#3-5

「新装開店」とノワールは呆然と青猫レストランの表に出された看板を眺めていた。「そうよ」とオペラは微笑む。日頃世話になっているオペラの顔を立てて、コパンも今日は休戦だと、ノワールが店の前に顔を出すことを一日だけ特別に許したのだった。

「店の改装をしたいから、誰か手伝ってくれって言ったら、この小娘が、いの一番にやってきてさ。オペラならうちの店のお得意様だし、まあ任せてやっても良いって思って、いろいろ相談してただけだよ。ノワールが思うような馬鹿なことは、一切ないから安心しろ」

 コパンの説明を聞いて、ノワールはがっくりと思い切り脱力した。「ノワール?」とオペラが彼の名を呼ぶと、ノワールは「ああ、いや……」と前髪を掻き上げて苦笑する。「すっごく安心した。コパンの説明で安心したっていうのが、ものっすごく嫌だけど」

「俺も、ある意味安心したからな。お互い様だ、だってお前がオペラの婚約者だっていうなら、シアメーセからは完全に手を引いたっていうことだもんな」

 ぼそぼそとノワールが、「シアメーセから手を引くもなにも、そもそも俺はシアメーセに興味が……」とコパンに向かって呟くと、コパンは「なにを言う! シアメーセとデートを三回、うち二回手を繋いで一回は抱きしめあっていたくせに!」

「えっ、なに、こわい」とノワールもさすがにコパンに身をすくめる。庇うように両腕を胴体に巻き付けたノワールの様子を気にするよりも、オペラからしてみれば、コパンの言った内容が事件だった。「なんですって? シアメーセさんとノワールが?」

「あれ、きいてない? この獣は嫌がるシアメーセに無理やり――」と言葉を続けるコパンに、ノワールは慌てて割って入る。「なにを言うんだ! シアメーセが、嫌がる俺に無理やり、だよ!」

 ノワールとコパンが、ノワールとシアメーセのどちらが先か、どちらが嫌がっていたかでもめているのを眺めているオペラの視線がとがっていることに気が付き、ノワールは我知らず背中に冷や汗をかきながら、恐る恐る、「……お嬢さん?」

「そんな話、きいたことないわ。何の関係もないって、言っていたのに」

 オペラが視線を逸らし頬を膨らませているのを見て、「怒っている?」とノワールが怖々たずねた。オペラは目線をノワールに合わせないまま、「別に」と短く答える。

「私、帰るわ、シュヴァルツ伯爵。さようなら」

「まって! さようならって、まさか、オペラ!?」

 コパンとノワールに背を向けさっさと去っていくオペラの小さな背中を、ノワールは追いかける。その背に縋りつくように肩を引き、「待って、誤解だから!」と慌てふためくノワールが思ったよりも、振り向いたオペラはどこか嬉しそうにも見えた。

「オペラ?」と、訝しんだノワールがオペラを呼ぶ。オペラはわらって、「あなたが言い訳するってことは、本当になんにもなかったのね」

「へ?」

「ずっとオペラって呼んで頂戴ね、ノワール」

 オペラが呟いた言葉に、ノワールは我が耳を疑う。「……へ?」と再び訊き返して、オペラが耳を真っ赤にして顔を反らしたのを目で追い、ノワールは慌てて「どういう意味、それ、お嬢さん」

「オペラ」とオペラがノワールの「お嬢さん」という呼び方を訂正する。それを口真似るように「……オペラ」とノワールは繰り返して、それからやっと言葉の意味を理解し、顔を真っ赤に染め上げた。

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