バレンタイン――不器用な啓二の不運な恋愛

田島絵里子

第1話 

 高階 啓二は、不運だった。

 営業先で、販売品を間違えてクビになって以来、不運が続いている。転職してコンビニに勤めれば、強盗に入られた。共謀したと警察に疑われ、痛くもない腹を探られ、店長から疑いの目で見られ、同僚からはおおっぴらに陰口をたたかれた。しょうがないのでそこをやめ、クリーニング屋でバイトをはじめた。ここならトラブルはないだろう、と思ったのが間違いだった。クリーニング屋に行く途中の道で、交通事故に遭ってしまったのだ。


 こちらは徐行して走っていたのに、動物病院に勤めているむこうは、急患の猫がいるということで、かなりのスピードを出していた。車は衝撃でお互いに無惨なありさまになった。ところが、その動物病院の男はたちがわるく、たいしたケガもしていないくせに『おれは被害者だ』と吹聴してまわり、啓二の勤めているお店にまでねじ込んできたのだ。おまけにその男は、会社のお得意さんでもあったので、上司は、面倒くさいことには関わりたくない、と啓二に「依願退職」を申し込んできた。



 三度目の正直。特別養護老人ホームの介護士の資格を取った。これなら、おじいさんおばあさん相手の仕事だし、自転車で通える範囲だったし、給料も悪くなかった。

 ただし、そこのおばあちゃん(美波里さん)が、妙に色っぽく笑いかけてウインクしてくるのは、勘定に入っていなかった。


「こんどのバレンタイン、プレゼントに、なにがよろしゅうございますか?」

 寝たきりの美波里さんは、きちんとした言葉づかいで問いかけてきた。身なりもちゃんとしていて、上品そうな顔をしているのに、あきらかに負け組の啓二のことを、恋人のように思っているのである。啓二が、つれなくしてもムダだった。

「老いらくの恋ってヤツねえ」

 同僚の山岸エミは、キャラキャラ笑いながら言った。


 啓二は、エミのこの朗らかさが、少しうらやましかった。老人たちが、どんな我が儘を言ってもニコニコ笑っている。いやな顔ひとつせず、局部を含む身体を拭いてあげているし、ヨダレを垂らしている老人に、

「お食事、どうぞ」

 とおかゆなどを食べさせてやるのだ。ひじょうに立派な人間だと素直に思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る