電脳少女と喪失少年の存在証明
七咲リンドウ
恋するAIはかくありなん
【プロローグ】
恋するAIはかくありなん
ひらりひらりと舞う雪が、夕日に陰って地に落ちる。
曇天と同じ鈍色のコンクリートが、のっぺりとした黒に染まっていく。
九階建ての集合住宅、天ノ川マンションA棟の屋上公園には、自分の熱だけで一杯一杯になっていそうな少年と、ボディラインが完全に隠れてしまうほど着ぶくれした少女――初々しく向き合う二人だけの空間が広がっていた。
蔓延する空気は初々しさに反して冷気と一緒にぴんと張り詰めている。
少女は真っ赤な夕日を背に、白い溜息を吐いた。憂いを帯びた笑みは揺るがない。
少年は耳まで夕焼け色に染め、目を逸らし、口を閉じたり開けたりと忙しない。
少年は少女の顔を見ては奥のベンチに目を逸らし、少女の顔を見ては背後のヘリポートに目を逸らし、そして、その奥にある唯一の出入り口を思い出したように、少女へと目を逸らす。
(たった一言、嘘偽りなく思っていることを伝えるだけなのに、呂律が上手く回らない)
吹き荒ぶ風に煽られて少年のマフラーがはためく。
少女のボブヘアが揺れる。
牡丹雪が一つ、少女の瞼を叩く。
熱と瞬きに溶かされて雪が色を失ったそのとき、拳をきつく握った少年が恐る恐る、しかし風の音に負けじと声を押し出した。
「俺、お前のこと、ずっと前から好きだった。もう、ただの幼馴染じゃ嫌なんだ。だから、その、さ、俺と、良かったら、俺と……俺と、付き合ってくれ!」
(もっと気の利いた台詞も考えた。イメトレにも不足はなかった。やっとの思いで出てきたのはフィルターを通してドリップされた雑味の混じった一番大切な部分だけだった)
少女は丸くした瞳を一層瞬かせた。大きく息を吸って、長いまつげの下に柔らかな放物線が浮かぶ。飲み込んだ言葉の代わりに噛み締めた唇の端から蒸気が上がる。瞼の上で雪を蕩かした熱は両目に至り、高い鼻の脇を通って形の良い顎の咲から雪だったものの余剰が落ちる。冷めきったコンクリートに熱い鈍色がこびり付いた。
「……ごめん、なさい」
吹雪よりも早く、稲妻の如く、陸上の世界記録も目じゃない速度で、少女は少年の脇を抜けて出口に駆けた。二人の間に、静電気では説明のつかない激しい電気信号が駆け巡る。
少女の足跡と一緒に残された少年は一人、行き場を失った手から熱が失われるのも構わずに拳を握り締める。食い縛った歯の隙間から漏れる声にならない声を吐息に変えて、息が詰まるまで空に向けて吐き出し続けた。
屋上の鉄扉の閉まる音が虚しく、少年の背を叩いた。
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