p.37 片鱗

 ナーダルとレティルトは躊躇うことなく互いに剣先を向け、その魔力を解放する。激しくぶつかる魔力と剣が場に圧倒的な威圧感を生み出し、もはや収集がつかなくなりそうだった。レティルトはレティルトて自分の信念のために、ナーダルはナーダルで兄のためにと思い行動している。強い魔力がぶつかり合うことで衝撃波を生み氷の城を傷つけるが、そんなもので崩れる居城をレティルトは創っていない。自分と、それぞれの国の命運を握る王女の安全を確保するために彼が施した魔法術は細部に渡るまで手抜かりがない。




 時折、自分たちに向かってくる魔力の衝撃波をルーシャやオールドたちは適当に捌く。難なくなり過ごしながらも、この場をどうにか止めようと思案するがナーダルとレティルトの気迫はそんな外野の入る隙間を与えない。




(あれ・・・?)




 だが、激しくぶつかり合う二人の王子と、その強大な魔力により拮抗を保っていた氷の城のところどころに亀裂が入る。小さな亀裂だったが、徐々にその数と規模は増えていき氷の城を支える構造が崩壊し始める。




(創りは強固なのに・・・。それに何だろう、この魔力)




 剣を交えながらも、氷の城を構成する複雑で広大な神語構造を垣間見て解析しながらナーダルは首を捻る。兄のことだ、王女たちに傷一つつけないよう細心の注意を払って、最大限の居城を創り上げているはずだ。レティルトとナーダルの魔力が激しくぶつかり合ったくらいで崩落するのはおかしい気がした。さらに、明らかにレティルトのものではない魔力が神語構造に絡みつくように存在している。神語にまとわりつくそれらはどこか異様で、良いものではないことは明確だ。




 だが、小さなヒビが確実に広がりその手を繋いでいく最中に、他の魔力の分析などという細かいことはしていられない。いくら小さいとはいえ、それらが複雑に連結すれば城を保つことは難しくなる。亀裂同士が繋がり城中を支配していく。






「崩れるぞっ!」




「オールド、王太子つれて退避して!」






 渦中の王子二人は同時にそう口にするものの、互いに剣を交えてその場を動く気配がない。白熱したその場を仲裁できるものなど誰もおらず、遠巻きに見守っていたオールドたち王女とルーシャたちは二人の言葉に避難を開始する。二人にも逃げるよう言いたいが、明らかに氷の城は少しずつ崩壊を開始しており、ナーダルとレティルトのことを気にかける余裕はあまりない。




「アストルは?!」




 オールドはその手を取ろうとしたが、連れて逃げるように言われた本人がいなかった。先程までルーシャの隣に立っていたはずの兄は忽然と姿を消しており周囲を見回すもののいない。ナーダルとレティルトの攻防に見入っていたとはいえ、すぐ隣に立つ兄の足音ひとつに気づかなかったことにルーシャは驚きを隠せない。




「一緒に探すわよ。ローズたちは先に避難してて!」




 オールドはルーシャの手を引き、二人は氷の城のなかに足を踏み入れる。後ろで王女たちが「偉そうに指図しないでよ」と文句を言っているのが聞こえたが、ルーシャもオールドもそんなことに構っていられる余裕はない。オールドに連れられるがままルーシャは階段をひたすらにあがっていく。




「ルーシャがナーダルの弟子だったとはね」




 手を引かれたまま早足で歩きながらオールドは口を開く。兄の婚約者であるため、ルーシャとオールドは軽く面識がある。名前と顔が一致するくらいには。だが、一国の姫君と話す機会などルーシャにはなく、こうして手を引かれて言葉を交わしている状況が不思議だった。いつかは家族となる存在だが、ルーシャのなかでは雲の上の人というイメージしかない。




「魔力の遠隔操作は出来る?」




「この城内くらいでしたら大丈夫です」




「じゃあ、あたしはここより上の階を探すから、ルーシャはこの階から下を探して。お互いの居場所は魔力探知すれば分かるから、アストルを見つけたら適当な音魔法を相手の近くで発動させるってことで」




 簡潔に指示を出し、オールドはルーシャの返答を待つ前に上階へ足早に消えていく。一秒さえも惜しいとでも言いたげな行動に、タイムリミットの短さを感じずにはいられない。ルーシャも即座に階段から離れ、目に入る扉ひとつひとつを開けていく。オールドのように城の構造を把握しているわけではないが、レティルトの創り出した神語構造をみることができれば氷の城のおおよその構造を知ることは出来る。隠し部屋などまで分析するとなるとルーシャにはできない事だが、いまはそんな細かいところにこだわっている時間はない。




