p.20 バイト

 少しずつ暖かくなっていく太陽の光と、まだ冷たさが残る風が吹き徐々に春先が近づく。そんななか、ルーシャは魔力協会の数ある支部のひとつ、ヴェルゴット支部へ来ていた。元はどこかの貴族の邸宅だったそこは、魔力協会に寄付されたため支部の中でもかなり豪華な外見の場所だった。敷地面積が広いだけでなく四階建ての石造りの美しいつくりで、一階の受付部分にはステンドグラスもあしらわれている。




 建物内にある部屋のひとつでは約二十人分の机と椅子が用意され、まばらながらもその席は埋まりつつある。ルーシャも適当な席に着き机の上に置いてある書類を手に取る。






 もうすぐ暦上で春になるこの時期、魔力協会本部のひとつ──思想本部では魔導士採用試験が行われる。会長直々に試験を受けるよう命じられたナーダルは渋々ながらも試験を受けに行くことになり、ルーシャはナーダルの提案で魔力協会の支部でアルバイトをすることとなった。王城で留守番でも良かったが、ナーダルの留守中に魔力を扱うことはできない。そのため魔力を扱う訓練も兼ね、見習い魔法術師でも出来る魔力協会のバイトへ行くこととなった。




 魔力協会において職種はたくさんあるし、魔法術師の資格があるからと言って必ず魔力に携わる仕事をしなければならない訳ではない。先の王冠失踪事件で知り合ったケイディやストイルは薬師や軍人といった、魔力協会内でも特別な資格や訓練を詰んだ専門職にあたる。魔力協会には協会を運営するにあたりいくつかの部署があり、彼らはそれぞれの部署に所属して働くプロフェッショナルだった。




 他にも、魔力協会の本部の周囲には魔道具屋やまじない屋、魔力に関連する専門書店などが軒を連ねたりもしている。本部周辺のそのような場所を魔力街と呼び、魔法術師たちが集まるための食堂や酒場、宿場、さらには住むためのアパートなども数多く存在している。そういう魔力街で魔力専門店以外の食堂などで働くのも協会員が多く、彼らは資格を持ちながらも基本的には一般人と変わらなかったりもする。また、そういうところでなく普通の町中で働いていたり、村で農作業に勤しむ人間の中にも協会員がいたりもする。




 そして、それ以外にナーダルのように専門職につくわけでもなく、定職につくわけでもなく、魔力協会に寄せられる依頼を解決することで収入を得る魔法術師もいる。世界中を旅しながら路銀のために依頼をこなす者、自分の好きなことをするために生活費の確保のための者、魔法術師として人のために何かしたい者などその目的も理由も多種多様だった。




 魔力協会は世界的権力を誇る一大組織だが、それは人々の信頼と今までの社会への貢献から成り立つものだった。魔力協会に寄せられる依頼は探しものや家の手伝いなどから、極悪人の捜索・捕縛や世界的権力者の王家や貴族、大金持ちからの個人的な依頼までとその幅は広い。それぞれの仕事内容に応じてランク付けされており、ランクが高いほど難易度が高く収入も高額となっている。基本的に依頼は受けたい者が自分の力量や報酬と照らし合わせて選ぶことが出来るのだが、依頼にも人気や不人気があるため、ある程度は協会から依頼を専門的にこなす魔法術師に仕事の割り振りがなされることもある。




 そして、魔力協会には若い世代や普段あまり魔力に携わらない協会員たちの能力を向上することを目的に、魔法や魔術に関するアルバイトを斡旋している。レベルはさまざまだが、ルーシャたちのような見習い魔法術師から、そこそこ魔法も魔術も使える魔法術師までと対象は幅広い。依頼の仕事と違い魔力協会が仕事内容や場所、賃金までも提供しているため教育的側面が強い。








 季節は徐々にではあるが暖かい時期に差し掛かり、ナーダルも王城を発つ日が近づいているのではないかとルーシャは密かに考えていた。ウィルト国王と魔力協会のパイプを作るために王宮魔法術師となったが、それは旅立つまでの期間限定であり、ナーダルが留まっている理由も寒いなか旅をするのが嫌だから。春が近くなれば、いつ旅立とうと言われてもおかしくはない。まだまだナーダルの足下にも及ばないルーシャだが、いつまでもナーダルに頼りきってはいられない。少しでも自立して魔力を扱えるようになりたかった。




 旅をするのだからそれなりの厳しい土地へ行くことも、思わぬ自体に遭遇することも、そして師匠に頼れず自分で何とかしなければならない状況に陥ることもあるだろう。どこかナーダルの旅の再開を、そこへついて行くことを近い未来に感じているルーシャは焦る。少しでも多くの知識と技術を習得しなければと。




(そう言えば、マスターって何で旅してるんだろう?)




