p.21 鳥籠

 ルーシャたちは説明会の翌日からアルバイトをはじめることとなった。今回のバイト内容は説明会通りで支部に泊まり込み、朝九時から夕方の十八時までで昼食休憩一時間の一日八時間勤務となっていた。三食ついており食費などはあらかじめ給与から天引きされている。収入源やもともとの貯金が少ないルーシャにとって食事付きなのはありがたかった。城で小遣い稼ぎ程度の手伝いはしているが、大金を持っているわけではないし、バイトへ来る前にナーダルに帰りの交通費とお小遣いを貰っているがあまり使いたくなかった。




 説明会が終わったルーシャたちは翌日のバイトの始業時間まで何もすることがなく、近くの街を探索する。支部の周囲には大きな街が広がり、住宅街や商店街、学校や公園に映画館などもそろっている。美しいレンガ作りの家が建ち並び、道端には花壇が整備されてまだ寒い時期だがこの時期に咲く花が道に彩を添える。人口はセルドルフ王国の城下町には及ばないものの、活気づいた街は人々が明るく行き交う。




 街を探索しながらクレープや風変わりなお菓子などを買っては三人で食べる。初めて訪れた場所の独特の街の空気、初めて食べるものが新鮮だった。街ゆく人々とすれ違っても、いつものセルドルフ王国の城下町とは違う。ここがセルドルフ王国ではないことも大きな要因なのだろうが、外の街の空気がこんなにも違うことにルーシャは驚き、そして楽しかった。いつもと違う街並みをみて、いつもと違う道を歩き、いつもと違う空気を吸うこと、すべてが新鮮で楽しくて仕方がない。




 今までルーシャの生活圏内は故郷の村か、王城内だった。狭い世界だなとは思っていたがどこへ行こうとも思わず、お使いだって日帰りで行ける範囲でしかなかった。遠出といえば、つい先日に神秘ノ鏡に吸い込まれて秘境に行ったことくらいだった。だから、こんなに外の世界が輝いていることも想像などできなかった。世界中を旅しているナーダルが見てきた世界の一部をなんとなく垣間見たような気がする。旅の魔法術師とはこういう風景をいくつも見てきたのだろう。








 ひとしきり探索を終えたルーシャたちは支部へ戻り、自分の部屋に一旦帰る。日は傾き少しずつ空を闇が支配し始める。




 ヴェルゴット支部の大きな屋敷内にはいくつもの客室や部屋があり、ルーシャはたまたまミッシュと同じ部屋を割り当てられていた。食事はもともと邸宅だったこともあり、広い食堂が備え付けられておりそこで食事をとることが出来る。さらにヴェルゴット支部は時期を問わず普段から魔道具製造のアルバイトを担っており、支部にはいつも多数の協会員が滞在している。そのため調理や部屋の清掃などを生業としている協会員もいるため、ルーシャたちはバイト以外の仕事はしなくても良かった。




 割り当てられた部屋は小さめだが、さすがもと貴族の邸宅だというだけあり豪華な部屋だった。普段王城で生活しているルーシャでさえ、そのあしらえに目を奪われる。二つの簡易ベッド以外のものはもともと屋敷にあったもので、細やかな装飾が行き届いている。クローゼットや豪華な化粧台が完備され、さらにはシャワールームとトイレまで部屋にある。客室の大きさに関わらずシャワールームやトイレがひとつひとつの部屋に備え付けられているのは、この屋敷の所有者がかなりの資産を有していたことを簡単に推測することが出来る。




(それなのに、どうして・・・・・・)




 これほどの屋敷を持っていたならば、そう簡単に没落することもないだろうし資金が底を突くこともないはず。それなのに、所有者の貴族は広大で立派なこの屋敷を魔力協会に寄付した。屋敷を維持するだけの金がなくなったのだろうか、それとももっと立派な邸宅を建てたのだろうか。




「見てみろよ、ルーシャ」




 考え事をしていたルーシャに対しミッシュははしゃいだ声で手招きしてくる。何事かと思いながらミッシュのいる中庭に臨む窓に近づき外を見る。




「きれい」




 見下ろす中庭にはいくつものランタンのようなものが淡く光をともす。鳥のような形のもの、花のような形のもの、竜のような形のものと、それらひとつひとつの姿形は異なる。さらに灯す明かりも白いもの、赤いもの、黄色いもの、青いものと幻想的に淡く光りながらもそれぞれの個性を発揮している。闇夜に咲く花のよう、中庭に灯った光はルーシャたちの心を魅了する。




 ルーシャとミッシュは食いつくように外を眺めていたが、やがて夕食に誘いに来たエリスに連れられて部屋を出る。エリスの部屋からも中庭を見ることができ、三人は屋敷の豪華さや中庭のランタンの光の荘厳さに花を咲かせる。