 固く冷たい氷の廊下にはルーシャひとりの足音が響き渡り、孤独と焦りが助長される。扉を開けるたびに同じような作り、同じような部屋があり、そこには誰一人としていない。アストルには魔力の流動性はなく、魔力探知で引っ掛かりにくいが万に一つの可能性をかけ魔力探知を行うも、圧倒的なナーダルとレティルトの魔力の前にアストルの気配を微塵も感じられない。流動性がなくとも生物には魔力があり、魔力のない生き物はいない。不動の魔力は安定しているからこそ扱えず、安定しているからこそ他者の魔力に左右されない。




 焦る思いと比例し、ルーシャの足取りはどんどん早くなっていく。扉を開けて部屋に入っては兄の姿を探し、崩れゆく氷の城の揺れが大きくなるたびに焦る思いに拍車がかかる。駄目元で何度も魔力探知をしてみるものの、ナーダルにレティルトの魔力、そして僅かにオールドの魔力しか感じられない。オールドからアストルを見つけたという知らせがなく、なぜ隣にいたはずの兄を見失ってしまったのかと自分を責めずにはいられない。生身の、それも魔力を扱えないアストルが氷の城の崩壊に巻き込まれれば、それこそ命はないだろう。






「兄さん」




 オールドと別れてからいくつの扉を開けただろうか、何階下に降りただろうか分からないなか、ルーシャはひとつの部屋にたどり着く。扉を開けた瞬間にアストルを見つけ、ほっと一息ついたルーシャはその背にいつも通り呼びかける。こんな時にふらふら出歩いて──と文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかけ、思わずその口が閉じられる。




「・・・」




 一歩部屋に足を踏み入れ、ルーシャの背筋が凍る。知らない魔力が部屋に充満し、張り詰めた空気が肌に突き刺さる。目の前にいるのは兄なのに、そこに佇むのはルーシャの知らない人物のように思えるほど、彼はいつもと違った。




 躊躇いなくこちらを振り向くその瞳は痛いほどに冷えきり、ルーシャの心臓が嫌な鼓動を刻む。石化したかのように体が硬直し、呼吸さえもままならない。レティルトやリーシェルとは違う圧倒的な存在感がルーシャを押しつぶそうと襲いかかる。




「終わりだな」




 兄の声に間違いはないのに、そこには一切の感情もなく淡々としたものだった。無機質に響き渡る声、冷えきった瞳、充満した魔力にルーシャのすべてが掌握される。動くことも、声を発することも出来ないルーシャのもと、アストルは一歩こちらに歩み寄る。




(ヤバい)




 本能的に感じるのは、人生最大の危険警鐘だった。目の前の男は紛れもなくアストルであり、ルーシャの大切な兄だ。だが、その中身は明らかに兄ではない。ゆっくりと歩み寄るアストルにルーシャは殺されると直感が働く。それ以外の選択肢もなければ、可能性もない──圧倒的強者を目の前にするとは、そういうことだった。






「アストルっ!」






 背後からオールドの大声が響き渡り、その瞬間に部屋の空気が一瞬で色を変える。張りつめていた糸がぷっつりと切られ、ルーシャの呼吸が軽くなる。それと同時に体温も蘇り、手足の感覚が戻る。




「オールド姫、ルーシャ」




 いつもの穏やかで優しいアストルが、いつもの表情でいつもの声を発する。




(・・・今のなに?気のせいじゃないよね)




 オールドがアストルに早口で文句を言っているが、ルーシャにはそんなやりとりが遠くに感じられる。兄の様子からして、ルーシャの知っている普段のアストルだ。だが、先程まで感じていた悪寒や鳥肌、言いようのない恐怖は幻ではない。その感覚は確実にルーシャの中に残っているし、それだけが先程までのことが夢ではないと実証してくれる。




「逃げるわよ」




 オールドが即座に創った移動魔法にのり、ルーシャたちは崩れゆく氷の城から脱出するのだった。










 氷の城からかなり離れた場所に避難したルーシャたちは、荘厳な氷の城の行く末を静かに見守る。雪原に立つその姿は圧巻で、それだけで絵画の世界に迷い込んでしまったかのように思える。だが、その美しい氷の城はいま、轟音とともに崩れてゆく。




 あらゆる場所に入ったヒビから氷が割れていき、その巨大な城は氷の粒を撒き散らし、白煙をあげて盛大に崩れ落ちる。もはや、誰にもその崩壊を止めることなどできず、ただ崩れていく様を見守ることしか出来ない。




(なに?)




