弟と美人
篝
弟と美人
「――お前、顔だけはいいんだから。俺の傍でお飾りをしているのが一番いいだろ」
そう自分に言い放ったのは、二歳下の実の弟だった。
顔はいい。
顔だけはいい。
顔はとても優秀なのに。
顔は芸能界でも通用しそうなのに。
顔は。
顔は。
顔は――。
いつからだろう。
昔は、本当に幼いときや小学校。その頃までは容姿が整っていれば、大抵の大人に褒められていた気がする。
可愛いという褒め言葉は勿論、美人だ、芸能界に入れるべきだ、他にも何だか様々な褒め言葉や、一部嫉妬の言葉を受け止めてきた幼少期だったはずだ。
それが、いつからかこうなってしまった。いや、もうその欠陥は隠せていなかった。そもそも、隠すという脳がなかった。その考えには至らなかった。
弟の優秀さが学校外の賞や大会でも、目立つようになった。
それはもう、小学校の低学年の頃には頭角をあらわし、神童などという言葉を近所や学校のみならず、本当に外部から取材が来るレベルに優秀だった。
美術だけは壊滅的なれど、以外のことの大抵はサラッと弟はやってのける。
自分も顔だけと言われたけれど、身長はまぁまぁにあり、肉が少ないとは言われども、顔ほどは褒められないにしても、悪く言われる程ではないと思う。
それに対して弟は、美人という称号は得なかったものの、適度にバランスが整った顔に、表情や仕草はその知性、優秀さがにじみ出る。筋肉も適度にはついており、身長もまぁまぁには高い方で。
それでモテないほうがおかしいだろう。
年齢の差はあれど、自分が一人と付き合うまでに、何人の女の子の話を聞いてきただろうか。
でも結局は価値観の違いであまり長続きはしなかったらしい。でもそれはどれもお互いのことを考えてというところでいつも結末を持って行き、どれも険悪な別れでは無かったらしい。
でもそれも本人から話を聞いたわけじゃない。
友人や家族からの会話や風の噂。たまに当時の彼女から話しかけられてというほどだ。
だから、自分が情けない失敗をどこかでやらかしていても、弟の知り合いの人脈が助けてくれる。そのヘマが誰かに影響を与える前に、その手が差し伸べられるくらいに。
「……あの、さ」
「何」
「訊いてもいい」
「俺が答えられることなら」
この前、本当にすれ違いざまに小さな声で嫌みを言われた。
心当たりならある。直接自分がその彼に何かをしたわけではないが、比較対象にされたのだ。
彼が慕う、先生に。
「いや……。こっちのさ、クラスメイトが急すぎるくらいに転校することになってさ。何か、知らない?」
「それをなんで俺に訊く?」
「え……、いや……その? えっと……、あ、ほら! あの、どっちもあの背が高い先生の授業とってたと思ったからさ、何か聞いてるかなーって。こっちはその授業選択してないし……」
「ふぅん」
弟は焦る自分とは対照的に、とてもドライな声で応える。
「まぁあのノッポ先生の授業は受けてるけどさぁ、学年違うし」
「そ、そそそ、そうだよね! ごめんね!」
「謝る必要はないと思うけど」
「いや……、ね? 変なこと聞いたかなって」
「べつに、俺が困る話じゃないし」
弟はそう言いながら、こちらにゆっくり近づいてくる。
悪いことをしたわけではないのに、なんで自分は少し身体を強ばらせているのだろう。
「それより」
伸びてきた指が目元に触れる。
反射で目を瞑ったが、それは目元にあった睫毛を拭うためなだけであった。
「顔色悪すぎ。目擦りすぎ。また睫毛眼球に刺さって痛い思いするぞ、長いんだから」
「ごめん、ありがと……」
「寝れてない?」
「ちょっと眠りが浅いかなってくらいだよ」
「……確か、彼女から貰ったハーブティーがあるはずだ」
また、いつの間に次の彼女が出来ていたんだろう。
そういうのはいつも、報告してくれない。
「熱いぞ」
「ありがとう。でもいいの? 彼女から貰ったやつでしょ」
「よかったら家族にもって言われたんだよ。体裁かもしれないけど。前に家で飲ませてもらって褒めたらさ」
「……そっか」
「安眠に効くかまでは知らんが、リラックス効果があるらしい。まぁ、有効に飲んだ方が一番正しいだろ」
言葉にトゲがあることは否めないけど、こういうのがモテるんだなぁとはつくづく思う。
それに対して、自分は。
「で? その転校の奴が不眠の原因?」
「それもゼロじゃないけど、まぁ、色々ありますよ」
「……あっそ。でもどうせまたなんとかなるんだろ」
「そうだと良いんだけどさ」
「だって、人には恵まれているんだろ」
「そうなんだけどさぁ!」
いつもそうやって小馬鹿にされる。でもそれが自分のポジションとして不満ではなくて。
年上だからって年齢分が優秀なわけでもない。学生での二学年は確かに大きいけれど。
成人して社会に出たら、年下の上司、年上の部下。学生でありながら社長。