 深く考えたこともなければ、聞いたこともないと今更になって気になってきた。急ぎではないと言っていたが、留まる気もない様子からすればそれなりに目的がありそうな気がする。あまりその手の話をナーダルも話すことはないし、ルーシャも深入りしたことはなかった。旅の魔法術師だと言っていたのでそんなものかと思っていたが、魔力協会内には定職や家を持ち一処に留まる人が多い。依頼のみを専門とする魔法術師だって、住所を持ちそこで生活している。




(会長のパシリって行ってたから、会長からの仕事とかでかな)




 ルーシャの苦手な上から目線で厳しい瞳の会長を思い出す。険しい眼光にズケズケとした物言いのフィルナルに対し、ナーダルは特に権力者の態度に怖気付くことも苛立つこともなく対応している。昔なじみのように接しているし、軽口を叩きながらもフィルナルを尊敬しているようにみえるときもある。






「隣いいか?」




 書類とにらめっこしながら考え事をしていたルーシャに誰かが声をかける。視線をあげると茶髪のショートカット、淡い紺色の瞳の少女が立っていた。少女はルーシャの右隣の席を指さしている。




「どうぞ」




 ルーシャの答えに対しどさりと椅子に座り込み、少女は当たり前のように手を差し出す。




「あたしはミッシュ。よろしく」




 サバサバした雰囲気のミッシュは笑い、ルーシャも反射的に自己紹介をする。




「ルーシャです」




 ルーシャも手を出して挨拶を交わす。久々に同い年くらいの同性と言葉を交わし、ルーシャは嬉しい反面すこし緊張してしまう。年上や目上の人を相手に卒なく物事をこなしてきたが、同世代となれば勝手が違う。




「楽しそうで良いなー」




 後ろから声をかけられ、振り向くと深い茶髪のミディアムヘア、青い瞳の少女が頬杖をついてこちらを見つめてる。




「私も混ぜて。エリスよ」




 ルーシャの後ろに座るエリスも当たり前のように手を差し出してきたので、ルーシャはこちらも反射的に手を出して握手をかわす。説明会が開催されるまでの間、ルーシャは知り合ったふたりと話が盛り上がる。ミッシュはルーシャと同い年で三ヶ月ほど前に師匠と知り合い、エリスはふたつ下だが修練期間はルーシャたちよりも長く次回開催される魔法術師採用試験を受ける予定だった。ルーシャの故郷の村ではそれなりに歳の近い友達はいたが、村を出てからは連絡もとっていないし、王城へ行ってからは歳の近い人間も少なく、ルーシャの身の上からあまり話しかけてくるような人もいなかった。お喋りに花を咲かすこと自体が久しぶりで楽しい。








 やがて、説明会がはじまりルーシャたちは配られた書類に改めて目を通す。アルバイトの内容は、協会が公式に販売している魔道具の製造だった。春になると進学や就職祝いに魔道具を贈る人も多く、数ある魔道具の中でも「金の鳥籠」という魔道具は毎年売上の上位を占めるほどの人気商品だった。いつもこの時期には魔道具の売れ筋が伸びるため、需要に見合う製造をするため短期アルバイトが募集される。もちろんバイトの内容によって資格の有無は問われるが、見習いでも出来る簡単な仕事内容もある。




 金の鳥籠は世界中で昔から読み継がれている童話をモチーフとしており、金色の美しい魔道具だった。童話のなかでは約束を守るためのものとして描かれているが、魔道具として販売されているものは金庫のようなものだった。大きさや施される魔法のレベルは値段に比例していき、一番高価な品は大人がひとりでなんとか抱えられる大きさで、中には金銭や宝石だけでなくなんでも入れられる。食べ物を入れれば腐敗を遅くし、愛の言葉を入れれば囁いてくれ、音楽を入れれば奏でられる。実際に鳥をそのなかで飼う人もいたりする。




 ルーシャたちの仕事内容は製造ラインに並ぶ魔道具の魔法が正しくできているか確認すること、説明書に簡単な魔法を施すことだった。簡単な内容だが初めて魔力協会でバイトをするルーシャは緊張する。それにいつも一緒にいて何かあれば助言やフォローをしてくれる師匠がいないのは、思っていたよりも心細いものだった。