 そんななか、氷の城から圧倒的な魔力を感じる。とめどなく流れゆく圧倒的な大河のような強さと、汚れの一切ない研ぎ澄まされた清流の水のように清らかさと、砂漠を潤すオアシスのような瑞々しさが詰まった魔力が圧倒的な強さと量と濃度で集約されている。あまりに膨大な魔力で、思わず爆発か暴走でもしてしまうのではないかと思えてしまう。感じ取れる魔力は紛れもなく、初めて会った時から知っているナーダルの魔力だが、いまは他人のように思えてしまうほどの威力を発揮している。




 息をすることすら躊躇われてしまうほど、この場を支配する魔力に鳥肌を立てながらルーシャたちは静かに事の行く末を見守る。氷の城が崩壊中であり視界は悪く、轟音が響くため音も聞くことが出来ない。ただ、ルーシャと王女たちに出来ることは魔力探知で二人の生存を確認することだけだが、それさえも圧倒的なナーダルの魔力に阻まれる。








「頼むよ、兄さん」






 崩壊による霧が徐々に晴れ、崩れきった氷の城の隙間に二人の影を確認できた。レティルトの手足は淡く青く光る氷で束縛され、一切の自由を奪われていた。ナーダルのもつ青ノ剣がレティルトを束縛する氷に同調しているかのように淡く光り、そこから魔力が溢れんばかりに感じ取れる。




 その氷はナーダルが望めば容易くレティルトの全身を覆うこともできるし、凍傷を追わせることも、命を奪うことすらできる。だが、いまレティルトの手足を拘束する氷はその冷気で彼を傷つけることはない。ナーダルによる保護魔法が施されており、レティルトは弟の詰めの甘さを感じる。いくら身内──兄を傷つけたくないとはいえ、あまりにも優しすぎる。




「これしきでオレが諦めると思うか?」




 自由を奪われてもなお、レティルトの眼光は鋭く、醸す空気も圧倒的なままだ。魔力ではナーダルのほうがこの場を支配しているが、空気はまだレティルトが支配したままだ。半端な覚悟では太刀打ち出来ないこと、どれだけ言葉を並べても諦めさせることは困難であることなど最初からわかっていた。




「兄さんの力が必要なんだよ、誓約に。僕はまだ仮誓約中だし」




 ナーダルは知る人ぞ知る〈青ノ第二者〉だが、本当はまだその名を名乗るには相応しくない。静神と誓約を交わした者だけが、〈青ノ第二者〉となりその名を名乗り、役割を果たさなければならない。




「誓約を結ぶには戻らなければならない」




 静神がいるのはケルオン城──今現在はリーシェルの居城となっている場所だった。そこへ行くということは、自ら殺されに行くようなもので出来れば避けたい。だが、与えられた役割がある以上は避けられない命運というものがある。懐かしの我が家のはずが、今やもう戻りたくても戻りたくない場所へと変化している。






 第二者となる人間に基本的に決まりはなく、それぞれ選ぶべきものが相応しいと思ったものを選ぶ。礼神は〈黄ノ第二者〉を、叡神は〈緑ノ第二者〉を、戦神は〈赤ノ第二者〉をそれぞれの感性と決意で選んできた。だが、静神が選ぶ〈青ノ第二者〉だけは決まりがあった、それが最後の第二者であること、そしてルレクト家の血筋の人間であること。さらに細かく言ってしまえば、ルレクト家のなかでも本筋の人間、つまりは現役の国王かその子どもでなくてはならなかった。




 リーシェルの反乱の日、ナーダルとレティルトは生きることに精一杯だったが、もうひとつ何がなんでも守らなければならなかったのが先祖から受け継いできた役割と秘密だった。ルレクト家のものであること、その血を受け継いできたからこそやらなければならないことがあった。




 反乱の中、たまたま先に静神のいる部屋に先にたどり着いたナーダルが仮誓約を結び、〈青ノ第二者〉となった。きちんとした誓約をする時間も余裕もなく、とにかく〈第二者〉を途絶えさせるわけにはいかず、仮誓約という中途半端なことをした。