そして弟は、海外で何だか難しい名前の、大きな賞をとる人物になっていた。
○
「マナーは完璧だろうな」
「完璧かどうかは分からないけど、教室行ってたたき込んでは貰ったよ」
「じゃああとは堂々として笑ってりゃあ十分だ」
「それって失礼じゃない?」
「微笑んどけって言ってんだよ。俺はそんな人が良さそうな笑い方は出来ないからな」
「そうかなぁ」
弟に、秘書になれと言われたから仕事をやめた。
とくにお思い入れもなかったから、その誘いにすぐにのった。
一応営業の端くれとして色んなところをまわったけど、交渉なりは本当にへたくそで、いつもお飾りとして連れ歩かれた。
でも確かに、それくらいしか出来ることもなかった。
「秘書になるって言ったって、大したこと出来ないと思うよ」
「大丈夫、そんなに求めてない」
「非道いなぁ」
スーツ何て何年も着てきたのに、こんなに緊張して袖を通す理由は値段のせいもあるだろう。
お偉いさんたちがいるところで、くたびれた物なんで着るなと用意されたのは、生活していれば一般人でも耳に入るブランドのものだった。
「壇上で少し喋るが、あとはまぁ挨拶しながらの立食パーティーだ。原稿も体として持っているが、頭に入ってる」
「わかった」
「顔お披露目の新人秘書ってのは間違いないわけだし、まぁ、失礼のないようにだけな」
言葉は相変わらす昔からキツい。
それは数年間会っていない空白があった今でも変わらない。
でも、大人になったからだろうか。年齢も、精神もそうなったからだろうか。
さっきの言葉に、安堵の笑みが混じっているように見えたのは、気のせいだろうか。
「俺より主役級華やかさだな」
「用意されたものを着ただけだって」
「ああ。それでいい」
――だってそれが、ずっと夢だったんだから。
「何か言った?」
「声に出てたか?」
「いや、何か見られていたような気がして」
「見られることは慣れているだろ」
「あー……、もう言わないでよ。また眠れなくなる」
「また俺が、今度は極上のハーブティーを買ってきてやるよ」
「懐かしいね、それ」
自宅などへお迎えに来てくれるものはタクシーではなく、ハイヤーと言うらしい。
免許ならこれでも一応持っているし、運転も嫌いな方ではないけど、このほうが楽だし格好もつくだろうとそれにされた。
「離れている間に成長したとこもちょっと見せたかったんだけど」
「運転のことか」
「一応無事故無違反!」
「ハイヤー来たぞ」
「……」
「……お前、顔だけはいいんだから。俺の傍でお飾りをしているのが一番いいだろ」
「……はい」
その車はとてもスマートに現れ、我ら迎え入れるためにドアを開ける。
「でもパーティとか嫌いそうなのに」
「機嫌がいいって?」
「うん」
「まぁ、せいぜい他の参加者に言い寄られないように自分でも自衛しろよ。俺も守ってやるけど」
「それ、メインのキミが言う?」
「言うさ」
――だって、俺の兄は世界一美人なのだから。
ずっとずっとずっとずっと所有したかった。
べつに恋愛感情とかそういうものじゃない。
ただただ他人のものにするのが嫌で、俺の手元に置いておきたくて。
でも普通、兄をそんな風に出来ることなんて基本ないと思う。
そう思いつつ、俺は幸い頭脳に恵まれていた。自分でいうのも何だが、頭がいい。
それは勉学的にもそうだが、人に対することも何故か正解が分かる。どう動き、どう話せばそれが正解なのか。
だからそれで俺は勉学から獲得出来る実力、賞、地位。それでけでは足りない人脈。可能な限り俺は自分を高めた。
兄はとにかく顔がいい。それは性別という枠組みで定義するのが馬鹿げていると本気で思うほどだ。
幼い頃からそれは実の弟である俺でさえ理解して、それは何年経っても思いは変わらない。否、むしろ拗らせていると言っても過言では無い。
いくらどんなに監視や盗聴のものを仕掛けて置いても、海外に行っていた時間はもどかしかった。
どこかで変な勘の良さがあったから、それで不眠を一瞬考えられたが、安眠を促し、おばけとかなんかじゃないの? とかと言って誤魔化せば、兄の顔色は戻る。
だから心配なんだ、本当はあの会社に勤めさせるのも嫌だったんだ。
でもまぁあの社長は信用出来る。だからあそこに兄を置いたのだから。
兄に暴言を吐いたアイツを黙らせてくれたんだ、今でもとても感謝をしている。
「――さて、兄さんをお披露目に行きますか」
「違うって! 主役は……っ!」
囲えないのなら、俺の隣に置いて自慢してやればいい。
俺の兄さんだ、俺だけの兄さんだ。
褒めろ、綺麗だろう。美人だろう。本人ではなく、俺が悦ぶ。最高だ。
ポンコツでも問題ない、全部俺が解決してやる。
これからはずっと、傍に。
自慢の兄は、俺の隣に――。
弟と美人 篝 @kagari_kazari
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