4-8「狙い」
事の次第を整理するとこういうことだ。
誘拐犯は十一月二十一日の滑志田文代死去後、瓢家に遺産相続権があることを知ってしまう。どうしても遺産を渡したくない滑志田家の人間の誰かは、どうにかして当日に『瓢やよい=益子美紗』が訪れることを阻止したかった。
瓢やよいが遺産相続の場にやって来る意思があるのか。その調査の為に益子美紗のストーキングを始める。事前に知り得た情報は、瓢やよいが益子美紗という名前で働いているということだけだった。そして尾行しているうちに、自然と刷り込まれていく。
瓢やよい……もとい益子美紗は、キャスケット帽を被りシックな服装を身にまとった、男性っぽい人物である、と。
「でも、だからといって監禁だなんて……」柴乃さんが呟く。
「でも犯人はおそらく、遺産相続が済んだら解放するつもりだったと思いますよ」私はその呟きにそう答えた。
「香織は電話で、お腹が空いたので冷蔵庫に入っていた食べ物を食べてるって応えてくれた。あれは監禁状態でも飢えないよう、誘拐犯がわざわざ用意した食べ物だと思います」
「殺害あるいは……さらに危害を加える目的は無いという事か」
「冷蔵庫が機能していたり、電話線が繋がっていたり……。きちんと電気代や電話回線の料金が支払われてるこのログハウスに監禁するメリットって、誘拐後に危害を加える目的があったらないんですよね。むしろここで一日過ごしてもらうのが目的だったんじゃないかなと。あくまで目的は遺産相続の場に来させないこと。誘拐して身代金を要求したいわけでもない、かといって殺したりするつもりもない。そういう意味では、一日くらい平気で生活できる環境であるこのログハウスが丁度良いわけです」
今回滑志田家の所有するログハウスであることが分かったのは、『偶然』誘拐された場所が山だと香織が伝えることができたこと、『偶然』誘拐される際に益子美紗の名前が出たこと、『偶然』益子美紗が誘拐される心当たりがあったこと、『偶然』そこが山であると確証に至れる幻聴の謎を安達友久が知っていたこと、『偶然』誘拐場所から最も近い山を鳴瀬小夜子が知っていたこと、『偶然』犬養柴乃が滑志田家のログハウスを知っていたこと……。いくつもの偶然が折り重なって生まれたものである。
「犯人の狙いとしては、明日の遺産相続の日に顔が出ないようにして、ほとぼりさめたら解放するつもりだったんでしょう。場所が特定されないようにスマートフォンを他の荷物ごと盗んだのは良いんですけど……詰めが甘いですよね」
「山なら不動産登記簿謄本から割り出せるからなあ……。犯人はそういう、不動産の知識に明るくない?」
「たぶん。なので滑志田家の人間でも、そういう重要な書類を見たことがない人なんじゃないかな……と。あ、ついでに言うと、益子さんに脅迫電話をかけた相手は、この誘拐事件の人物とはまた違うと思います」
「ほう?」
「香織が車内で聞いた『益子美紗』『偽名』という断片的なキーワードはおそらく、『益子美紗なんて偽名を使いやがって』だと思うんですけど、つい最近掛かってきた電話はあくまで『瓢やよい』を相手に電話していて、益子さんからきちんと『ペンネーム』であることをその際に伝えているにも関わらず、偽名という単語が出てくるのは、同一人物だとすると不自然かなと」
いずれにせよ、滑志田という家には、瓢家の来訪をどうしても阻止したい人間が複数人いるということだ。どうしてそこまでするのかは、今は流石に分からない。
「さて……、まあここで喋っていても仕方がないな……。この件は一度きちんと警察に連絡しておこう。それと……、滑志田家にも釘を刺しておかないとな」
そのとき益子美紗ははじめて冷徹な表情を見せた。
結局香織の荷物は付近からは出て来なかった。誘拐犯がその手で持ち帰ってしまったのかもしれない。益子美紗の連絡でミニパトがログハウスの近くまでやって来る。通報後ひとまず勝手に行動におこした我々は、その危険な行為を咎められたが、ログハウスの鍵を壊してしまったことは大目に見てもらえた。
滑志田家の連絡先は私たちは知らないため、調書を取るために一度警察署まで香織を連れていき、事情聴取は午前に香織が誘拐されたタイミングから現在までの出来事をそっくりそのまま伝えた。そうして時刻は、夕方を過ぎるのだった。
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