僕の女子力はそんなに高くない

無月兄

第1話 プロローグ

「はぁ……はぁ……」


 その日の僕、工藤透くどうとおるは、息を切らせながら教室の扉を開いた。時計を見ると、思った通り遅刻ギリギリだったけど、何とか間に合った。ホッとしながら席に着くと、友達がからかい交じりに声をかけてくる。


「どうした、今日はずいぶん遅かったじゃないか」

「ああ。こんな事なら、弁当をもっと手抜きにすればよかったよ」


 今朝起きると、いつもはとっくに起きているはずの母親が寝坊していた。起こすと慌てて朝食の準備をしてくれたけど、いつも用意してくれる弁当にまでは、とても手が回りそうにない。仕方なく、前の日の晩御飯の残りを弁当箱に詰めたのだけど、手際が悪くて思ったよりも時間がかかってしまった。そんな、しょうもない理由だ。


 だけどそれを聞いた友達からは、おかしな反応が返ってきた。


「そっか。お前、毎日自分で弁当作ってるんだよな。大変だな?」

「えっ?」


 確かに今日は自分で用意したけど、普段は全部母親任せだ。今日だって残り物を詰めただけで、作ったなんてとても言えない。


「いやいや、作ってなんかいないって――」


 そう言いかけたところで、始業開始のチャイムが鳴る。友達も自分の席に戻っていって、訂正することなく終わってしまった。


「もしかして、また誤解された?」


 気が付けば、思わずため息をついていた。と言うのも、『また』と言う言葉からも分かるように、こんな誤解をされたのは、一度や二度じゃなかったからだ。

 どういうわけか、僕は周りから家事が得意だと言う評価を、いや誤解を受けている。


 そこに至った理由は実に様々だ。


 家庭科の調理実習で、僕が分量を間違えて作ったスープがたまたま奇跡の味を出した。

 掃除の時間、先生に怒られるのが嫌で真面目にやっていた。同じ班の男子はみんな騒いでばっかりだったから、それと比べると特別熱心に見えた。

 手芸が趣味の祖母が作ったマフラーを付けて行ったら、自分で作ったものと勘違いされてしまった。何故かは知らない


 一つ一つは些細なことかもしれないけど、そういう事が何度も重なった結果、気が付いたら周りから家事が得意だと勘違いされてしまっていた。

 僕が、この錦商業高校に入学してから早八カ月。今では毎日弁当を作り、部屋は塵一つないくらいにキレイで、編み物の達人と言う事になっている。

 いや、全部事実無根だから。


 最初はそんなことを言われるたびに否定していたけど、それにしたって謙遜しているものと思われるからもう疲れた。

 勘違いされていたって、別に実害もないから特別不満があるわけじゃない。


 というわけで、僕は日に日に増していく自分の家事力を、あまり気にすることもなく、平穏な毎日を過ごしていた。


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