第22話 俺様と王子様


 持っていた荷物を横に置き、椅子に腰かける。昼食をとるためパーラーに着いた時には、時刻はすでに昼の一時をまわっていた。


 そろそろ昼食にしないかと声を掛け、ちょっと待ってと言われてからここに来るまで随分と時間がかかった。

 置かれた荷物に目をやると、さっき宮部さんがどっちにしようかと迷っていたストールもある。結局買ったみたいだけど、果たして僕の意見が反映されたのかはわからない。色を見ても、さっき自分がどっちを選んだかなんて覚えていない。


 それぞれが思い思いの品を注文し、料理が出来るのを待っていると、角野さんが春香ちゃんに質問していた。


「それで、その服を見せたい男の子ってどんな子なの?」


 角野さんの手にはペンとメモ帳が握られていて、気合十分に聞いている。そのまま漫画のネタにされるかもしれないから答えには気をつけた方が良いよ。

 春香ちゃんもさすがに恥ずかしそうだったけど、少しずつ語り始めた。


「普段は意地悪してきたり、からかってきたりすることもあるんですけど……」

「それで!」


 女の子にとって、ファッションの話と恋の話は鉄板だ。いつの間にか他のみんなも、興味を持って耳を傾けている。


「でも意外と世話好きで、私が困った時には助けてくれたりして、気がつけば好きになってたって感じで」

「ほへへ、ほへへ!」


 白鳥先輩が、いつの間にか一人食事を始めていて、口に物を入れたまま喋っている。たぶん今のは『それで、それで』と言ったのだろう。


「部長、食べながら喋らないで下さい。それに、カレーうどんの汁を飛ばさない」


 せっかくの服が汚れてしまう。白鳥先輩の囚人服なら、多少汚れた所でどうってことなさそうだけど。

 そうしている間にも、角野先輩は熱心にメモを取りながら取材を続けている。春香ちゃんも慣れてきたのか、だんだんと受け答えに熱が入ってきた。


「俺様系の子がふとした時に見せる優しさにキュンときたってこと?」

「そう、そんな感じです!」

「そうかー。やっぱり俺様系はいいよね」


 二人の俺様男子押しに田辺さんも同意してくる。だけど宮部さんは、それを聞いて何だか難しい顔をしていた。


「俺様系か、私はちょっと分からないな」

「えぇーっ。いいじゃん俺様男子」


 宮部さんの意見がお気に召さなかったのか、角野さん達は不満の声を漏らした。だけど宮部さんも譲る気はないらしい。


「もちろん、その子がどうってわけじゃないよ。でも漫画とかに出てくる俺様系ってけっこう嫌なことも言ってくるし、私は好きになれないな。どっちかって言うと王子系が好き」

「わかるなーそれ。俺様って強引で自由気ままで周りを振り回すイメージでしょ。それが皆悪いってわけじゃないけど、度が過ぎるのも考え物だよねー」


 これは白鳥先輩の意見。なるほど、同族嫌悪というやつか。


「これで、俺様派と王子様派は三対二か。あと意見を言っていないのは……」


 白鳥先輩の目が、僕と勝彦の二人に向けられる。え、これって僕達も答えなきゃいけないの?


「ねー、二人は王子系と俺様系どっちが良い?」


 そんなことを男に聞かれても困る。予想通り、勝彦も困り顔だ。


「俺はどうでもいいっす。だいたい何ですか?王子とか俺様とかって」


 そっか、そこから分かってないのか。まあ僕も少し前まで知らなかったからね。説明しておいた方が良さそうだ。


「王子や俺様っていうのは少女マンガに多く出てくる男の子のタイプだよ。王子は主に爽やかで誰にでも優しい。俺様は自己中心的なところがあるけど、たまに見せる優しいところとのギャップが売りなんだ」

「へぇ、そうなんすか。って、なんで先輩がそんなに詳しいんですか?」

「最近少女マンガを借りて読む機会が多くて」


 主に家庭科部に行くようになってからね。


「先輩、錦商業に行って変わりましたね。何か女子力ついてないですか?」


 とうとう勝彦にまで言われた。まあ少女漫画の解説をした以上強く否定はできないけど、そんなに高くない。


「それで、工藤君は王子と俺様どっちが好き?」

「どっちって言われても、それはどっちでも良いです」


 そう言ったとたん、女子全員が一斉に不満の声を漏らした。


「どっちでも良いだなんて、まだまだ少女漫画への理解が足りないな。今度お勧めの貸してあげるから、それ読んで勉強すると良いよ」

「兄貴も。王子や俺様すら知らないだなんて、妹として恥ずかしい」

「俺そんなに悪いことしたか? 男が少女漫画知らなくて何が悪い」


 勝彦の意見には僕も同意だけど口には出さない。だって無駄だから。勝彦はそんな事を言ったものだから、みんなから攻め立てられてライフポイントがどんどん減っていってるよ。


「先輩、俺もう帰っていいですか?いても役に立たないし、飯すら落ち着いて食えないし……」


 とうとう僕に泣きついてきた。だけど何てことを言うんだ。今、勝彦に帰られたら男は僕一人になってしまうじゃないか。


「勝彦。もし一人で逃げる、いや帰ろうものなら……」


 何としても逃がすまいと思い、そう言って凄む。それには勝彦もびっくりしたようだけど、この状況で男一人になるのは心細いんだ。


「何すか? 暴力はダメですよ」

「そんなことしないよ。ただ勝彦のスマホの番号をネットに無差別に拡散させる」

「何言ってるんですか?そんなことしたら知らない人から電話かかって来まくりじゃないですか。犯罪ですよそれ」

「もちろん冗談に決まっているじゃないか。さっき勝彦が帰ろうって言ったのも、もちろん冗談だよね?」

「…………はい」


 良かった。帰るだなんて、やっぱり冗談だったみたいだ。びっくりしたな。

 僕達がこんな事を放している間に、女子達の王子俺様談義は、終わるどころか益々ヒートアップしていた。

 それぞれが王子や俺様の良い所を言い合っているけど、もう全く付いていけない。


「今のうちにしっかり食事とっておいた方が良い。この後も買い物は続くんだから」

「野球部より疲れる」


 そう言った勝彦は、死んだ魚のような眼をしていた。

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