「お前が誓約さえ済ませれば、あとはオレの自由にするぞ」




「それは構わないよ」




 レティルトの言葉にナーダルはあっさり頷く。レティルトは昔から頭が良く、理に叶えばわりとなんでもやってきた人物だった。国のためとなれば自分を押し殺し論理的に物事を進めていくが、その性格はわりと頑固だった。一度決めた事は貫き、感情が先走ればもはや誰も彼を止められない。私的なこととなれば彼を繋ぎ止める王子という枷はなくなり、レティルト個人としてはかなり好き勝手に自己責任でものごとを進めてきた過去があった。




 正直いえば、レティルトを止めたい思いは強い。世界最強の女騎士にその剣先を向け、兄の命があるとは思えない。復讐など諦めてほしい、わざわざ死にに行くようなまねはして欲しくない──だが、レティルトはどんな言葉をかけても、力ずくで止めても止まらないだろう。止めたくても止めきれない歯がゆさを感じながら、ナーダルは複雑な思いで兄の言動を見守るしかない。




 レティルトほどではないが、ナーダルにもリーシェルへの復讐心はある。裏切られたこと、両親や友を殺されたこと、命を狙われること、国を混沌へといざなったことなど、思い返せば良いことはない。敵だらけのあのときを思い出す度にリーシェルの不吉な笑みが頭の中を駆け巡り、そのせいで眠れない日々もあった。だが、ナーダルにはたった一人とはいえ味方でいてくれた人がいた。彼──ハルの存在がどれだけ暖かく、そして心を救ってくれたかなど言葉では表しようがない。まだ信じられる人がいる、頼れる人がいる、守ってくれて守りたい人がいる、たった一人の存在がナーダルに希望を与えてくれ、その希望が復讐という負の感情を幾分か打ち消してくれている。




「今回だけは〈青ノ第二者〉に免じて退ひいてやる。だが、忘れるな」




 レティルトの言葉に安堵しながらも、その声と表情が仕方なしのものだというのは目に見えてはっきりしている。退しりぞいたのは力で負けたわけでも、なにかに納得したからではない。静神との誓約というレティルトにとっても守らなければならない目的があったからで、それの成就までは勝手な行動はしないということだけだ。




「誓約にオレを置いて行けば、お前でもただじゃ済ませねぇからな。セルト」




 レティルトにとってナーダルは実の弟で、彼が生まれた時からずっと側にいて、良いことも悪いこともともに経験してきた今は唯一の家族だ。反乱のあの日は自分が生き残るだけでなく、弟も生き延びられるかと不安に思ったし、今回の件を思いついた時にはどうしても弟の協力が欲しいとも思った。自分と違いストイックに生きることがあまり得意ではない弟が、どうやって生きているのか心配にもなった。それほどまで気にかけている存在であっても、自分の邪魔をするならば容赦をしない──それがレティルト・ダルータ・ルレクトの決意だった。この先に誰が立ちはだかろうが、どんな困難であろうとも、自分の力と責任ですべてをやってのけると。
















 レティルトの自由を奪っていた氷を解除し、ナーダルとレティルトの一悶着にとりあえずの終止符が打たれた。和解でもなければ、相手の力に敗けて屈服したわけでもないが、ナーダルもレティルトもどこかすっきりした様子だった。再開早々に正面衝突したが、この二年お互いにお互いのことを心配し続けてきた。改めて兄弟が生きて再開できたことに喜びを感じる。




 王女たちとルーシャたちはそんな二人に駆け寄り、レティルトとナーダル無事であったことに安堵する。そんななか、ナーダルはこっそりオールドを手招きし口を開く。




「オールド、ひとつお願いがあるんだけどなー」




 いつも通りの笑顔を浮かべるナーダルにオールドはニヤリと笑う。




「あたしにお願いだなんて、高くつくわよ?」
















「ローズ、リリア、アリア、ユーナ」




 集まって立つ四人の王女の名を呼び、レティルトはその顔を見つめる。一悶着終えた彼の顔は清々しく、傷だらけな姿でさえも気品を感じさせる。




「巻き込んで悪かったな。お前ら自身が、国が危うくなれば俺のことはヤツに売れよ」




 レティルトは真剣な眼差しでそう告げ、その言葉と表情は忠告というよりも命令のようだった。王位に近いと言われ、物心ついた頃からいつかは国を背負うという自覚を持ってきたレティルトだからこそ、王女たちに今回の件を何も背負わせたくはなかった。