 たどり着いた食堂はそれなりに大きいのだが人々が溢れかえり、この支部で寝泊まりする協会員の多さを物語る。席を確保したルーシャたちは食堂でアルバイトの証明書を見せて食事をもらう。今晩のメニューはビーフシチュー、焼きたてパン、温野菜のサラダだった。シチューの湯気や香りが空腹に刺激を与え、ルーシャたちは言葉を交わすことなく黙々と食事をとる。煮込まれた牛肉がほろりと口の中でほどけ、コクのあるシチューが口いっぱいに広がる。焼きたてパンは外はカリカリ、中はふわっと柔らかくシチューとの相性は抜群だった。温野菜のジャガイモはほくほくとし、ブロッコリーやニンジンなども塩気が抜群に効いていた。




 ある程度お腹が満たされるとルーシャは周囲を見渡す。食堂にはいくつものテーブルが並べられ、それぞれ空いている好きな場所で食事をとっている。天井には豪華な電飾があり、壁には誰かの立派な肖像画がかけられている。若い男で凛々しい表情で鳥籠を片手に立つ姿が描かれ、その肖像画の下には「我が一族最高の魔法術師」とタイトルがつけられている。




「あれはこの屋敷の持ち主、ヴェルゴット家のひとりだよ」




 肖像画を見上げていたルーシャに誰かが話しかける。後ろを振り向くと壮年の男が同じく夕食を食べながら、肖像画を見上げていた。彼の首からは魔法術師の紋章がかかげられていた。




「随分と実力のある魔法術師だったそうだが、ある日屋敷を飛び出し姿をくらましたらしい」




「詳しいんですね」




 エリスも話に参加し、興味深そうに肖像画を見上げる。ミッシュに関しては一瞬だけ肖像画に目をやっただけで、あとは気にもとめず食事に集中し出す。




「まあ、ここで働いて長いからな。お嬢ちゃんたち庭のランタンは見たかい?」




「はい。とても綺麗でした」




 男の質問にルーシャは素直に感想を述べる。




「あれはもともと、屋敷の外に並べられていたんだ。行方知れずになった彼が迷わずにここへ戻って来れるようにって、一族の人間が常に明かりを灯していたらしい。だが、ついには帰ってこなかった。それでも一族の人間は彼を忘れられず、この屋敷を協会に譲り渡す時にランタンの明かりを決して絶やさないという約束を取り付けたんだ。・・・・・・今じゃ屋敷の外の民家から明るすぎるって苦情がくるもんだから中庭に移動させてしまってるんだけどな」




 あの明かりにはそんな思いが込められていたなんて──ルーシャは少し感慨深くなりながら、肖像画に描かれる魔法術師を見上げる。彼が迷わず帰ってこられるよう、出ていった家族が戻ってこられるよう光をともしていた。ここに家があると、居場所があると示す淡い光が尊く思える。










 翌日。




 金色のきらびやかな鳥籠がベルトコンベヤーに等間隔に陳列され、流れていく様子はどこか異様に見えてしまう。金色の鳥籠は値段により大きさや施される魔法のレベルが異なる。ルーシャたち見習いの携われるのは、一番安価でレベルの低いものだった。それでも、自分たちの魔法や魔術が一般人の手に渡るとなれば感じる責任感は幾分か重い。




 流れていく美しい鳥籠を集中して見ていくと、そこに刻まれた神語が見える。そのスペルが間違っていないか、魔力量が不足していないか確認していく。簡単な魔法や魔術なら機械に設定すれば神語を判子の容量で鳥籠のなかにある水晶に刻み込み、魔道具としての能力を得る。自動神語刻印装置と呼ばれるそれは便利な反面、簡略な神語しか扱えないので大量生産できる魔道具はレベルの低いものばかりだった。もちろん、刻印なのできちんとスペルが刻まれていないこともあり、それらは粗悪品箱に入れられていく。ルーシャの手ですでに数個の鳥籠がそこに運ばれていた。




 魔力探知が得意なルーシャは神語を確認することも、魔力量を判別することも特に苦ではない。だが、ルーシャの隣に立つミッシュは眉間に皺を寄せかなりの苦悶表情で目の前を流れゆく鳥籠を睨みつけている。見ていて心配になるほどの疲弊だが、心配したところでどうしようもないのでルーシャは視界の端にミッシュを留めておくだけにしておく。




「ほんと、いい修行だよ」




 昼食休憩時にミッシュは項垂れながら呟く。




「神語の解析も魔力量の判別も慣れないうちはキツいからね」




 同じテーブルを囲うエリスは頷きながら支給された昼食のサンドイッチをつまむ。修行期間が長く魔力の扱いにルーシャたちよりも慣れているエリスは、二人とは違い取扱説明書に魔法を施す仕事を割り当てられていた。




