第363話 精神的苦痛と肉体的苦痛と恋愛的苦痛
「ったく。電話一本で即OK出したくせに、急に呼び出して拷問とは......。いったいどういうつもりなんですか?」
「あ、まだ小屋に石畳がもう一枚あったから持ってきて」
「マジでこれ以上は勘弁してください」
最近、石抱きの刑をしょっちゅう食らうんだよな......。慣れたもんだ。
でも追加でもう一枚積まれるのは堪ったもんじゃないのでやめてほしい。
天気は晴れ。今日一日中晴れていたからか、夜空には星や月が綺麗に浮かび上がっていた。そのせいか、放射冷却の仕組みで外は冷え込んでいる。
そんな中、バイトを辞めたはずの俺はわざわざ中村家に来て、なぜか秒で拷問へと導かれたのだ。
「あの、そろそろ説明してくれません? アルバイトを急に辞めたいと言ったのは謝ります。やはり段階を踏んで辞めていくべきでした」
俺は当然のことを目の前に居る鬼の形相をした雇い主に聞いた。怖ぇなおい。
まぁ、電話一本でバイト辞めますは雑だったよな。だからこうして中村家の皆に直接言おうと思って来たのに、なんの理由で拷問受けているのかすらわからない状況だよ。
「高橋ぃ! さっきも言ったがバイトを辞めても“父親”は辞めさせねぇからな!!」
「さっきも聞きましたが、なんの話ですか?」
「あくまでも認知しないってか!! 見損なったぞ!!」
「少なくとも罪状は知りたいです。受刑者として」
「まさか孕ませておさらばとは......山田君! 石畳10枚追加!!」
「笑えない番組になっちゃいます。足が煎餅になっちゃいます」
そろそろ脛の感覚が無くなってきたから解放してほしいんですけど......。
ちなみにこの場には俺ら以外にもちゃんと全員居る。俺は話が序盤から平行線な雇い主を他所に、比較的常識人である葵さんに事情を聞くことにした。
「葵さん、状況説明をお願いします」
「そ、それを聞きたいのは私の方だよ」
「はい?」
「いや、千沙のことだよ」
千沙? なんであいつが?
千沙は兄が拷問を受けているにも関わらず、まるでいつもの日常と言わんばかりにリビングのソファーの上で呑気にアイスを食べている。
こいつ正気か?
そういえば昨晩、千沙からL○NEのメッセージがホラーレベルで送られてきたな。あの3桁にも上る件数を目にしたからまともなコミュニケーションは出来ないだろうと思って無視しちゃったんだよね。
落ち着いてから電話なりL○NEなりしようと思ってたんだけど、それが俺の拷問と関係しているのだろうか。
「千沙のことと言われましても......まぁ、たしかに(L○NEを)無視したのはいけなかったなと思います」
「(妊娠を)無視したの?! じゃあ知ってたってこと?!」
「え、ええ。(バイトの件は)落ち着いたら話そうかと」
「(もう父親なんだから)落ち着く前に今後のことをもっと話し合わないと!」
「え、千沙とですか? そ、そんなに重要なことだったんですか。『千沙だし、まぁいっか』で済ませてすみません」
「っ?! な、なんて最低な......。謝るなら千沙に謝って!!」
え、ええー。
もうなんなの。俺が謝るほどあいつ気にしてないよね?
なんで石抱きの刑を受けてる俺が、あっちで呑気にアイスを食べてるあいつに謝らないといけないの。どっちが加害者なんだよ。
とりあえずどんなメッセージ内容だったか知る必要があるな。手足を縛られている俺は床に置いたスマホを近くに居る陽菜に取ってもらうようお願いした。
「陽菜、悪いが俺のスマホのL○NEを開いて――」
「あんた最低よ......私がいても....平気で千沙姉と......しかも......生で......」
なんかヒスが居るんですけど。ブツブツ言って怖いんですけど。
チッ。こうなったら真由美さんだ。
「まさかこんな形で孫の顔を......」
「はい?」
「とりあえず、泣き虫さんには責任を取ってもらうわぁ」
え、なんの責任? アルバイトを急に辞めるって言ったのは悪いと思うけど、そんな責任を問われるようなことした覚えないぞ。
「え、えーっと、“責任”とおっしゃいますと......」
「そこは私が説明しましょう」
責任という言葉に戸惑っている俺に、渦中の人物である千沙が俺の前にやってきた。そして食べ終わったアイスの棒を俺の膝の上に置いてある石畳の上にぽいっと投げ捨てた。
きったね。
「兄さん」
「はい」
「実は私、兄さんの子を孕みました」
「......................................................は?」
え、ん? “はらみ”? ハラミって焼肉とかで食べる牛の横隔膜のこと?
目をパチクリさせている俺は千沙以外の皆を見た。皆は揃いも揃って呆れた目で俺を見て言う。
「......高橋君。真面目な話、もうここまで来たらちゃんと責任は取らないと」
「お腹にいる子に罪は無いんだからぁ」
「ぐすっ。かじゅまのせっそーなしぃ」
「父親らしいことしないとね」
“責任”だの、“お腹にいる子”だの、“父親”だのとなんか好き勝手言われる羽目に......。
そしてもう一度千沙を見る。
「もう一度言いますね。兄さんは、私を、孕ませたんです」
「......。」
え、ちょ、えぇぇぇえぇえええぇえぇええ??!!!
はら、はらはらはら、はらむって妊娠ってこと?! 俺がッ?! 生でパコったってこと?!
パコったってことッ?!!
「いや俺まだ童て――んぐ?!!」
「しッ」
未だかつて無いほどの声量で童貞宣言しようとした俺に、目の前に居る千沙が俺の口を塞いできた。
そして耳元で囁く。
「――という、設定です」
どういう設定だよッ!!
は? ちょ、待てよ。どういうことだ? なんでこいつはそんな嘘を......。
というかなんで皆こいつの話を鵜呑みにしてんの。俺童貞だろ。皆知ってんだろ。なんで本人が知らないところで、俺はパパにジョブチェンしちゃってんだよ。
千沙は俺の耳元に顔を寄せたまま続けた。
「こうでもしないと私の下に戻ってこないでしょう?」
どっちみちサイコパスな決断したお前の下に戻りたくなんかねーよ。
俺は口を塞いでくる千沙の手を噛んで、痛みで手を退かさせた。
「あいたッ?!」
「ちょっと! なんで自分がこいつの夫になるんですか!! なんで信じちゃうんですか!!」
そして尤もなことを叫んだ。
「いや高橋君だし......」
「あ、あんた24時間常に発情しているじゃない」
「それに普段の
「そうよぉ。自分を真っ当な人間だと思いこむ泣き虫さんの方が異常だわぁ」
こ、こんの野郎どもぉ。言わせておけば......。
「誰がなんと言おうと俺は童貞なんですよ!!」
「よ、よくそんな悲しいこと叫べるね」
「やかましいわ、この処女!!」
「ちょ! それやめてよ!」
石抱きの刑を受けている身であることにも関わらず、俺は同じ
否定しないということはJDになった今でも相変わらず“膜あり”らしい。
「おい! 高橋ッ! 言い逃れしようとするな! 潔く認めろ!」
「言いがかりにもほどがあるんですよ! ちゃんと見極めろ! あんたんとこの次女は処女だぞッ!!」
「妊娠しているんだからそんなわけないだろッ!!」
「じゃあこうしましょ! こいつのま○こに膜があるか確かめましょ!!」
「親が自分の娘に肉棒使うわけないだろぉがッ!!」
「誰もあんたの肉棒なんか言ってねぇよ!! ここ農家なんだろ?! 畑で採れたナスとかズッキーニとかで確かめれば――ねぐしゃッ?!」
かなり汚い会話と化してしまった途中で、終止符を打たんと言わんばかりに真由美さんが俺と雇い主の頬を一升瓶で殴打してきた。
え、いつの間にそんなものを?
雇い主ならともかく、縛られている俺のこの状況で鈍器使ってくるとかいよいよ本格的な拷問が始まったな。
「泣き虫さん、娘が吐いた嘘のせいで迷惑かけてごめんなさいねぇ」
「嘘だとわかっていたのなら拷問おっ始めないでくれません?」
「おほほほ。電話一本でバイト辞めた泣き虫さんを苛めたくてつい」
「ちなみになぜ嘘と?」
「え、だってあなた筋金入りの童貞じゃない。それを“生”って。ふふ、天地がひっくり返ってもありえないじゃない」
「......。」
なめてんのか、この人妻。天地がひっくり変えるように、逆立ちバッ○からのマン○リ返ししてやろうか。
頭の中で真由美さんをブチ犯すシュミレーションを作っていた俺は、急に膝から崩れ落ちた陽菜によって現実に呼び戻された。
こ、今度はなんだよ......。
「待って。そもそも千沙姉が妊娠したって嘘とか本当とかの以前に、その行為に及ぶってことは......も、もしかして」
「はい。お察しの通り――」
あ、こら。待て。俺が今後も中村家に足を踏み入れなければいい感じな、落ち着きそうな状況を掘り返すんじゃ―――
「――兄さんが大好きです」
「なッ?!」
――掘り返しちゃったよ。
め、面倒なことになってきたぞ。俺は悠莉ちゃんのことだけを考えていたいのに......。
俺はこの場を一刻も去りたい一心であったが、ふと雇い主の様子が気になったので中年野郎に目をやった。
「ブクブクブク」
う、うおぅ。リアルで口から泡吹くやついるんだな......。
っていうか、察しろよ。仮に俺らが生でパコったんなら千沙も少なからず俺に好意を抱いていたに決まってんだろ。
妹に恋慕を暴露した次女はなぜかえっへんと胸を張っていて、そんな次女のカミングアウトを受けた陽菜は口をパクパクさせながら俺と千沙を交互に視線を移している。
長女はというと、
「和馬君、こうなった以上......今日は帰さないよ」
こんなにも異性から言われてドキドキしない『帰さないよ』は人生初だよ。もちろん“ドキドキ”って別の意味でね? 生命の危機的なアレね。
というか、言われたことすら人生初だよ。
そう思ったバイト野郎はこれからの展開に肝を冷やすのであった。
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