p.22 鳥籠の主

 目の前を流れていく鳥籠をとっさに掴みルーシャは先程の光景を思い出す。気のせいか、幻覚かと思う反面、そんな都合よく幻覚を見られるわけもないと冷静に判断する。単なる魔道具がふらふらと飛ぶわけなどない。鳥籠をその手に取りルーシャは周囲を見渡す。どこにも魔道具の魔力以外の魔力は見られず、この鳥籠が誰かの魔法や魔術で動かされたものではないと考えられる。




 基本的に魔法も魔術も魔力を使用する限りその魔力の痕跡を完全に除去することは難しい。手練ならば自分の魔力を隠すことは容易で、その場合はルーシャレベルの魔力探知では探し切ることは出来ない。今ルーシャが探す限り、他の魔力は感じられず手にしている鳥籠から少しだけ魔力を感じるだけだった。鳥籠にかけられている魔法や魔術の神語だけでなく、はっきりと流動性を感じることの出来る魔力がある。




 いつまでも鳥籠を持っているわけにもいかず、ルーシャはベルトコンベヤーを支える支柱の足元に鳥籠を置く。そのまま鳥籠がどこかへ行ってしまわないよう、魔力でその場に鳥籠を固定させ、周囲の人間に見えないよう同化魔法を施す。




 この鳥籠の正体をすぐに解明したいが、今は就業時間中であり他のことに割く時間はない。製造ラインにはバイト要員だけでなく、魔道具製造に責任のある監督官がいる。そういう人に託すのが一番いいのだろう。彼らはきちんと資格のある一人前の魔法術師で場数も踏んできており、見習いのルーシャなどとは格が違う。




(もし、それをかいくぐってきたのなら)




 資格のある一人前の魔法術師が出し抜かれるなどないと言いたいが、全くその可能性がないかと問われればそういう訳でもないだろう。魔法術師といえど、その実力も得意不得意も個人差がある。彼らを出し抜いてあの鳥籠がここまでたどり着いたのだとしたら、もし偶然にしろルーシャの目の前に現れそれにルーシャが気づいたとしたら・・・・・・。




(自惚れかもしれないけど、何かやるべきことがあるのかもしれない)




 明らかに製造ラインの魔道具とは異なるあの鳥籠がここに、ルーシャの目の前に流れてきたのは偶然なのかもしれない。だが、偶然という状況でさえ魔力を扱う人間にとっては動機とするには十分だった。魔力の導きは、目に見えずどうやっても感じることの出来ない運命に導くものだと信じられている。その運命は忽然とやってきて、あるときは運命とさえ気付けないときもある。それでも、魔力はどんな些細な運命にも抗うことの出来ない大きな運命にもひとを導く──それが、魔力の本質のひとつとされる導倫性だった。










 一日のバイトを終え、ルーシャは帰る際こっそりと例の鳥籠を固定していた魔法を解き、同化魔法で目に見えない鳥籠を持って工場を出る。さすがに周囲の監督官にバレるのではと冷や冷やするルーシャだが、なぜか呼び止められることもなく工場をあっさりと後にすることが出来た。それが不吉に感じられる反面、なにか目に見えない力が働いている気がして、さらにこの鳥籠が普通の品ではないと考えざるを得ない。




 支部に戻ったルーシャはミッシュとともに部屋に戻り、見えない鳥籠をこっそり自分のベッドの近くに起き、どこかへまた行ってしまわないよう固定魔法を施す。ミッシュは特に何かに気付いた様子もなく、お腹が空いたとルーシャに訴える。




 二人で食堂に降りるとエリスが席を確保しており、ふたりを手招きする。いつも通り夕食をとり楽しい夕餉ゆうげを過ごすが、ルーシャの心はどこか浮き足立つ。勝手に持って来てしまったこと、固定魔法は施したがそれが解かれないかということ、そして持ち出したがどうすればいいかわからないこと──そんなことばかりが頭の片隅に存在する。気にするなという方が無茶な気がするが、自分でまいた種なので自分で何とかするしかない。




 夕食後の雑談を終え、ルーシャとミッシュは早々にシャワーを浴びてベッドに入る。早く鳥籠を確認したいがあまり人を巻き込みたくないルーシャはミッシュが寝静まるのを待つしかない。ベッドに入り数分もすればミッシュの静かな寝息がルーシャの耳に届く。しばらく時間をおき、ミッシュが深い眠りに入るのを待つ。ルームメイトに隠し事をすることは心苦しいが、巻き込むことはしたくない。しばらく待った後、ルーシャは静かにベッドからそろりと出る。




 そして、同化魔法を解除してこっそり持って帰ってきた謎の鳥籠を手にする。ルーシャの両手で抱えられるほどの大きさで、製造ラインに並んでいた魔道具の鳥籠と同じように金色に輝いている。落ち着いて近くで観察することで、そこに施されている魔法や魔術が何なのかを解析することができる。




 鳥籠にはルーシャが分かるだけで二つの術が施されている。ひとつは鳥籠のなかのものを隠す霧隠れの魔術、もうひとつは厳重な封印魔法だった。霧隠れの魔術は魔力の霧を生み出し、それに覆われたものは術者以外の者には一切見ることが出来ない。魔力の霧で実際の霧ではないので、鳥籠のなかに霧が発生している訳ではない。中にある何かを隠そうと持ち主はしたのだろう。封印魔法も施されているということは、かなり危険なものでも隠しているのだろうか。




