第331話 桃花の視点 モテ期かな??
「ということで、高橋君にはこれからもよろしく頼むね」
「了解です」
うっわ、やっぱうちに野菜の配達で来ているバイトの子ってお兄さんかぁ。まぁ、そんな変わったバイトするなんてお兄さんくらいだよね。
私、米倉 桃花は眠たい気持ちを抑え、午前6時前という朝早く起きてお店の手伝いをしていたのだけれど、一発で目が覚めた。
まさか
そんな二人に対して私は二人の声が聞けるように店の中でスタンバっている。
「しかしまさか君が中村家で働いていたとは」
ちょ、私の名前口にしないよね?!
私は身内の思わぬ発言にびくっとしてしまった。
なぜなら先日、陽菜から『野菜の配達の件なんだけれど』と訳のわからない電話を貰った私だが、色々と察しが着いたので、その際、お父さんに私の事情を話したのだ。
曰く、お兄さんを驚かしたいから私が居ることは黙っといて、と。
ちょっと何を言っているのかよくわからないとお父さんは言っていたが、これに応じてくれた。
「あれ、もしかして知り合いでしたか?」
「まぁ、ちょっとね」
いや、かなり前に、お兄さんと陽菜の口から、お兄さんが西園寺家で働いているって聞いてたけど、まさか早朝に配達をしているとは思いもしなかった私である。
つまり、私の思惑通りならば、お兄さんはまだ私が同じ高校に通っていることを知らないはず。知っていたら私が吐いた違う高校に通うって嘘に騙されないもん。
陽菜には釘刺しといたしね。脅し付きで。
その脅しの内容とは、春休みの間、私の祖父母の家で陽菜と遊んでいたある日のことである。その日は西園寺美咲さんから月替りでゴロゴロもとい、ロロをうちに迎える日だったので、一緒に猫で癒やされた一日だった。
私には、ね。
「ちなみに、西園寺家の配達ではないので、バイクで配達に来れません」
「え、じゃあどうやってうちに?」
「軽トラです。そこの農家の長女に運転してもらうんです」
「ということは、配達でうちに来ることはないのかぁ。残念、賄い弁当はしばらくお休み――」
「いえ! 付き添いで来ますから!」
「そ、それって意味あるの? ああ、重い食材を運ぶもんね。男手が必要か」
「それもありますが、褒めながら運転しないと機嫌損ねちゃうんです」
「か、変わった運転手なの......」
陽菜は違った。
陽菜が帰る時間になって私と別れた後、隣の家が騒がしかったのでベランダから覗いたのだ。もちろん、そんなことできるのは相手が高橋家でないと無理である。
お兄さんは留守で、両親も不在なはずなのに、なぜか喘ぎ声がして騒がしかったのだ。
喘ぎ声が(大切なことなので二度言いました)。
で、私が覗いた先には......。
「......。」
これ以上は語れまい。陽菜だって女の子だし、人には言えない趣味の一つや二つあるのは普通である。親友として触れないでおくのが吉だ。
だからクリーニングが必要なレベルにお兄さんの制服が皺くちゃになったことは、見なかったことにするべきである。
帰ったと思う友人がなぜ隣の家に向かったのか、深く考えないようにしよう。
久しぶりに会った隣の家の奥さんに、その制服のクリーニングを頼んだときに伏せた理由は有耶無耶のままにしておこう。
『よくわからないけど、和馬にはテキトーな理由でクリーニング出しといたって言っとくわ』と言った智子さんには感謝しよう。
「ではそろそろ自分は帰りますね」
「うん。わざわざ配達が無いのに来てくれてごめんね。なんなら電話で済ませてくれても良かったのに」
「もはやここに来た理由は言いません」
「はは。顔が『賄い弁当欲しい』って物語ってるよ」
「バレましたか」
「うん。涎拭いて」
汚ッ。
あれ、お兄さん、今日は西園寺さんとこの野菜の配達でうちに来たんじゃないんだ。てっきりこの時間帯だから早朝バイトかと思ってた。
ただ開店前のうちに来て、中村家からの言伝を口実に、お父さんから賄い弁当を貰いに来ただけだ。
なんて図々しい先輩なんだ。
「待ってて。今持ってくるから」
「っ?!」
「ありがとうございます!」
そう言って急にお店の引き戸式ドアが開かれた。
私は慌てて近くの冷蔵ショーケースの物陰に隠れ、お兄さんとお父さんに私の存在がバレることを回避した。
あ、危ない危ない。
店に入ってきたのはお父さんだけで、お兄さんは言われた通り、外で待っているみたい。
お父さんが私に気づかないまま、予め用意されていた賄い弁当をキッチンから取ってきて再び外へ出ていった。
「それでは今後ともよろしくお願いします」
「お、それは配達の取引のこと? それとも......」
「お疲れ様でしたッ!」
「気をつけてね〜」
お兄さんが無理矢理会話を終わらせ、足早に帰宅していった。
そしてお父さんはまた店の中へと戻ってきた。
「あれ、どうしたの? そんなとこで突っ立って」
隠れることをやめた私と顔を合わせたお父さんがそう聞いてきた。
「お父さんが私のことをお兄さんにバラしてないかなって」
「父を監視かい? それはまた信用を失ったもんだ」
「私に黙ってお兄さんに賄い弁当を渡してたからね」
「い、いや、彼と桃花が関わりあるとは思わなくて。それくらい別にいいでしょ」
さてさて、もう今日の学校でバラしちゃいましょうか。隠せるにしても限界があるし。
それにお兄さんも油断しきっている頃合いだしね。
「くふふふ」
「......。」
不気味に笑いだした私も私だけど、お父さん、娘をそんな目で見ないでほしいです。
*****
「陽菜、おっはよー!」
「あ、桃花。朝から元気ね」
「うん! 陽菜はあんま元気ないね。生理?」
「ま、周りに人が居るんだからもうちょっとオブラートに言いなさいよ! それと違うから!」
学校に着いた私は先に到着していた陽菜と教室で会って挨拶を交わし合っていた。
そう、私と陽菜は同じクラスなのである。
マジ最高。
ちなみに陽菜が生理かもしれないと私が口にしたことで、周りの男子のほとんどが一斉に前屈みになった。
いや、どういうこと?
無視しよう。
「今朝、またあのバカの家に言ったんだけど、アイツ、せっかく私が作ってきたお弁当を要らないって言ったのよ。なんでもどこからか既にお弁当を調達していたらしくてね」
「う、うわぁ。それは、なんかごめんなさい」
「なんで桃花が謝るのかしら?」
「な、なんとなく」
たぶん、というかお兄さんが断った理由がうちの賄い弁当を貰ったことが原因だから。
でも陽菜は詳細を知らないらしいし、面倒だからこのまま黙っておこう。
「で、そのお弁当はどうしたの?」
「朝食わせた」
「結局食べさせたんだね」
「ええ。勿体ないもの」
全くもってお兄さんには勿体ないお嫁さん(仮)である。
っていうか、男なら陽菜が作ったお弁当も黙って両方同時に食べろよ、と思わなくもないが、そういえばうちの賄い弁当は量が尋常じゃなく多かった気がする。
賄いだからね。匙加減は男子高校生の理想的な量よ。今回はそれが裏目に出たけど。
「桃花はどうして上機嫌なのかしら?」
「ふふ。今日、お兄さんに私がこの学校に居ることを知らせようかと」
「そ、そう。程々にね」
嫌です(笑)。
こうして私の楽しい高校生活は、お兄さんを驚かしてやっと始まるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます