(この男にも人の心が残っていたとはな)
アルミラにとってのレオンがどういう存在かというと、目の上のたんこぶだ。出会った瞬間から否応なく視界に入り、こちらの意思にかかわらず交流しなければいけない、実に厄介な相手だった。
しかもレオンはその性格と言動もさることながら、容姿も常人とは一線を画している。人目を惹く彼の噂は一緒にいなくても耳に入り、婚約者であるアルミラにどこでなにをしていたとかを親切心から話してくる者もいた。
大抵ろくでもない話だったので好感が下がることはあれど上がることはなく、自分の婚約者があれかと思うとうんざりするほどだった。
レオンにとってのアルミラも似たようなものなので、そういう意味では気の合う二人だったのかもしれない。
そんな人目を惹く二人と、これまた人目を惹くミハイルが中庭で昼食をとっているともなれば、注目を集めるのは当然だ。
(なんでそんな平然としてられるのよ……!)
その渦中に放り込まれたレイシアは心の中で盛大に叫んでいた。それでも笑みを崩さないあたりは、さすがというしかないだろう。残念ながら賞賛してくれる者はいないが。
別段三人とも平然としているわけではない。ただレイシアと違い注目されていることに頓着していないだけだ。
なにしろ彼らは注目を集めるのが当然の生まれである。今さら人の視線の一つや二つ、十を超えようと気にしない。
「ミハイル殿下。私の手料理はいかがですか?」
手料理をことさら強調した台詞にミハイルは心からの賞賛の言葉を贈る。
弟の元婚約者――正式に認められたわけではないので、公式的には現婚約者である――相手とこうして過ごしては醜聞になることはわかっている。
だが大抵の人は自分が一番可愛いものだ。ミハイルもその例に漏れず、自分の命が一番大切だった。
「レイシア、お前の手料理は素朴ではあるがうまいぞ」
「お褒めに預かり光栄です」
奇しくもアルミラの声とレイシアの声が重なった。
気まずい沈黙が一瞬流れたが、その空気はすぐにぶち壊される。壊したのはもちろん、他人のことを顧みないレオンだ。
「お前の可憐な声に羽虫のような音が混じるとはな。間の悪いことだ」
レイシアの顔面が蒼白に変わる。本当に、もうやめてくれと心の中で願ったが他人の顔色を窺うことをしないレオンが気づくはずもない。
他人の顔色に聡いミハイルはアルミラの顔色を窺うので精一杯で、アルミラはレオンと顔を合わせないためにミハイルだけを見つめている。
それなりに可愛い顔立ちのレイシアではあるが、さすがにこの三人と一緒にいて注目を集められるほどではない。そのため遠巻きにこちらを眺めている者たちの視線は美貌の三人に注がれていた。
レイシアの顔色に気づく者は不運にもどこにもいなかった。
「このフライは揚げ加減も絶妙で、冷めてもおいしく食べれるとは絶品だね」
二つ目のフォークがひしゃげたのを見て、慌ててミハイルが言葉を繰りだした。
「あのような見てくれだけ豪勢なものとは違い、お前の作るものは素朴だが愛情に溢れていることがよくわかる」
(褒めるところが見つからないなら黙ってなさいよ、もう!)
二回も素朴と言われレイシアもさすがに心の中で悪態を吐いた。
しかも他人のものを貶めての発言だ。これで喜べというほうが無理がある。
レオンの褒めているとは思えない褒め言葉に呆れかえる周囲だったが、ただ一人アルミラだけは違う感想を抱いていた。
(この男にも人の心があったとはな)
暴君横暴、人を褒めることをしない男が、下手な褒め言葉とはいえ他人を褒めていることにぱちくりと目を瞬かせていた。
無論、アルミラが関心を寄せた相手はレオンではない。暴君のような男に人の心を芽生えさせたレイシアに対してだ。
これまでアルミラとレイシアが直接話したことはない。レオンのそばをうろちょろしているという情報と、婚約者の有無を問わず男性と仲がいいという話くらいしか耳にしたことがなく、遠目に見る程度の関わりしかなかった。
なので毒婦のような女に引っかかるとはと、レオンに対する好感を下げ続けてこそいたが、レイシア自体にこれといった興味を抱いたことはない。
だがことここにきてようやく、アルミラはレイシアに関心を抱いた。
何年も変わらなかった男を変えたのがどのような女性なのか――気になりこそしたが、顔を見ることはできない。レイシアを見るということは、必然レオンも視界に収まることになる。
(まあどうでもいいか)
婚約者でなくなる身でレオンを変える相手がどのようなものか気にしてもしかたない。あっさり切り替えると、アルミラは前に座るミハイルに向けて微笑んだ。
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