「なにそれ?」




 他に施されている神語を解析してみようと暗がりの中ルーシャが集中していた中、誰かが声をかける。思わず驚きルーシャは手にしていた鳥籠を床に落とす。ガシャンと音が響き渡り、ルーシャは後ろを振り返る。




「ミッシュ」




 すやすやと眠っていたはずのミッシュがルーシャをのぞき込む。神語の解析に集中していたルーシャは彼女が起きたことにも、すぐ背後に近づいていることも気づかなかった。ミッシュはすぐにルーシャが落としたものを見て表情を変える。




「ルーシャ」




 声が一オクターブ低くなり、その瞳は不信感が募る。工場から鳥籠──魔道具を盗んだという、いらぬ誤解を招いたと瞬時に理解したルーシャは先手を打つ。ミッシュはどちらかというと自分の直感に素直に従うタイプであり、ルーシャの弁明を今素直に聞いてくれないだろう。聞いたとして話に納得するような性格ではないとルーシャは踏む。




「エリスを呼んできて。ちゃんと説明するから」




 それでミッシュが納得するとは思わない。だが、いま明らかにルーシャに疑いの眼差しを向けるミッシュとふたりで話していても埒はあかない。今の状況では信頼出来る第三者を巻き込むしかなく、現状としてその立場を担えるのはエリスしか思いつかず、ルーシャはとっさにエリスの名前を出す。




 ミッシュは躊躇したが、結局は考えに考えてエリスを呼んできた。金色の鳥籠を手にするルーシャをみてエリスも驚きの表情を浮かべる。ルーシャは間髪入れずに二人をベッドに座らせ、事の次第を赤裸々に告白し誤解を解く。




「確かに随分高度な魔法と魔術。バイトの鳥籠とは全くの別物だと私も思う」




 まじまじと鳥籠を見つめながらエリスも神語を解析する。同じくミッシュも鳥籠を見るが、魔力探知をまだ習得しきれていない彼女の目には神語がぼんやり映るが何の術なのかなどは把握しきれない。だが、自分よりも魔法術の修練を積んだエリスの言葉はどこか素直に信じているように見える。




「で、どうする?」




 まだ何かをミッシュは言いたげだが、エリスの意見に一目置いているのか何も言うことはなかった。エリスは困ったように鳥籠とルーシャを交互に見る。




「たぶん、どこか行きたいところがあるんだと思う」




 ルーシャは考えを口にするが、はっきりと分からない。だが、何度も粗悪品箱から脱却してベルトコンベヤーに乗ったということは目的があるのではないだろうか。スプラッタにされると思って逃げ出した可能性もあるが、ルーシャはこの鳥籠が何かを求めているように感じられた。




 エリスもミッシュもそれ以上何かをいうことはなく、二人共黙って頷く。エリスもミッシュも、監督官に託した方が賢明であること、半人前の自分たちの力だけで解決することが最善ではないし、責任を持てない力しかない自分たちだけで解決することにすべて納得した訳ではない。それでも、魔力を扱う人間は魔力の導きを信じている。出会いも別れも、やるべきことも避けるべきことも魔力がその運命を導いていることがあると。もちろん、すべてのことが魔力によるものではないが、いざという時やここぞという時には魔力の導きを信じている。




 エリスは霧隠れの魔術を解こうと鳥籠に神語を刻み込み、ルーシャとミッシュは黙ってその光景を見つめる。そんななか、鳥籠が淡く光り出す。まだエリスの解除魔術の神語は解決しておらず、解除魔術の発動による光ではない。




 金色に輝く美しい鳥籠を見るルーシャたちはそれぞれが身構える。淡く光る鳥籠がここ数日携わってきたものではないことは明白で、似ているが異なる存在を警戒するなという方がおかしい。ルーシャは意識を集中させて魔力を相手の感じ、エリスは発動一歩手前の防御魔術を組み立て、ミッシュはいつでも攻撃を仕掛けられるよう腕を構える。




 やがて、幕が上がったように何かが姿を現す。薄暗い部屋のなかで金色の鳥籠の美しさは際立つなか、純白の鳥が姿を現す。ルーシャたちの片手に収まりそうな小柄な体格に、絹のような光沢を誇る純白の羽毛、宝石のような淡い青色の瞳が静かにこちらを見据える。




「ありがとう」




 ルーシャでも、ミッシュでも、エリスでもない誰かの声が静かに部屋に響き渡る。




「喋った・・・」




 ミッシュは呟き、まだ身構えたまま純白の鳥を見つめる。




「あそこに囚われて出られなかったの」




 純白の鳥は淡々とルーシャを見つめて口を開く。鳥が話すこと自体驚くことだが、つい最近話す鳥に出くわしたルーシャはミッシュほど驚くことはなかった。あの山の主からは身の毛のよだつほどの魔力を感じたが、目の前の鳥からは魔力を感じるが主ほどではない。妙な免疫のついたルーシャは宝石のような鳥の瞳を見つめ返す。




「あなたは誰?」




 言葉を話せ、魔力を扱えるであろう鳥の存在などルーシャは物語の中でくらいしか見たことがない。調べれば、もしかしたらそういう種類の鳥がいるのかもしれない。




「私は魔鳥一族のリラ」


















──────────




バイト自体は思ったよりツラくなかった。ミッシュはわりとツラそうだけど・・・・・・。流れていく鳥籠が最初は違和感でしかなかったけど、なんだか数日でそんなものなのかなと思えるようになってしまった。慣れって怖いな。




そして、謎の鳥籠に出会ってしまった。しかも中には童話と同じ魔鳥、同じ名前なんだから・・・・・・。ただの偶然じゃない気がする。

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