p.61 王太子

 ユングの街は広く拓けている。鉄道などの交通網も発達しているし、住宅街や商店だけではなく観光名所もある、世界でもそれなりに有名な街だった。


 そのユングの街を北西にずっと進むと、針葉樹の森が広がる。交通網の特急電車などを使って半日ほどでたどり着くそこにナーダルはいた。とある目的のため、日も昇っていない朝早くにホテルを出て何度か魔法術で高速移動を繰り返してたどり着いたそこには、ひとりの人間がいた。




「やはり、あなたの魔力でしたね。王太子」




 困ったように微笑み、ナーダルは目の前の人物を見つめた。ナーダルの見つめる先には一人の男が立っている。濃い茶髪に淡い緑の瞳の彼は長らくどこかをさまよってきたのか、衣服は擦り切れぼろぼろになっている。




「みんな、あなたを探してます」




 届いているのかいないのか分からない声をナーダルはアストルにかける。彼はセルドルフ王国時期国王にして、唯一の王位継承者であり、数ヶ月前に謎の失踪をとげていた。国はもとより魔力協会も全力で彼を探していた。それが起きたのがナーダルたちがケルオン城に足を踏み入れた頃であり、事態が落ち着いた頃にフィルナルからナーダルはこっそり情報を提供されていた。




 本来ならルーシャにも伝えるべきだが、ナーダルはひとつの懸念を抱いており、確認できるまではルーシャに伏せていた。


 魔力探知に長け、かつ封印系統の魔法術は秘術レベルまで使いこなせるナーダルは多くの人間が見つけられなかったアストルの魔力を嗅ぎ分けられた。一度関わっており、その魔力の性質はよく見てきたし、その他の魔力への過敏性も危惧していた。




 ルーシャからは宛のないように見えたナーダルの旅には目的があった。よりアストルの魔力の感じられるところを探っていた。アストルが1度訪れたところならば、その魔力の残り香が僅かながらありそれを辿っていた。




「やっぱり、あの時に応急処置しとくべきでしたね」




 一切言葉も反応も示さないアストルにナーダルは語りかける。


 ルーシャとともに城を発つ前、ナーダルはセルドルフ王国の国王・ウィルトにアストルのことを忠告した。魔力の過敏性ゆえに今後、その魔力に乗っ取られてしまう可能性があると。だが、その段階ではまだ魔力に反応を示して頭痛を起こす程度であり初期の初期段階であると踏んで、ナーダル自らがその魔力を封じることもしなかった。魔力を封じることは封印系統の魔法術に通じているナーダルには造作もない事だった。しかし、生物の魔力を封じるというのは下手をすれば命にも直結することであり、基本的に魔力協会では医師免許を有しているものだけに許されている。




 急ぎではないと考えたナーダルは忠告のみをして、セルドルフ王国を去っていた。




「っ!」




 なんの予備動作も見せず、アストルは魔力を用いてナーダルを攻撃する。それを捌いたナーダルだが、その一瞬でアストルは距離をつめ抜いた刀身でナーダルに切りかかる。




(完全に暴走してる)




 ナーダルはそれを避け、アストルの魔力を観察する。神語もなにもなく、ただ無理やりに魔法術を使っている。魔力で強引に魔法術を使うことは出来なくもないが、消費する魔力も多く失敗のリスクが高すぎる。それをしているということは、本人に自我がなく魔力が暴走して訳も分からず周囲を破壊しているに過ぎない。




(手当り次第ってわけではなさそう。なら、自分に介入してきた人間にってことか。・・・あなたの境遇らしいね)




 もし、アストルが手当り次第になんでもかんで攻撃して人に危害を加えていたなら魔力協会に早急に情報が入って、その身柄は確保されていただろう。ここまでセルドルフ王国も魔力協会もその存在を見つけられなかったのは、何も起こさず静かに過ごしてきたのだろう。


 そして、自分に積極的に干渉してきたナーダルを好ましくない──あるいは敵だと認識し排除の行動に移ったのだろう。




 ゆらりと動き、一瞬で距離を詰めるアストルの身のこなしは通常ではありえない。魔法術で運動機能を底上げしていると推測でき、ナーダルはアストルの攻撃や動きを捌きながら観察する。魔力の使い方はその個性が垣間見得る。そこになにか特徴があれば、アストル自身へと声を届けられるのではないかと踏んでいた。




「そんなんでルーシャに顔向けできます?」




 止まる気配のないアストルの斬撃と魔法術の攻撃を捌き、ナーダルは言葉をかける。だが、アストルがその言葉に反応して動きを変えることもなければ、魔力の流れに変化が生じることもない。妹のルーシャの名前を出してもそれに変化は一切なく、取り付く島がないことを痛感する。




