第356話 悠莉の視点 傀儡
「はい、悠莉ちゃん。スペシャルミックスクレープ」
「あ、ありがとうございます」
私は女が好きだ。
それも超絶。
性的に。
「何か欲しいものがあったら言ってね」
「あ、はい」
そんな私が、一つ上の好きでもない先輩と交際しているのは浅いように見えて実は深い理由があるからだ。
「そ、その、そろそろ新しい靴が欲しいなぁ、なんて」
「ランシュー? ローファー? メーカーとかもう決まってる?」
私は先輩のその問いを、豪華なクレープを片手に答える。
「え、エア○ックスで......」
「わかった! 俺がプレゼントとして買うよ!」
やべぇー、超楽すぃー。
――――――――――――――――――
「90? いや、それとも95かな? 最近のってなんだろ」
「......。」
私は悪女だ。
それも極悪。
その辺にいるレズが可愛く見えるくらいに。
「悠莉ちゃん?」
「あ、いえ、あまり詳しくないのでデザインで選ぼうかと」
「どれも似合うと思うよ」
学校での授業を終えた私は高橋和馬(最近ようやっと名前覚えた)というヤリ○ン野郎と一緒に下校していたのだが、今は某靴屋さんに居る。
今朝は桃花ちゃんとこいつが一緒の電車で、一緒の席に座っていたから頭に血が上って、『家と学校を直行します』と宣言したけど、な・ぜ・か今は靴屋さんに居る。
まぁ、私のせいなんだけどね。
「気に入ったデザインがあったら言ってね。悠莉ちゃんに合うサイズ取ってくるから」
「あ、はい」
ヤバいんだよ。まーじでヤバいんだよ。
なにがヤバいかって言うと、この男がヤバい。
振り返ること1時間程前のことだ。最近の私は監視目的も含めてこの男と一緒に下校している。明日からは一緒に登校することにもなっている。それはまぁいい。陽菜ちゃんと桃花ちゃんのためだ。
この男は私の企みも知らずに二つ返事で付き合ってくれた。そこもいい。素直というか、私に惚れているというか、秒で私を優先してくれるのはこの上なく扱いやすい。
いや、もはや“扱いやすい”通り越して狂気だ、狂気。
「こ、このデザイン可愛いです」
「試しに履いてみる?」
王が配下に命令を下すように、開発者がプログラムを作るように、この男は私を疑いもせず、ただただ尽くしてくれる。そんなヤバい男だ。
なんというか、奢ってもらってばかりなんだよね......。
「あ、あそこに椅子がある。待ってて、持ってくるから」
「いや据え置きの長椅子ですよ?! そこに向かいましょ?!」
ここに来る前、駅前のクレープ屋のメニューを目にした私はつい『美味しそう』と呟いてしまったのだ。それが事の発端である。
それを聞き逃さなかったこの男は私をその場に連れてって、冗談で言った“スペシャルミックスクレープ”を秒で買ってくれたのだ。
クレープならまぁ、うん、わかるよ? 800円程するお高めなクレープだったけど、それを買ってくれるなら彼氏としては別におかしくない。
が、この男、そのクレープと同じ感覚でエア○ックスを買ってくれるのだ。
「こ、この靴にします」
「わかった。じゃあレジに行って買ってくるね」
エア○ックスだぞ? ちょっとそこら辺の自販機で買ってくる飲み物と勘違いしてない?
「あ、あの! 買いに行かないでください!」
さすがの私もよくわからない勢いに乗った先輩に待ったをかけた。
「え? ああ、ごめんね。他の靴も欲しかった? 一足だけって決めつけちゃったごめん」
「いや普通二足も人に買わせませんよ?!」
「もしかして棚の端から端まで系な?」
「数増やしてどうするんですか! そんなに大量に靴要りませんよ!」
「安心して。こう見えて意外と稼いでいる方だから」
「安心できません。なんでも買ってくれる先輩の魂胆が見えなくて安心できません」
やべぇ。マジでやべぇよ。こっちは彼女として何もしてあげたこと無いのにこの尽くし様......。
あんた、ATMって言われてもおかしくないぞ。せめてエア○ックスが欲しいって言った私の冗談を笑って躱してほしかった。
こいつはマジ顔で財布を片手にレジへ行こうとしている。
なので私は一言言うことにした。
「あの、先輩に買っていただいても私は何もお返しできません」
「百合川さん......」
キスも抱かせもさせねーよ。お前がいくら積んでもな。
私のそんなサービス精神の欠片もない対応に、先輩は嫌な顔ひとつせず笑って答える。
「気にしないで。俺といるときにお金なんて出させないよ、悠莉ちゃん」
う、うおぅ。学生の分際でそれが言えますか......。いったいどんだけ金持ってんだか。
というか、さり気なく下の名前で呼ぶな。一瞬、ドキッとしたじゃねぇか。万が一もねぇがな。
きっとヤリ○ン野郎の父親は医者とか、母親が会社の社長とかでお小遣いが有り余ってんだろうなぁ。いいなぁ。
あ、違った。こいつたしか以前、学校の売店で一緒に列に並んでいたときに『両親いない』って言ってたな。ってことは、両親はもう他界しているのか......。
じゃあ保険金生活なんだろう。その金で私に金持ち面して色々と買ってくれるのか。
「他に何か欲しい物ある?」
「......。」
ヤリ○ン野郎は私が先程デザインが可愛いと言った靴が入っている箱を抱えて私にそう聞いてきた。
......もうここまで来るとどこまで奢ってくれるのか試したくなってきたな。
「と、特にありません」