「もう吐きそー」




「それを超えたら案外楽になるよ。ね、ルーシャ」




 エリスと同じくサンドイッチを食べていたルーシャは話を降られ、返答に困る。




「そうなんだ」




 もともと無意識に魔力探知をしていたルーシャにとって、その方法が分かれば魔力を探し当てることは意識して呼吸をするようなものだった。魔力さえ見つければその神語を見ることも、魔力量をおおよそ判別することも、ナーダルに教えて貰って少し訓練したので特に苦悩することではない。




「私はもともと魔力探知とか得意なほうみたいだから」




 ミッシュの今の苦労も、エリスが辿ってきた努力の道もルーシャには想像すらもできない。今までそれをなんとも思ってこなかったが、同年代の二人の苦労も思いも共有できないことは少し心苦しい。




「その才能分けて欲しい」




 ルーシャの言葉にミッシュは羨ましそうにそう言い、ちまちまとサンドイッチを口に運ぶのだった。三人で話しているとあっという間に時間は経つ。




 昼食後も淡々と仕事は繰り返される。十八時になりバイト時間は終了となり、ルーシャたちは顔色の悪いミッシュをつれて滞在元のヴェルゴット支部へ帰る。支部までには少し歩く必要があるのだが、ミッシュは外の空気を吸って案外早く復活する。先程までは今にも吐きそうだったのに、今はあっけらかんとした顔で笑っている。随分とタフだな──とルーシャは心の中でミッシュを褒める。








 そうしてバイトを続けること二日間、三日目の昼休憩のあとの事だった。ミッシュは相変わらず苦悶表情で鳥籠を睨みつけているが、初日よりは幾分か表情が和らいだ気がする。少し慣れてきたのだろうかと、ミッシュを横目に見るルーシャは少し安堵する。どうしようもないとはいえ、ルームメイトが隣で苦しんでいる姿は見ていて良いものではない。




 三日目ともなればベルトコンベヤーに並ぶ金色の鳥籠がどこか、ルーシャのなかで当たり前の風景となりつつある。工場なのだからそんなものだろう、と自分の前を並ぶ魔道具を客観的に捉える。




(あーあ、立ちっぱなしもつらいなぁ)




 心ここに在らずな状況でさえ、ルーシャの目は魔道具を見据えスペルが間違っている鳥籠を自然な手つきで回収する。当たり前のように粗悪品箱に入れて再びベルトコンベヤーに視線を戻す。この三日でいくつかの魔道具を回収したが、それらは再び神語を還元されてもう一度神語を刻まれ商品となるらしい。




(またかー)




 ルーシャは流れてくる鳥籠をひょいと持ち上げ、一瞬だけその神語を見る。




(全然ちがうスペル。こんな間違いもあるのかな)




 特に気にもとめず躊躇うことなく粗悪品箱に鳥籠を入れ、ミッシュのほうをみる。相変わらずの眉間のシワだが慣れたのか、ミッシュもいくつか鳥籠を回収しているようだった。無事に山を越えて魔力探知にもなれた様子に見える。




(・・・おかしい)




 目の前を流れる鳥籠を見てルーシャはそれを持ち上げ、しげしげと眺める。鳥籠に施される魔法とは全く異なる神語が羅列されている。もっと高度で複雑なそれらは丁寧に織り成され、魔力量だって目の前で流れている魔道具たちとは比べ物にならない。ルーシャたちが携わっているものとは全く別もののなにかだった。




 ついさっき随分と違うスペルだなとは思ったが気に留めずに粗悪品箱にいれた、あの鳥籠が再びベルトコンベヤーに流れたのだった。不審に思いながらもルーシャはもう一度粗悪品箱にそれを入れ、仕事に戻るふりをしながら横目で粗悪品箱にいれた鳥籠を見張る。誰かが故意に粗悪品箱のなかのものを流しているのだろか。




(え!)




 そんなことを考えていたルーシャだが、我が目を疑う。ついさっき粗悪品箱に入れた鳥籠が勝手に動き出し、ふらふら宙を舞う。そして、そのまま何もなかったかのようにベルトコンベヤーに入り込み流れに乗る。
















──────────




エリスとミッシュと街を散策しました。同い年の人と遊ぶのって楽しい。どうでもいいことなんだけど、そういうことが楽しいなー。


あと、支部のなかにあったランタンがとても綺麗だった。家族の帰りを待ちわびていたんだなー・・・。どうして、あの魔法術師は出ていってしまったんだろう。分からないけど、家族はずっと待っていたんだなぁ。

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