第14話 家庭科部に入らない?
後日、廊下を歩いていたところ、藤村先生に声をかけられた。思えばこの日が、先生が産休に入る前の最後の一日だった。
「聞いたわ。うちの家庭科部がお世話になったそうね。ありがとう」
「いえ、大したことはやっていません」
お礼を言ってもらっているところ悪いけど、これは謙遜でも何でもない。
結局、白鳥先輩のクッション作りはほんの少し手を貸しただけだったし、他にやった事と言えば。スマホで仕入れた情報をみんなに話したくらいだ。
だけど藤村先生は、笑ったまま話を続ける。
「あの子たちが家庭科部らしいことをしたのなんて、これが初めてだから嬉しくて。特に白鳥さん。あの子がクッションを作ったって聞いた時には驚いたわ」
「ああ、あの白鳥先輩ですか」
藤村先生もきっと手を焼かされたんだと、簡単に想像できてしまう。
それにしても、家庭科部は本当に部として認められているのだろうか。そもそも彼女達は、いったい何を思って家庭科部に入ったのだろう。
まあ、それはさておき……
「役に立てたなら良かったです。正直、あれで良かったのかって思っていましたから。僕はみんなが思っているほど、技術も知識もありませんし」
「そんなことないわ。よく家の手伝いをしたり、裁縫や編み物もやっているんでしょ。うちの部員達にも見習ってほしいくらいよ」
先生、いったい誰の話をしているんですか? どうやら僕の女子力、というか主婦力のハードルはまた上がってしまったようだ。しかも、とうとう生徒だけでなく先生にまで浸透し始めたか。
だけどそんな僕の心境とは裏腹に、先生はとても嬉しそうだ。
「これで安心して産休に入れるわ。工藤君、よかったら時々家庭科部を覗いてあげて」
「まあ、気が向いたら」
ここでいいえと答えられないのは、僕の押しの弱さのせいかもしれない。宮部さんからケーキ作りを頼まれた時も、そして今回の一件も、最初から断っていたらすんなり終わるはずだったからな。
だけど結果的に何とかなったんだし、こうして先生は喜んでくれたのだから、まあいいか。
さらにその日の放課後、僕は以前から疑問に思っていたことを宮部さんに聞いてみた。
「ねえ、家庭科部って、なんだかまともに活動してなかったみたいだけど、なんでみんな入部したの?」
「ああ、それね」
宮部さんは言い難そうにしているけど、大丈夫だよ。まともな答えが返ってこないというのは、なんとなく想像つくから。
「みんな、家庭科部なら手作りのお菓子が食べれると思って入ったみたい。でも、全員食べる専門で、肝心の作る人がいなかったのよ」
そう言う事か。作れる様になろうって発想にはならなかったんだね。何をやっているんだ家庭科部。
「あれ、でも宮部さんは、料理得意じゃないの?」
前にケーキを作った時、とても手際が良かった気がする。ケーキ作りはあの時が初めてだったにしても、料理は普通にできそうだ。
他のお菓子作りにしたって、その気になればきっとすぐに作れるようになるに違いない。
「確かに苦手じゃないんだけどね。私も最初は、手芸をしたり料理を作ったりしようと思ってたんだよ。でもみんながお喋りしているのを見てると、そっちの方が楽しく思えちゃって。ついそれに加わってるうちに、気が付けば……」
言ってて恥ずかしくなってきたのか、だんだんと声が小さくなっていく。朱に交われば赤くなるという事か。
確かにお喋りするのも楽しそうだけど、藤村先生は本当に苦労したんだろうな。前に、みんなが真面目に部活に取り組むのが一番のプレゼントだと思ったけど、どうやらそれは間違いじゃなかったようだ。
そこまで話した所で、急に宮部さんの声の調子が変わった。
「ところで工藤君」
「な、なに?」
それを聞いて、つい反射的に身構える。宮部さんがこういう声を出した時は、きまってケーキや服の作り方を教えてくれと頼まれた。今度は何だ?
「工藤くんって、今はどこの部活にも入ってないよね?」
「うん、そうだけど」
彼女の言う通り、僕は何の部活にも入っていない、所謂帰宅部ってやつだ。中学の頃は野球部に入っていたけど、この学校に野球部は無いと分かった時点で、それならどこにも入らなくてもいいやと思ったんだ。
でも、いったいそれがどうしたの?
「よかったら家庭科部に入らない」
「は?」
僕が家庭科部? 確かに藤村先生からもたまに覗いてほしいと言われたけれど、入部までは考えていなかった。だって――
「僕が家庭科部なんて無理だよ」
女子力のハードルが上がりまくった今、家庭科部に入ったりしたら、どれだけ期待の目で見られる事か。誤解は解きたいなとは思うけど、変な形でメッキが剥がれるのはごめんだ。
まあ、あの家庭科部のレベルなら、僕でも何とかなるかもしれないけど。
「みんなも、工藤君なら大歓迎だって言ってた。部長なんてお菓子を作ってもらえるって喜んでたんだよ」
「白鳥先輩のおやつ係になる気はないよ。だいたい、みんなが思っているようなのは作れないから」
「そう言わないで。他にもみんな、工藤君を弟にしたいとか、妹でも良いとか言ってるんだよ」
「それはむしろ僕にとってマイナスだよ! 弟ならまだしも妹って何? いったい誰がそんなこと言ったの?」
「えっと、田辺さん」
まさか同級生とは思わなかった。弟だの妹だの言うのなら、せめて先輩であってほしかった。同級生にこんなこと言われる男って何なのだろう。
「とにかく無理だから!」
そう言うと宮部さんはとても残念そうな顔をする。
でも仕方ないじゃないか。だいたい、今までのトラブルはなんとかなったけど、僕自身はほとんど何もやっていない。
「そっか。そんなにダメなら仕方ないね」
「うっ……」
だけど寂しそうな宮部さんを見ると、今さらながら罪悪感が出てきてしまう。
それにあの家庭科部を見ていると、自分はこのままでいいのかなと思ってしまう。女子力とかじゃなくて、生活力として最低限これくらいはできた方が良いというレベルに達していないのは、きっと僕も同じだろう。
「……やっぱり、ちょっと考えさせて」
色々考えて、結局出てきた答えは保留だった。だけどそれを聞いて、とたんに宮部さんの顔が明るくなる。
「うん。入りたいって思ったらいつでも言ってきてね。それに、見学だってOKだよ。他のみんなも、工藤君が来るの待ってるから」
だから、そうやってハードルをあげないで。迷っていた心が、また断る方向に傾きそうだから。
だけどいきなり入部は無理でも、見学くらいなら良いかもしれない。
「じゃあ、とりあえず見学だけでもしてみようかな。ところで、今日は何をするの?」
「とりあえず、お茶飲んでお菓子食べる。それだけかな」
「…………………」
つまり、何もしないってわけね。宮部さんなら、真面目に活動すればぐんぐんスキルも上がりそうなんだけどなあ。
でもまあ、いきなり何か作れって言われるより、僕にもその方がちょうどいいのかも。そんな事を思いながら、僕等は家庭科室に足を向けるのだった。
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