第21話 買い物開始


 一夜明けた日曜日の朝、僕は再び岡村家を訪れていた。家の中に上がらせてもらうと、勝彦が春香ちゃんの部屋の前で待機していた。


「おはようございます。すみませんね、こんな馬鹿らしいことに時間とらせて」

「いいよ、どうせ暇だし。ところで、肝心の春香ちゃんは?」

「まだ準備中です。アイツ、時間かかりすぎなんすよ」


 まあ女の子はそんなもんだよね。服を買いに行くための服選びに時間をかけるなんて僕にはちょっと理解できないけど。それでも、今日は『グエーッ』とかいう声が聞こえてこないあたり、昨日ほどは迷ってはいないようだ。


「俺、前から思っているんですけど、時間かかるの分かってるんだから、もっと早く準備すればいいのに。どうして学習しないんだろう?」


 勝彦がそう言ったとたん勢いよくドアが開いて、出てきた春香ちゃんが勝彦をぶん殴った。

 なんだか昨日も見たなこんな光景。


「五月蠅い。時間なんていくらあっても足りなくなるの! あっ、先輩。おはようございます」


 そう言った春香ちゃんは、淡い色合いの薄手のセーターにキュロットパンツといった、いかにも春らしい格好でなかなか似合っていると思う。と言うか、当日着ていく服もこれで良いのに。ちなみに僕と勝彦は、特に何のこだわりもない、いたって普通の格好だ。


 

 それから二人を連れて、待ち合わせ場所になっている駅へ急ぐ。到着すると、宮部さんと田辺さん、それに白鳥先輩と角野先輩の合計四人が待っていた。

 家庭科部は全部で六人だから、実にその三分の二が来てくれたことになる。嬉しいけど、なんだか大事になってきた気がする。


「おはよう。この子が春香ちゃん?」


 真っ先に声をかけてきてくれたのは宮部さんだ。春香ちゃんも、昨日電話で話していた相手だと分かったみたいで、僕が改めて紹介する前に自分から挨拶をしていた。


「わざわざ休みの日にごめんね。田辺さんや先輩たちも、今日はよろしくお願いします」

「良いって良いって。私もちょうど、自分用の新しい服欲しかったから」

「可愛い後輩の頼みだもの。部長として一肌脱ぐよ」

「春香ちゃん。よかったら、後で相手の男の子との馴れ初めを教えて」

 

 最期のセリフは角野先輩のものだ。やっぱりまだ漫画のネタに行き詰っているらしく、はコーデよりも春香ちゃんの恋愛の方に興味があるみたいだ。


 それにしても、 集まってくれた家庭科部の面々を見ると、何だかみんなオシャレな格好をしている気がする。ファッションについてのアドバイスという目的が目的なだけに、みんなそれぞれ自分の服装にも気を使っているのかもしれない。

 そんな中白鳥先輩だけが、ただ一人極端に異彩を放っていた。


「あの、それって先輩の私服ですよね?」

「そうだよ。気合い入れて選んできたんだから」



 そう胸を張ってアピールした彼女の服は、一言で言うと、まるでコントに出てくる囚人のそれだった。上下ともに、白と黒の太い横縞になっているアレだ。あとは、足に鉄球さえついていれば完璧だ。


(まあいいか。他の三人に期待しよう)


 僕がそう思っていると、横でみんなを見ていた勝彦がぼそっと呟いた。


「俺、自己紹介もまだなんですけど、いいんですか?」

「ごめん。後でちゃんと紹介するから」


 蚊帳の外なのは勝彦だけでなく僕も同じだ。この中で全員と面識があるのは僕だけなんだから、上手くまとめなきゃと思っていたけど無理っぽい。ここは、女の子同士仲良くなってもらった方が良いだろう。

 それにしてもずいぶんと話が弾んでいるようで、一向にこの場から動こうとする気配がない。


「みんな、そろそろ行かない?」


 僕が声をかけると、彼女達は思い出したように話すのをやめ、僕等はようやく出発することができた。










 僕らが向かったのは、この辺りで最も大きいショッピングセンター。服屋もたくさん入っているし、ここなら満足いく服も見つかるだろうと。そう思っていた。

 だけど一口に良い服と言っても、何を持ってそれを決めるかは人それぞれだ。


「ボーイッシュな感じで決めるのが良いよ」

「今回は男の子受けしないとだめなんでしょ。それならズボンよりスカートでしょ」

「私、フリルが好き!」

「いっそ全部試着しちゃえば。着るだけならタダなんだし」


 意見が飛び交いすぎてなかなか決まらない。三人寄れば文殊の知恵と言うけど、女が三人寄れば姦しい。それが今回は五人もいるのだから、こうなるのも当然か。


 春香ちゃんの服を選ぶだけでなく、みんな自分が気に入った服もいくつか手に取って見ている。こうなると、僕等男二人ができることはただ一つだ。


「荷物持とうか?」

「え、いいの。ありがとう」


 これくらいなら大した量じゃない。今後どれだけ増えていくかはわからないけど。

 おまけに服だけでなくメイクや小物にまで話が移り始めているから、これは当分終わりそうにないな。


「いつまで続くんですかね、これ。メイクとか言ってるけど、さっぱりわかんねえ」


 勝彦は早くも疲れ気味だ。あれだけの女子のパワーを至近距離で受ければ疲れもするか。


「あれ、みんな錦商業の人なんですよね。俺、来月からあんな所に行くのか」

「大丈夫、すぐになれるよ」


 実際、僕も入ったばかりのころは圧倒されていたけど、すぐに慣れた。何ていうか、逆らうこと無く流される術を身につけたんだ。それが良いことなのかどうかはわからないけど、少なくともこうして荷物持ちするくらいなら何とも思わない。


「ねえ工藤君、この二つだったらどっちが良い?」


 宮部さんがそう言って手にしていたのは、二種類のストール。両方とも緑色に見えるけど、片方はライムグリーンで、もう片方はパステルグリーンだそうだ。確かに二つ並べたら違いもわかるだろうけど、単品で見ればどっちも似たようなものだ。

 でもそんなことを言ったらきっと怒られるだろうな。


「じゃあ……こっちかな」


 僕はそう言ってパステルグリーンを選んだ。あれ、それともこっちがライムグリーンだっけ?まあどっちでも良いか。


「そうかな、確かにこっちも悪くないけど。ああ、でもやっぱりこっちも良いし……」

「ねえねえ、こんなのどう?」


 迷っている途中で田辺さんに呼ばれて、ストールは二つとも棚に戻されてしまった。ほらね、どっちを選んでも同じだった。



「今の二つって、何が違ったんですかね?」

 一部始終を見ていた勝彦が言った。よかった、違いがわからないのは僕だけじゃなかった。


「そういや先輩知ってますか? 女の脳は男よりも色の違いに気づく能力が発達しているらしいですよ」

「なるほど。そもそもの造りから差があるんじゃ、分からなくても仕方がないな」


 二人そろってため息をつく。時計を見るともうお昼を回っている。そろそろ一度休憩したかった。まだまだ先は長そうだしね。

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