第311話 開店の準備は大忙し

 「葵さん、タマネギは何グラムで詰めましょう?」

 「600グラムの誤差20グラム前後でお願い!」


 「葵姉、レタスを束ね終えたわ。次は何をすればいいのかしら?」

 「ありがと! 次は小松菜をテープで束ねてちょうだい!」


 「姉さん、まだ仕事終わりませんか? お腹空きましたぁ」

 「そこに人参があるからかじってて!」


 手伝おうとしない千沙が悪いかもしれないけど、その返しもどうかと思う。


 天気は曇り。と言っても今は夕方で、2、3時間ほど前から俺と葵さん、陽菜の3人で明日の直売店に向けた野菜の“商品化”に勤しんでいる。


 場所は中村家の作業場の屋内だ。ここで収穫した野菜を不備が無いか、一つ一つチェックしながら、袋に一定量詰めたり、テープで束ねたりしている最中である。


 「に、人参をこのまま生で食べろと?」

 「嫌なら手伝えってことだよ」


 「私には自宅警備という重要な役割を担っていてですね.....」

 「それ意味成さないから。早くご飯が食べたいなら手伝って終わらせないとなー」


 「......。」

 「ほら。人参はまだ袋詰めしてないから手伝ってくれ。完璧美少女なんだろ。か・ん・ぺ・き」


 「し、仕方ありませんね」と観念した千沙が作業場の1スペースを使って文句を言いながらも手伝っている。


 ちなみに俺らだけで作業しているのは例の件―――真由美さんと雇い主が誕生日祝いでつい先程温泉旅行に出かけたからだ。


 故に文字通り両親が居ない美少女たちと一つ屋根の下である。


 作業場だけど。


 「あ、里芋がもう無いや」

 「物置小屋にまだ在庫ありましたよね? 自分が取ってきます」

 「いいよ、いいよ。和馬君は自分の作業に専念して」

 「あ、はい」


 葵さんはそう言って、在庫の里芋を持ってくるべくこの場を後にした。


 「......ママたちがある程度、仕事を出発時間ギリギリまで手伝ってくれたから残された仕事は多くないけど、商品にするのに野菜を丁寧に扱わないと駄目ってのが大変よね」

 「ああ。慣れてないと時間ばっかりかかっちまうな」


 「まぁ、商品に何かあったらクレームものだし、仕方ないのだけれど」

 「“野菜”だからな。加工物じゃないからどうしても、一部腐蝕していたり、虫や鳥が食べていたりすると見栄えが悪くなるし、自然と質が求められるってことか」


 「ええ。とどの詰まり、“農業をやる”っていうのはこういうことよ」

 「たしかに」


 役割分担をしてそれぞれ作業をすること十数分経ち、その間は静寂の空間と化していたが、陽菜が言葉を漏らすことで会話が生まれた。


 今の作業場は静かなのだが、普段、雇い主たちが仕事するときはラジオとかテレビを点けて聞きながら作業をするらしい。が、今回は俺や陽菜が集中したいということもあってそういうのは無しという結論に至った。


 陽菜は葵さんに言われた通り、小松菜やレタスなどをテーピングしていて、葉物野菜を扱うのが彼女の仕事だ。葉物故に繊細な野菜だからちょっとでも雑に扱うと葉がぱきぱきと折れてしまう。


 性格に反して器用な陽菜に向いている作業だ。


 「あんた今失礼なこと考えなかった?」

 「はは、まさか」

 「ふーん?」


 鋭ッ。


 一方、以前陽菜と収穫した新タマネギを詰める“袋詰め”という役割は俺が担っている。秤を使って一定量の重さで袋に入れ、最後にテープで口を閉める。


 簡単なことだが、新タマも里芋も一つ一つ大きさや重さが違ってくるので、慣れていない俺にとっては「どのくらいのサイズの新タマが何個で600グラム程度なのか」ということが感覚で判断つかない。


 秤を使うからそんな感覚は必要無いと思うが、この感覚があるのと無いのとでは作業時間に雲泥の差が出る。


 だって、考えてみ?


