7話 俯くな、前を向け。嘘でもいいから。
──状況は、
明らかな殺意を向けてくる白髪痩身の男、ジェラルドに対するフェリシアの怯えようを見るに、ヤツの脅威は大きい。その手に持つ杖が嫌でも俺に警鐘を鳴らす。この世界では『魔法』が常識的に存在し、魔法使いないし魔導士という職の者もいるのであろう。
その上で俺の簡単な魔法へのイメージと言えば何も無い所から炎を出したり、電撃を放ったり……果てはトンでもな魔物を呼び出す召喚魔法……といったところか。
社会人になってからはもっぱらゲームなどやらなくなっていた俺にとって、魔法と言えば物理的に攻撃するより多少マシな攻撃手段、くらいな認識だ。──テレビドラマの刑事モノ、推理モノで、被害者が魔法で殺害されるシーンなど到底想像出来ないだろう。俺が生きていた日本という国は、魔法はファンタジーの産物であって
「……ほう。いささか見直した。ただの異界の人間──という訳ではなさそうだ。死に行くその魂を引き摺り込まれ、窮屈な人形と成ってなお、自らの意思を示すとは。だが、その口上も建前なのか否か、すぐにわかること」
「さっきっからビンビンに殺気立ちやがって。思い出すだろうが、我が社の事をよ。まぁ、もうどうでも良いかぁ!」
相変わらず頭を抱え込んで怯えるフェリシアにちらりと目をやる。もはや誰の言葉も耳に入らないであろう彼女に、助力は期待出来ない。俺がやるしかない。この目の前の
「ではヒイラギとやら。我が術式を、見よ」
まずい。何か来る。杖を振り抜くジェラルドの周囲には、紫紺色に鈍く光るあの文字列が浮かび並び始めた。これはステラが瞬間移動した時も、フェリシアが光球を出現させた時にも起こった現象だ。すなわちこの光る文字列の顕現は、魔法を使われる前触れという事になるのだ。
そしてジェラルドから見て縦に並ぶ俺とフェリシアは、仮にヤツが直線的な攻撃魔法の様なものを繰り出した場合、一網打尽にされかねない。とすれば今の俺にとれる行動は一つ。
「こっちだ!オッサン!!」
左手に走り出した俺は、ジェラルドの注意を引く様に声を上げる。このまま俺になんらかの魔法が飛んできたとしても、首がもげても死ななかったこの体だ。ひとまずは何とかなる。うまく攻撃をかわして、ジェラルドの体力切れ、もしその概念があるなら魔力切れを狙えれば──。
「──!」
向かない。ジェラルドはまっすぐフェリシアを睨み付けたまま俺に一瞥もくれなかった。この……ままでは。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
それは俺の悔し紛れの叫びなどではなかった。ぶちぶちぶち!とこの体で再度味わう身が引きちぎられる、痛みの無い異様な感覚を誤魔化す為に思わず放ったものだった。
俺は利き手の右手で、自身の左腕を肩から引き抜いたのである。圧力から逃げた中身の白い綿が多少吹き零れるが構わない。そのピンク色の左腕を、ただ力任せに、投げた。
「むぅっ!」
思わぬ俺の抵抗に、紫紺色の光が光度を上げ、あとはその魔法を解き放つだけ──となっていたジェラルドがその杖を振って俺の左腕を弾く。それだ。その、明らかに魔法使いのメインウェポンな木の杖。それぐらいなら今の俺でも折れる。少なくとも、弾き飛ばしてやる事くらいは出来る!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!!」
「なんと!?」
直進。2、30メートルはあるジェラルドとの距離を短い足をフル回転させ詰める。目下に迫った片腕の無いうさぎのぬいぐるみを目にしたジェラルドは、
「なんの
散りかけた紫紺色の文字列を瞬時に杖へ集約させると、煌々と光る杖をそのまま地面へと突き刺した。
地中を迸る紫紺の輝きが四方へ伝い、近場の木々がくり貫かれた様に人形のソレを排出する。刺々しい折れた木材の破片を思わせる2~3メートル程度の木人達は、餌に群がる蟻の様に、呆気にとられた俺へと集中して襲いかかってくる。
(まずい)
俺がジェラルドへ向かい、その杖を握る手に到達する速度より、木人達の襲撃は間違いなく速い。見るからに『魔法』というものの威力を体現する堅い木材のその身と、尖ってささくれ立った開いた五指。捕まればただの布と綿の俺など、ひとたまりもない。これは、万事休す。次善の策は、何かないのか。
(俺に秘めた力があるなら、開花するのは今だ。さぁこの窮地で、俺はどうなる!?)
迫り来る木人達の手や腕に、俺は黒い瞳にその木肌を映した。違う、これは、
「貴様が異界人であろうと、術式の一つも知らなんだ。まずは我が
何もない。俺は、何も出来ずにこのままこの木人達に握り潰され、終わる。
わかってる。俺はただの動けるぬいぐるみでしかないんだ。何かこのあり得ない現状に、境遇に、神様がイレギュラーの一つや二つを上乗せして、与えてくれると楽観視してたのは否定しない。
──覚悟は決めた。
──立場も理解出来た。
だがそれでも、何も成し得ないまま、最初から負ける前提でいたら、
「フェリシアァァァァァァァァァァァッ!」
──俯くな、前を向け。嘘でもいいから。
そこで止まっていたら、お前は俺みたいになるぞ。だから、頼む。立ち上がれ。俺のぬいぐるみにおける異世界生活の第一歩として、頼む。
「助けろォォォォォォォォォォォォォ!!」
────────────────────
──笑わないで。
純白のテーブルクロスに彩られた長テーブルを囲うように、豪奢な服装に身を包んだ少年達と、家長であろう落ち着いた雰囲気の有る年配の老躯。右手に席を置くブロンドの長髪を流す切れ長の目付きの鋭い女。
──私のお母さんはすごいのに。
長テーブルの末端に席を置く栗毛色のショートカットの少女は、味がしない豪華な食事を口に運びながら、少年達の会話を聞き流している。
──私は、駄目な子なの?
家族の団欒、というには特に異論も無い光景。だが栗毛の少女だけは一言も発せず、また反応も希薄だ。
──なんで私、ここに居るの?
冷たく見下げる様なブロンドの女の目線。思い思いに今日の出来事を笑い話に変える少年達。
──私には、なんにも──無い。
自分は彼らと共に笑い合える立場に無い。この場に居ずらさをすごく感じる。しかし、席を外す術も、この家を飛び出す勇気も無い。変えられない。自分の意思の程度は、所詮それくらい。
──
それは期待なのか、血縁の性なのか。いっそ突き放してくれた方が楽なのに、現実はいつでもねちっこい。誰しもこうであった方が良いと思っていても、みてくれ、世間体というものか。世論の縛るものが人々を苦しめる。本当はみんなわかっているはずなのに。
──私は必要ない。だって、私自身がそう思うもの。なのに、なんで?お父様……。
ちょびちょびとスープを啜る栗毛の少女は、そっと見やった視線の先、重く重く眼光に重力を乗せて自分を射抜く父親の目付きを見て、ハッと目を逸らす。
──ごめんなさい、ごめんなさい……。
まだほんの短い、それでも常人よりは横に張る長耳で、栗毛色のショートカットの髪の少女、フェリシアは、啜りきったスープの味がスプーンの鉄の味になるまで固まって動けない。
ガリッ、と歯に当たった気味の悪い金属の感触に、フェリシアは自分がここに存在している実感を得た。
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