第458話 元気な男の子が!!

 「よしよし、立派に育つんだぞ」


 天気は晴れ.....などと今はどうでもいい。それよりも今を生きる皆様に朗報がある。どうか聞いてほしい。


 実は今、バイト野郎の腕の中には赤ちゃんが居る。


 赤ちゃんが居る(大切なことなので二回言いました)。


 赤ちゃんは腕の中で俺をじっと見上げながら、もっちりとした頬を揺らしている。


 「あぁ〜、ほんっと可愛いぃ〜」


 さて、先程の朗報だがお察しの通り、この赤ちゃんの誕生である。


 ふふ、実はこの子、俺の子なんだぜ?


 俺と誰の子だって?


 「凛さん、二人で一緒にこの子を立派に育てていきましょ――あいて?!」


 早朝からガチムチゴリラの拳骨を脳天に食らうバイト野郎であった。



*****



 「ばっか。俺と凛の子だろうが」

 「さーせん。それよりも、本当におめでとうございます」

 「あ、ありがとう、高橋君。今日でそれ8回目だよ」


 さて、勘違いされた方は多いのではないだろうか。


 紛れもなく俺の腕の中に居るのは赤ちゃんである。


 が、言うまでもなく、俺の子じゃない。


 達也さんと凛さんの子である。


 プレミア和馬さんは子作りの前に童貞を卒業しないとパパにはなれないのだ。


 「軽口叩いてすみませんが、赤ちゃん欲しいです。愛情を注ぎ込みたいです」

 「まずは童貞を卒業してからだな。精子を注ぎ込まんと何も始まらねぇ」

 「こら! 高橋君は聖職者を目指してるからできないの!」


 凛さん、別に僕は神父さんとか目指してません。


 卒業したくても卒業できないただの童貞です。......ぐすん。


 今日、早朝に西園寺家へバイトしにやってきた俺は、少し早めに来て家の中にお邪魔させてもらった。


 ちょうど赤ちゃんも目覚めた頃合いらしく、ミルクを飲ませ終えた時点でのバイト野郎参上である。


 もう来るのが少し早ければ、授乳場面を見れたかもしれない。


 凛さんのおっぱいを。


 「バイト君、血涙流れてるよ」

 「ああ、朝食のスクランブルエッグにケチャップを付けたので、そのせいでしょう」

 「どのせい?」


 決して悔し涙じゃない。断じて悔し涙ではないのだ。


 この場には俺と達也さん、凛さんの他に会長も居る。派遣猫と称されるゴロゴロ君も居るはずだが、この場には顔を出していない。


 そしてお察しの通り、例の如く当日深夜の呼び出しテレホンである。


 が、先週生まれた赤子の存在を知っては、憤怒も鎮まるというもの。


 凛さんはつい先日退院したので、その時は中村家だけではなく、西園寺家の親戚、ご近所さんとかなり盛大に祝ったからすごい騒ぎになった。


 産まれた子は元気な男の子である。名は“秋人あきと”。将来はこの子から“兄ちゃん”とか“和にい”と呼ばれたい。


 ......ああ、最近の俺が馬鹿みたいだ。西園寺家は大変な思いをしてたのに、俺は夏休みの間に3人目の彼女を作ってたんだからな。申し訳なくてしょうがないよ。セックスしたい。


