭しと生育し侵入者の行く手を阻むかのようだった。魔法術で自分の体を保護しており、道の植物や虫による何らかの悪影響は今のところ起きていない。生物学に精通していない人間がうっかり植物や虫の毒に侵されることや、そのせいで下手をすれば命を落とすことは珍しいことではない。


 そういうものの中には毒々しい色合いのものもあるが、わりと何の変哲もない見かけのものもある。野生の動植物が密集するような土地では、それらに触れないようにすることすら困難となる。荷物を最低限しか持ってきていないルーシャは、Tシャツに7分パンツといったラフな格好で密林の中を進む。物理的な防護服は破れてしまう可能性があり、多少の魔力消費を覚悟で魔法術に頼っていた。


 いつまでも同じような景色が続き、背の高い木々により空が遮られる。虫の鳴き声が響き渡り、風に揺れて擦り合う木の葉や草の奏でる静かな音が耳に心地よい。森の中にある特有の湿気を含んだ空気を吸えば、植物と土が混ざりあった匂いが鼻の奥にまで届けられる。見たことのない植物に驚きながらも、肌で感じる自然界に蔓延る緊張感に自然の過酷さを直感的に感じ取れてしまう。


 森の中を歩きながら魔力探知を行うが、やはり魔力の特定が出来ないでいた。何らかの魔力はあるのに、それが何か分からないのはルーシャにとって不可解で、言いようのない気持ち悪さがある。魔力探知に秀でているからこそわかる、感じ取れるこの魔力が自然特有の多様な魔力が混ざったものではないこと、何かひとつの魔力であること。


「んー、なんなんだろ。分からないけど、でも他に気になる魔力とかないからなぁ」


 森の中で立ち止まり、独り言を呟き空を見上げる。高い木々の葉に覆い隠され空の青はまだら模様にしか見えない。

 しばらく歩き回ったルーシャは観念してペースキャンプに戻る。一度にあまり奥まで行ってしまうよりは、他の可能性をきちんと考えることにした。






 そうして、ルーシャは2日ほど無人島を探索した。夜は無闇やたらに出かけるのは得策といかないため、キャンプ地で情報収集を行う。空間魔法を応用することで、遠隔操作で魔力協会聖本部にある大図書館から離れたところにいても書物を貸し出してもらえることがある。ルーシャはこの無人島に関する地図や生態系などの書物を何冊か借りて読み、情報と得て何らかの可能性を模索していた。


 だが、なにか大きな収穫はない。特にこの島に語り継がれるような大きな出来事があったわけでも、ここら一体を縄張りとしているような強大な生き物がいるということもない。


「随分昔はちょっとした火山活動もあったみたいだけど、とっくの昔に死んだみたいだし・・・」


 地理の本を見ながらもルーシャはため息をつく。手がかりらしきものは一切ない。専門的なことが分かれば何らかのことが閃くのだろうが、ルーシャは魔法術の知識とごく一般的な常識くらいしか知らない。




 調査開始から3日がたち、1週間の調査期間も折り返しに差しかかる。なんの手がかりも得られず頭を悩ましながら、ルーシャは島の奥へと足を踏み入れる。島の中心地へと向かいながら、森の中にいるのに熱気を感じる。それなりに温暖な気候ではあるが、それでも直射日光がそれほど当たらない森の中で感じる暑さにしては少し妙な気もする。



「っ!」



 暑さにじっとりと汗をかいていたルーシャは、ハッと何かの存在に気づき身構える。


(魔力!・・・これって)


 ずっと感じてきた何かの魔力を今はっきりと感じ取ることが出来る。殺意ほどではないが強い警戒心が注がれ、ルーシャはそちらを振り向く。



「・・・!」



 深い緑の森の奥から姿を現したのは、深めの赤髪に鮮やかな赤い瞳の少年だった。










──────────


無人島に来て調査を始めたけど、これっていう何かが見つかるわけでもなく・・・。

幸いにして今のとこ体調を崩したりはしてない。

貧乏育ちだからかなー、体が丈夫なの。


さすがに何の成果もなしに報告できないし・・・


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