 バイト自体はこのヴェルゴット支部から少し歩いた場所にある工場で行うのだが、数日間滞在する場所は広い敷地を誇る支部の建物の中だった。ナーダルの試験は二日間だが、ルーシャは実技経験と小遣い稼ぎのため一週間のバイト日程を申し込んでいた。ミッシュもルーシャと同様にお試しアルバイトなため、一週間で帰る予定だが、ルーシャたちよりも先輩のエリスは三週間みっちりバイトをして少しでも給料を得る予定だった。




「五つの誓約なんだろうな」




 説明会が終わり施設見学へ向かうなか、ルーシャは知り合った二人と話しながら歩く。もうすぐ魔法術師採用試験を受けるエリスに対し、ルーシャとミッシュは羨ましい眼差しを向ける。まだまだ一人前には程遠いが、ひとりの魔法術師として認められるのは憧れる。




 五つの誓約とは、見習い魔法術師が試験に合格し見事一人前の魔法術師となった際に師匠から送られる約束のことだった。見習い魔法術師は「巣立ちノ儀」というもので師匠から五つの誓約を受け渡され、それを以て一人前の魔法術師として認められる。五つの誓約は、長く険しい人生のなかで師匠から送られる最低限だが最高の約束のことだった。弟子の性格や技量を知っている師匠だからこそ、その先の人生で何を守って欲しいのか、なにをして欲しいのか、どんなことだけはしてはいけないのかを判断し、それを言葉として愛弟子に送るのだった。




 五つの誓約に法的権限もなければ、何かしらの罰もない。それでも魔法術師たちは、敬愛する師匠からもらった言葉を無碍にすることはなかった。悪名高い魔法術師であっても信頼している師匠からの五つの誓約だけは守ったという話もあるほど。だが、信頼関係の薄い師弟関係では軽視されるというデメリットもある。




「さあねー、楽しみにしとこうと思ってる」




 前を歩くエリスは笑って首を傾げる。




「なんにせよ、さすがに早く自立したい」




 エリスが魔法術師を目指す契機となったのは家を出ることだった。家族が嫌いなわけではないが家を出たかった時にエリスは運良く魔力に目覚め、そのまま魔力協会へと足を運んだ。そこで偶然にも出会った一人の女魔法術師に志願して弟子入りして、その師匠と今は一緒に住んでいる。厳しくも優しい師匠といることは楽しいが、いつまでも赤の他人の自分が厄介になるべきではないとエリスは考えていた。




「家出目的で魔法術師目指す人なんて初めて聞いた」




 エリスの話に驚きながらミッシュはそう言葉を発する。




「ミッシュは?」




「あたしは復讐だよ」




 さらりと不吉な言葉を発するミッシュにルーシャもエリスも我が耳を疑う。




 ミッシュの故郷の村には魔力協会の支部があった。そこは準本部とまで称される規模を誇る魔力協会支部で、協会の恩恵のもと町も成り立っていた。だがある日、反魔力協会組織のひとつ「幸福時計」という名の組織が支部だけでなく町そのものを襲い、町は焼かれてしまった。まだ十歳のミッシュにとってその光景は地獄であり、忘れられないものだった。




 奇跡的にもミッシュと家族は生き残ったが、たくさんの人が亡くなり、そのなかにはミッシュの親戚や友達もいた。人々は最愛の人を失い、家を失い、居場所をなくした。七年たった今では随分と復興が進んだが、魔力協会と反魔力協会組織との抗争のなかでは大きな損害を出した事例の一つとなってしまっていた。




 地獄を見たミッシュはいつか幸福時計に復讐をしようと画策していたなか、数ヶ月前に魔力に目覚めた。もう魔力を手に入れたミッシュがすることはひとつしかない、魔力協会の軍部に所属し幸福時計をはじめとする反魔力協会組織を根絶やしにすること──それがミッシュの野望だった。




「ルーシャはなんで魔法術師になろうと思ったの?」




 エリスの純粋な疑問にルーシャは言葉をつまらせる。




「なんとなくかな」




 明確な目的や目標があるわけでも、なにか野望があるわけではない。ただ、魔力に目覚めてその世界を知りたいと思っただけだった。エリスのように今の場所を離れたいとも、ミッシュのように何かを成したいというわけでもない。それが妙に恥ずかしかった。
















──────────




魔力協会でアルバイトをすることになった。初めてだから不安と緊張しかない・・・・・・。がんばれるかな。


マスターも試験頑張ってるところだし、私も私なりに成長できるようにならないと!


明日からミッシュとエリスと一緒にがんばろう。


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