 「で、健さんたちはまた?」

 「......ああ」

 「はは、困っちゃうよね」


 俺が達也さんと凛さんの二人に、健さんと陽子さんのことを聞いた。どうやら二人は今日も近所の家に行って、初孫の誕生を自慢しに回っているらしい。


 とんだ浮かれ祖父母である。


 「さて、少し早いが仕事しに行くか」

 「ええー。まだ時間じゃありませんよー」

 「め、珍しくゴネるな......」


 そりゃ俺が早く来たのはバイトの開始時間を早めるためじゃなくて、赤ちゃんと触れ合うためだもん。


 が、ストレートにそう言えないバイト野郎の心情は、西園寺家の力になりたいという気持ちが邪魔してのことだ。


 なので抱えていた赤ちゃんを凛さんに返し、バイトを開始できる意を達也さんに見せる。


 「そんなに赤ちゃんが欲しければ、付き合っている彼女たちに頼めば?」

 「うっ」


 会長からクリティカルヒットを食らった俺は言葉を返せなかった。


 また冗談でもそんなことを言ってきた会長だが、なんと彼女の目は全然笑っていなかった。目を細めてバイト野郎を睨んでいる気さえする。


 童貞は何か彼女の気に障ることでもしたのだろうか。


 「んなこと言われても無理ですよ......」

 「ふーん? 赤ちゃん欲しくないの?」

 「いや、それとこれとは別ですって。それに学生ですし」

 「言い訳は上手いよね」


 うるせ。


 「付き合っている彼女たちを“最初の相手”に選べないって言うのなら別れたら? そしたらワタシが相手してあげる」

 「はは、お戯れを」

 「......。」


 会長の冗談にはうんざりだぜ。


 そんな気は毛頭ないが、仮に中村家三姉妹と別れて会長と付き合っても、長続きしなさそう。


 別に会長が嫌いとか、相性最悪などと言いたい訳じゃない。交際経験過多の会長を童貞なんかが相手をするにはあまりにも経験不足というもの。


 彼氏として頼りなさを極めつつある俺など秒でお別れ宣言されるに違いない。


 例えば性行為時、息子を触れられただけで俺が果ててしまったら居た堪れない。きっと『つまらない』と罵られてエンガチョされるに決まってる。


 それに伴ってバイト野郎のED化も待ったなしだ。自信という自信を失くして、オスになれない自分を恥じるに違いない。


 「はいはい。秋人の前で下品なこと言ってないで仕事してきて。高橋君は仕事が早まった分、早く切り上げていいからね?」

 「了解です」

 「よっしゃ、二人とも行くぞー」

 「ワタシは秋人を愛でるという仕事が――」


 会長が言い終える前に、達也さんが会長の首根っこを掴んで引きずっていった。少し名残惜しいが、またバイトが終わってから来ればいいかと思って俺も二人の後に続く。


 ふむ、秋人君のこれからが楽しみだ。



*****



 「バイト君。片栗粉とお湯、トウモロコシが揃うと何が作れると思う?」

 「即席ローションと使い捨てディルドですね。たしかにコスパは優れていますが、おま○こを粗末に扱ってはいけません」

 「食材を粗末に扱うな」


 でもトウモロコシって絶対に刺激が強いと思うんですよ。げへへ。


 現在、バイト野郎、巨乳会長、そして健さんと達也さんの四人はトウモロコシ畑で収穫作業をしていた。トウモロコシの生る1株から1、2本収穫し、それを大きめの籠に並べながら積んでいく。


 収穫したトウモロコシの株はもう次に実が生ることはないから、勿体ないと思っても処分するしかない。


 1株1本。良質なトウモロコシの価値は基本的にそれで決まるのだ。


 「トウモロコシ、甘くて美味しいですよね」


 俺は収穫したトウモロコシを片手にそんなことを呟いた。


 手にしたトウモロコシはどう見ても粒が一粒一粒しっかりと膨らんでいて、真ん丸としている。先端から生えているヒゲもふさふさしていて茶色い。


 このずっしりとしたトウモロコシを収穫するのは意外と簡単で、下に向けてへし折るだけである。そこに技術など無い。


 ちなみにトウモロコシもソラマメ同様、おっきしたおち○ちんのように上を向いている。


 上向け棒状のモノの扱いで、俺の右に出る者は居ない。最近、オ○ニーレスだけど。


 「がはは! うちのトウモロコシはうめぇからな!」

 「トウモロコシは夏野菜のデザートだ!! 嫌いな奴はいねぇー!」

 「偶にトウモロコシのカスが歯に挟まるから嫌いなんだよね」


 おっと、農家の娘だからってどうのこうの言うつもりは無いけど、空気くらい読もうな。


 まぁ、下の口で美味しくいただけるのならなによりだが(笑)。


 「というか、会長。受験勉強しなくていいんですか?」

 「うん」

 「“うん”って......」


 さすが天才。......いや、家族思いと言うべきか。


 猛暑の中、外で作業するよりも部屋で勉強してた方が楽、と言いそうな彼女でも、今の凛さんの状況を知っては家族のために身を粉にして働く心意気だ。


 「それにワタシの成績なら“指定校推薦”という手段も選べるからね」

 「ああ、たしかに」

 「推薦枠獲れるなら、受験勉強を続ける意味無いし」


 “楽に”、は推薦枠獲れないと思う。推薦枠を狙っている大体の人は日頃から勉強して学校の定期試験に挑んでいるんだから。


 指定校推薦......おそらく俺も成績上位者に位置するだろうから、狙おうと思えば狙えるかな?


 一応、俺もそろそろ進路を真面目に考えなければならない高校二年生である。行きたい大学とか今のところ無いけど、そのうち見つかる志望校と我が校の推薦枠が合致していたら、受かったらいいな感覚で申し込んでみよ。


 ああ、でも仮に受験勉強に集中しないといけなくなると、農家バイトを今まで通り続けるのが難しくなってくるなぁ......。


 「へぇー。でも会長なら推薦枠以上の偏差値の高い大学狙えません?」

 「大学のレベルにはそこまで拘ってないかな。有意義な学生生活を送れるとこ探してる」


 「と、言いますと?」

 「比較的実家から近場だったり、面白そうなサークルがあるところ、とか?」


 なるほど。そういう選び方ね。俺も今のところ、そこまで高学歴を残したい思いは無いな。


 この歳から適当な人生を考えている自分が情けないよ。父と母にごめんなさい。童貞を卒業することが昨今の願いだから、高学歴とか二の次だよ。


 「あれ、でも今の時期だと、もう既に担任の先生と進路についてあれこれ決めている段階じゃありません?」

 「ん。先生からは『西園寺君ならどこでも狙えます』ってぞんざいに扱われたけど」

 「さ、さいですか......。ちなみにどこの大学を狙ってますか?」


 俺がそんなことを聞くと会長は作業を続ける手を止めて俺に向き直った。


 そしてにやりと、こちらを揶揄からかうような笑みを浮かべる。


 「もしかしてワタシが行く大学を狙ってる?」


 猛暑の中の作業だからか、少し頬を赤らめて、どこか期待するような眼差しを向けてくる彼女に、俺は思わずドキッとしてしまった。


 美女は本当にずるいなぁ、と思う今日此頃。


 バイト野郎が同じ仕草、言動をしたのならば、自意識過剰と一蹴されてお終いである。


 「......んな理由で決めるわけないでしょう」

 「はは。照れちゃって可愛いー」

 「て、照れてませんよ! 暑いからです!」

 「はいはい」


 俺、涼しい顔でセクハラはできるのに、こういうピュアなところ本当に格好悪いわ。


 ちなみに会長が志望する推薦校は葵さんと同じ大学とのこと。選んだ理由は葵さんというオモチャ先輩が居るかららしい。


 人のセフレをなんだと思ってるんだ、と言いたくなるが、俺も志望校はそこにしようと小さく決意してしまったので何も言えない。理由も会長と似ているから質が悪いことこの上ない。


 「あれ、大学名なんでしたっけ?」

 「“秘区秘区大学”」

 「......。」


 葵さんはそんな卑猥な名前の大学に通っているのか......。


 そんなこんなで俺らはトウモロコシを収穫していくのであった。

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