 彼女たちがこのまま国に帰れば、家族や魔力協会などから必ずどこにいたのか、犯人は誰なのか、その目的は何なのかを問われる。リーシェルに追われる身の上のレティルトとしては、自分の痕跡が残ることは避けたいが、だからと言って彼女たちにすべてを背負わすことはレティルトの信念に反する。自分が不利になろうとも、それは自らの行いの代償であり誰かを責めることはできない。




 王女たちは複雑な表情をしながらも、その言葉に静かに首を縦に振る。できればレティルトを売りたくはないが、それは難しいだろう。惹かれた彼の味方でいたいと思うものの、彼の置かれた現実は甘くはない。










「オールド、もうひとつ頼まれてくれない?」




 他の王女たちとレティルトが最後の話し合いをしている最中、ひとつのお願いごとを頼み終えたナーダルは、さらに言葉を重ねる。




「あんた、一体あたしを何だと思ってるの?便利屋じゃないし、一国の王女さまなんだけど」




 悪びれることもなく何でもかんでも頼み込んできそうなナーダルにオールドはため息をつく。魔力協会では基本的に世間的な地位は重視されず、国王や王女であろうが、庶民や育ちの悪いものであろうが魔力協会のもとではすべてが平等だと言われている。確かにやはり、貴族や王家、金持ちには媚びる姿勢もなくはないが、協会の理念として魔力の元ではすべてが平等でなくてはならない。そのため、魔力協会には入会して一人前の魔法術師になると苗字を捨てるという規則がある。家が所持する名誉、地位、財産、仕事──そういうしがらみすべてを捨てなければならない。




 だが、やはり世の中にはそんなものでも捨てるわけにはいかない事情もあるため、魔力協会の審査さえ通れば一人前の魔法術師となっても苗字を捨てない人間もいる。オールドをはじめとする王家のものはそんな一例のひとつだった。王家でありながらも、魔力協会にいるときは一人の協会員として扱われる。




「もちろん、友達だよ。姫君っていうイメージはまったくないなぁ」




「品の欠片もなくて悪かったわね」




 ナーダルの言葉にオールドは顔を歪めて言葉を返す。




「王太子をセルドルフ王国まで返してあげて」




 オールドの言葉に笑いながらも、ナーダルは平然と次のお願いを口にする。




「なんであたしが?」




 ナーダルの頼みにオールドは間髪入れずに疑問を投げかける。




「厄介事には関わりたくないしさー」




 この件に関わると決めた時、ナーダルはすでにレティルトが渦中の犯人であること、兄を止めるにあたり自分の正体もバレることを想定していた。ただ、当初の予定ではルーシャや王女たちにバレるだけだったのだが、アストルが付いてきてしまったことでナーダルの計算は狂った。レティルト同様、リーシェルに命を狙われているナーダルにとってアストルに正体がバレることは良くないことだった。




 アストルの魔力への不安定さを考え、共に行動することを判断したし、バレてしまったことは仕方がない。本当ならば魔法で記憶を消すなり、改ざんしたいが、オールドを助けたいという思いで魔力介入を無意識にしたアストルが、忘れたくないと強く願ってしまえば記憶の操作はやったところで効果はない。




 となれば、ナーダルの選択はひとつ──逃げてしまおうと。面倒くさいことから逃れてきた第二王子の性がここで発揮される。




「お前は相変わらずだな、セルト」




 ナーダルの肩に腕を置き、レティルトは笑う。見渡してみれば王女たちの姿はなく、話し合いを終えて国に帰っていったようだった。




「逃げるが勝ちにも一理あるが、今回は先手必勝でいくぞ」




 自信たっぷりに笑うレティルトにナーダルは溜息をつく。レティルトはアストルの体質のことは知らないが、厄介事を避けるためならば割となんでもやってのける弟が記憶操作をしないことに何かを感じ取った様子だった。わざわざ口に出さなくともひとつの言動から深く物事を読み取る兄は頼りになり、時には面倒でもあるとナーダルは改めて思う。













──────────


一件落着・・・したのかな?!


とりあえず、レティルト王子はリーシェルへの復讐は一旦保留ということにしたらしい。諦めたわけじゃないあたり、ちょっと不安だなー。マスターは容認しているけど、納得はしてなさそう。


そして、兄さん。あれは何だったんだろう。兄さんだったけど、兄さんじゃない。気のせいだった・・・と思いたいけど、そんなことないと思う。でも、うまく言葉に言い表せない。

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