 冷えた空気に凍えていた体も激しい攻防に温まり、ナーダルはどうすべきか思案する。アストルをなんとか正常な状態に戻して連れ帰りたいが、隙が一切ない。無理に魔力を固定するとこれだけ魔力に乗っ取られていた場合、生命の危機に直結する。強引に魔力を使っているため下手に刺激をしてさらに魔力攻撃の激化を引き起こせば、内部からの魔力の暴走を起こしかねない。内部からの魔力の暴走の致命率はほぼ百パーセントであり、奇跡的に一命を取りとめたとしても後遺症や人格の破綻などを残す可能性しかない。




 魔力を使い続けてエネルギー源の枯渇を狙うことも出来なくないが、長期戦に持ち込むことは避けたい。なにより、アストルのその体が大した防寒もせずこの寒さを耐えられるのか、そもそも恐らくそれほどきちんと食事も休息もとっていない体に激しい魔力と体力の消費が耐えられるとは考えられない。


 だが、声も届かなければ隙もないのならばどうしようもない。




(・・・青ノ魔力ならあるいは)




 次々と飛んでくる魔法術のような魔力の攻撃を避け、アストルの繰り出す斬撃をかわしナーダルは自分の魔力を感じ取る。この体に宿るのは間違いなく自分自身の魔力であり、そして〈第二者〉として覇者の恩恵を受けし特別な魔力だった。それぞれの〈第二者〉にはそれぞれ誓約を結んだ相手により魔力の特性が違えど、その大いなる力を授かってきた。




 ナーダルは巧みにアストルの攻撃をよけながら、その手に自分の魔力を集約させひとつの剣を手にする。鞘は光沢のある黒で、その鞘には金で幾何学的な紋様が美しく装飾され、さらに二つの濃淡の青の宝珠がぶら下げられている。剣の柄には藍色の革が鞣され、その刀身を抜けば淡く白く光り輝いている。ナーダルはその青ノ剣でアストルの一撃を受け真っ向からその存在を見据える。




 混沌とした感情と魔力に飲み込まれ、アストルは自我を失っている。何かに自分が飲み込まれていることすら分からないほど、深いところにいるアストルに手を差し伸べても気づくことすらもない。




(これが僕の宿命ってことなのかな、ソート)




 身体中に駆け巡る魔力に問いかけ、ナーダルはどこかで何かが腑に落ちる。ずっとどこかで感じていた疑問、本当に自分が〈青ノ第二者〉で良いのかと。ずっと思っていた、本当にこの役目を全うして未来を紡ぐのは兄のレティルトのはずだと。ずっと後悔していた、両親と友を見捨てて逃げて生き延びてきたことを。




 〈青ノ第二者〉が特別であるのは、最後の〈第二者〉であり時代を動かし次世代へと繋ぐ役割があるから。それはナーダルのようなのほほんと毎日を生きて、好き勝手に暮らしてきた人間が担うものでは無い気がしていた。レティルトのように責務から逃れず、守るべきものを守る者こそが相応しいと思っていた。ナーダルもそう思っていたし、ルレクト家の秘密を知る者もそう思っていたし、レティルト自身も〈第二者〉となる覚悟はしていたと思われる。




 とある情報筋から確実な情報として、四人いる〈第二者〉のうち三番目の〈赤ノ第二者〉が現れ、戦神と誓約を結んだという情報は数年前に得ていた。その時にナーダルとレティルトは父より、何かがあったらまず先に静神と誓約を結び〈青ノ第二者〉としての役目を受け継ぐようにと口酸っぱく言われていた。兄がその役目を引き継ぐのだろうが、まあ何か非常事態があれば先に静神の元にたどり着いた方が誓約を結べば良いのだろうと思っていた。




 そんななか、リーシェルの反乱があった。兄が生きているという確たる証拠もなく、混乱となったあの場でナーダルは冷静に兄を探すという選択をすることもできなかった。とにかくあの時頭にあったのは父から言われた、何かあったら〈青ノ第二者〉としての役目を受け継げということだった。そして、たまたま先に静神の元にたどり着いたナーダルが〈青ノ第二者〉となったに過ぎない。






 今のこの現状を解決できるのは手練のシバレベルの魔導士か、それとも特殊な性質を持つこの魔力かに限られている。


 ナーダルのもつ青ノ魔力は清流のような透明度を誇り、そして何よりも清浄であった。あらゆる汚れや混沌を祓う特性があり、それは封印系統を極めているナーダル──ルレクト家との相性は抜群に良かった。むしろ、ルレクト家は最後の〈第二者〉としてその青ノ魔力を受け継ぐ時代を見越して、封印系統の魔法術を極めていた。




 今この目の前で混沌に呑まれているアストルを救うため、ナーダルはその手を見つめる。


 この魔力を得てから感じていた不安も、あと髪を引かれるような思いもすべてがこの瞬間に払拭される。


 今この目の前の王子を助けるため、この時のためにこの力を得たのでは無いのかと。


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