 先程葵さんに言われたとおり、600グラムを目指して秤に載せるが、ある程度わかっていないと700グラムとか目的の量以上に多く積んでしまったり、逆に550グラムとか微妙に重さが足らないと別の新タマをまた探さないといけなくなる。目の前の新タマの山の中から地道にな。


 しかもその袋詰めを、予定の50袋と大量に生産しなければならない。だから勘とも呼べる“ある程度の感覚フィーリング”はあった方がいいのだ。


 「人参の袋詰め終わりましたー」

 「ふぁ?! 早すぎんだろ?!」

 「ふふ、完璧美少女ですから。か・ん・ぺ・き」

 「くっ」


 ドヤ顔やめろ。新タマ投げつけんぞ。


 なんで俺より後から手伝い始めた千沙の方が早く終わるんだよ。見れば千沙が言った通りちゃんと人参の袋詰めは終わっていて、コンテナに綺麗に敷き詰められていた。


 数はぱっと見で30個あるか無いか。人参ってもしかして詰めやすいのか? ものの十数分で終わらしやがった。


 「普段手伝わないくせによくそんな早く終わったな。秤でちゃんと量ったのか?」

 「おや? 妹を疑うのですか? 罰が当たりますよ? 心配しなくともちゃんと重さは守ってま―――」 

 「ちょと千沙! この人参、虫がかじって穴があいてるのが混じってるよ?!」


 お前に下ったな、罰が。


 里芋の在庫を運んできた葵さんが今度は千沙に向かっていった。


 「重さだけ注意してたでしょ?! ちゃんと品質の方も見ないと駄目だよ! ほら! この袋に入っている人参だってへたの部分が腐ってるじゃん!」

 「く、腐っていても人参は人参です」

 「じゃあ千沙はコンピュータウイルスにかかったパソコンを間違って買ったとしても怒らない?!」

 「や、やり直します。ごめんなさい。......ね、姉さんの口から“コンピュータウイルス”という単語が出てくるとは......」


 禿同。そんなワードと一生縁が無さそうな長女なのにね。


 葵さんが問題あると言う人参の袋詰めを千沙の頬にぐりぐりと押し付ける。今日の葵さんは過激派だ。美少女から頬を物でぐりぐりされるとか一部の人からは絶賛されるプレイだよ。


 俺もぐりぐりされてぇ。


 「あ、葵姉、小松菜のテーピングが終わったわ次は何を―――」

 「陽菜、テーピングが終わった葉物は保冷庫に仕舞わないと駄目だよ!」

 「あ」

 「もう冬の時期じゃないんだから、そのまま明日の直売まで放置しておくと気温で品物に瑞々しさが無くなっちゃうでしょ。さっき終えたレタスも仕舞ってないじゃん」

 「ご、ごめんなさい」


 いや、本当に今日の葵さんは厳しいな。直売が絡んでいるってこともあるけど、俺もなんか指摘されそうでちょっと怖いよ。


 当然、指摘された内容は正しい。お客さんだってしなびた野菜より瑞々しい野菜の方を好む。せっかく商品化したのに売れないじゃ元も子もない。


 「和馬君!」

 「ひゃい! ごめんなさい!」

 「謝るの早ッ?!」

 「だって怒られるんでしょう?」

 「怒られるのがわかってたのならミス犯さないでよ......」


 いや、何をミスったのかわからないんです......。


 「この袋に入っている新タマ、腐ってるよ」

 「え?! そんなはず......なんでわかるんですか?」

 「ほら」


 葵さんが袋を閉じているテープをハサミで切って、中から問題のある新タマを取り出して俺に見せた。


 見せられても別に腐っているように思えない気が......。新タマの表面が特にぐずぐずに溶けているわけでも、変色しているわけでもないし。


 『ぎゅ』

 「うわ、なんか汁出た」

 「新タマの内部が腐ってたんだよ」


 葵さんが新タマを両手で軽く力を加えて握ったところ、新タマの芽が出てくる部分から透明な汁が出てきた。


 葵さん曰く、新タマの中身が腐っている証拠なんだとか。それに汁が出てくることで腐敗臭が漂ってきた。


 「よ、よくわかりましたね。見た目普通なのに」

 「腐ったものの特有の臭いでね」

 「さすがです」

 「ちゃんと確認を怠らないように。わかった?」

 「はい」


 もう一回袋詰めした新タマを全部見直した方が良いかもな......。仕方ない、俺の不注意が招いた結果なんだからミスは直さないと。


 それにこれでしっかり全員、葵さんに怒られたな。終いには葵さんのお説教が一番多かった千沙が、


 「当日は美少女が売るんですから、客は黙って金払えばいいんですよ」


 とブツブツ文句言うので、またもお説教記録を更新していくのであった。


 いつもより気合の入った葵さんは素人相手でも容赦ないらしい。いや、ほんっと野菜を商品化するって大変だわ。やっぱ雇い主たちに戻ってきてほしいと思ったのは誰にも言えないバイト野郎の秘密である。

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