「それじゃあコレ買ってくるから店の外で待ってて」
「あ、はい」
こうして私は罪悪感か満悦感かよくわからない感情を抱いて店を出たのであった。
******
「お待たせしました。こちらうな重特盛と並盛です」
「あ、特盛は自分です。彼女に並盛を」
「かしこまりました」
......。
やっちまったな。ついにやっちまったな。
鰻食いに来ちまったよ。ヤリ○ン野郎と鰻食いに来ちまったよ。これ、一杯2000円はするぞ。それも“並”で、だ。
このお会計もきっとこいつが負担してくれるんだろうなぁ。
「悠莉ちゃん、並盛でいいの?」
「わ、私はクレープとか色々といただいたので」
「そう? さ、食べよ」
靴屋を出た私たちは夕食を摂るため、どこか飲食店を探していた。その道中にもパンケーキ屋などのスイーツ店に何軒か寄ったのだが、そのお会計も全部こいつが持ってくれた。
マジでATM。世の女性が男性に財力を求める理由がよくわかった。
で、調子に乗った私は、今度はうな重を食べたいと言って、とある飲食店に入店したのだ。
そんな私にこいつは嫌な顔するどころか笑顔が輝く一方だ。どういう神経しているんだろう。ちょっと私にはよくわからない。
「いただきます」
「い、いただきます」
今のうな重もそうだが、私の母が作ったおかずをテキトーに詰めたお弁当も手を合わせて食ってたよな、こいつ。そこら辺のマナーはちゃんとしているのか。
ヤリ○ンくせに。
「悠莉ちゃん、悪いけど。これを食べ終えたら――」
「ホテルは行きませんよ?!」
「行かないよ! というか声大きいって!」
あ、さーせん。つい。
大声を出した私は周りの客に苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げて謝った。
というか、ホテルのお誘いじゃないのか。ヤリ○ンのくせに。
てっきり今日ずっと奢ってばっかだから一発くらい良いだろ感覚で言われるかと思った。
「うな重を食べ終えたら今日はもう帰ろうか」
「え?」
「今更だけど、遅いとご両親も心配するでしょ」
う、うおぅ。ヤリ○ンが紳士の皮被るなよ......。
いや、ヤリ○ンはそもそも被っていないか。何がとは言わないけど、ナニがだ。
食事中に何考えてんだ私は。
あ、そうだ。鎌かけてみよ。
「せ、先輩はこのまま私が帰ってもいいんですか?」
誘ってないぞ?! 誘ってないけど、こういう言い方を私がしたらどう答えるか知りたいだけ!
ま、まぁ、ヤリ○ンはこの誘いにも似たトラップにいとも簡単に――
「そりゃあもっと悠莉ちゃんといたいけど、俺が思う、いや、思っている以上に親は子供を心配しているかもしれないでしょ」
トラップ踏めよぉぉおおおお!!
“ヤリ○ンは無責任”が鉄則でしょうがぁぁあぁあぁあぁあ!!
「それに俺も明日早朝にバイトがあるんだ。今日疲れ切ったままだと、その人たちに迷惑をかけてしまうかもしれない」
「な、なるほど」
あ? 保険金生活じゃないのか? バイトしてんのか。
私は気になったので先輩がどんなバイトをしているのか聞いてみることにした。
「え? 俺のバイト先?」
「はい」
「......。」
おい、なんで黙り込む。変なバイトでもしてんのか。
「あ、あの」
「............家だよ」
「はい?」
「......農家だよ。俺のバイト先。2軒あるけど両方とも農家」
ノウカ? え、農家? 畑で野菜収穫したり、家畜を育てたりする農家? マジで?
しかも掛け持ちでどっちも農家。
「その、自分でも変わったバイトしているってわかってるんだ」
「そ、そうですか。色々なバイトがあるんですね」
「ま、まぁね。でも楽し――」
“楽し”の言葉で止まった先輩は最後まで言葉が続かない。さっきからどうしたんだ。
「――楽しくないな。最近は」
「......。」
本当になんでそこでバイトしているの......。農作業が好きじゃないのかよ。
「最近は俺への扱いが酷いんだ。精神的に追い詰めてきたり、鈍器でぶってきたり」
「そこ辞めた方がいいですよ?!」
なんちゅーとこで働いてんのこいつ。思わずまたも大声を出してしまった私だが、もう周りの客なんか気にしていられない。
いや、ヤリ○ン野郎がどうなろうと知ったことじゃないけど、変に怪我とかされてそんな奴が私と居るところを誰かに見られたら、ワンチャン私が逆DVしてるって思われそうじゃん。
それに私は客観的に見てもこいつに塩対応してるし。その疑いは相乗効果を生んでしまう。
厄介ごとは減らさないと。ただでさえこいつの動向を探っていくので精一杯なのに。
「先輩、そのバイト辞めた方がいいですよ。本当に」
「でもこんな俺でも必要としてくれてさ......」
「それならそんな悪逆非道なことをするのはおかしいです。他にもアルバイトはあるじゃないですか」
「そ、そうだけど......」
ヤリ○ン野郎は今までに見せたこと無いくらい困った顔を私に見せる。
仕方ない......。
「私は先輩が傷つくのが嫌なんです(私が疑われるから)」
「悠莉ちゃん......」
そんな私の一言で先輩は何かを決心したような顔つきになった。
そして彼は急に立ち上がって宣言する。
「よし! 俺は農家のバイトを辞めるぞ!」
なんともまぁ、扱いやすい男だなぁ......。
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