第290話 早起きはお刺身の得
ども! おてんとです。
更新遅くなりました。その分今回は長めです。
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「おい! 和馬ッ! 明日は美咲とデートかッ?!」
「くぅー! おめぇも隅に置けねぇな!」
「いや、ただ買い物―――」
現在、早朝バイトに呼び出された俺は西園寺家のゴリラ共と一緒にタケノコを収穫するために竹林に居る。最近の早朝バイトはいつもこれだな。
「「とりあえず白のタキシードで行け!」」
「......。」
頼む。誰かこのゴリラ共を止めてくれ。
天気は晴れ。春らしい温かさがあると思わるが、時間にして朝5時26分とお外はまだ少し暗い。だから寒いのなんの。日が出るとぽかぽかするんだけどな。もう数時間はこの寒さが続くだろう。
まぁ、今はそんな寒さもぶっ飛ぶくらい鬱陶しいゴリラ共がバイト野郎に熱を与えてくるんだけどね。
「何度も言いますが、決して美咲さんとデートに行く訳じゃありませんから」
「おい、達也。この童貞はまだ白を切るつもりなのか?」
「童貞だからな。受け入れがたいことなんだろう」
童貞関係無いから。耕すぞ。
「あのですね」
「いやいや。お前にそんな気は無くても美咲にはあるかもしれないだろ」
「達也、わかってねぇな。“かもしれない”じゃねぇ。“確定”よ、“確定”」
わかってねぇのはお前もな。
そりゃあ男女二人でお出かけしたらデートだと思えなくもないよ?
でもさ、交際経験過多な会長が俺と出かけることにそんなデートを意識する? こっちだけ意識してたら悲しいじゃん。
だから変な期待はしない。
俺はそう考えながら以前教えてもらったように、唐鍬を使ってタケノコを掘る。
『ザク』
「あ」
「ちなみになんで“確定”かわかると言うとだな。昨晩は今日のお昼ご飯のために、おかずの仕込みをしてたんだよ」
「弁当だぞ。手作り弁当。わざわざ手作りっちゅーことはそれなりの想いがあんだよ」
やべ。手抜きで唐鍬を振り下ろしたわけじゃないんだけど、今の感触だと絶対にタケノコ掘り失敗したわ。
“ザク”って言ったもん。これ絶対にタケノコの途中部分を切断した音だよ。
うわぁ。また怒られるよ、このゴリラ共に。
通算何回目だ? 今日は今のとこ4回掘って今回のミスが初だな。上手くいかないものである。
「って聞いてんのか?」
と、達也さんが話を全く聞いていないバイト野郎に聞いてきた。
仕方ない。素直に謝ろう。
「すみません、またタケノコ掘り失敗しちゃいました」
「ああー、別にいい。自家消費に回すから」
「それより聞けよ。手作り弁当だぞ」
いや、俺の話聞けよ。
大切な商品を台無しにしちまったんだぞ。俺も別に怒られたいわけじゃないけど、どんだけ会長の話に戻したいんだよ。仕事しよーよ。ゴリラ共と恋バナするために早起きしたんじゃないんだからさ。
いつも怒るよね? ビンタしてくるよね?
「お前のせいで今日の朝飯は弁当のおかずの失敗作を食べさせられたんだぞ」
「別に不味かったわけじゃねぇが、同じもんが多くてな」
「っ?!」
なんてこった。それはもしかしなくても“ミサキオカズ”じゃないか。
“おかずの失敗作”と“同じもん”ときたら絶対それだ。以前、学校で俺が会長の靴を舐めた原因のヤツだわ。きっと今回も前回と同じように冷食の唐揚げと手作りの唐揚げを食べ比べさせてどっちが冷食か手作りか問う気なんだ。
その時点でもうデートの可能性も無くなったわ。
つうか朝早いな。こんな時間帯から作り始めてんのか。
「はぁ。それはきっと自分を試すためのお弁当作りですよ」
「“試す”って何を?」
「格付け〇ェックみたいなもんです。また自分は会長の靴を舐めなくてはならないのでしょうか」
「は?」
おたくの娘さん、罰ゲームにドSな要求をしてくるんですよ?
こっちはセクハラどころかエッチなことを要求しているから達也さんたちには告げ口ができないがな。
「さて、今日はそんな面白いイベントを控えている和馬に餞別をやろう」
「“餞別”?」
「おう。そのミスって商品にならないタケノコを持ってこい」
健さんにそう言われた俺は仕事中にも関わらず、先程、失敗してしまったタケノコを持って健さんたちについて行った。
二人について行ったが、来た場所は軽トラを停車している所である。達也さんが荷台の後部あおりと呼ばれるガード的な存在の壁のロックを外して、ちょっとした作業台のようにした。
その荷台には普段載せていないまな板と包丁が2本ある。そして真っ白なお皿が大小合わせて4枚あった。
え、何すんの?
「準備よし。本当は初掘りの時期に和馬に食わせてやりたがったが......」
「あまりお勧めしない食い方だから抵抗があった」
「「が、これも良い思い出になるだろうよ」」
マジで何する気? “お勧めしない食い方”ってなんだ。
見た感じ調理でも始めるかのような雰囲気である。
この場に居るのは作業着を着た筋肉質な男が3人だ。エプロンなんて無い。あるのは調理器具と食器だけ。あと俺がミスって途中で切断されたタケノコが1本。
「ほら、タケノコ寄越せ」
「あ、はい」
訳もわからないまま俺は健さんに持っていたタケノコを渡した。
すると健さんは、土が付いたタケノコをタオルで綺麗にふき取り、皮を剥き始めた。そして手慣れた包丁捌きでタケノコを切りだした。
「あの、何をしているんですか?」
「ふっ。農家ならではのタケノコの楽しみ方をお前に教えてやるのさ」
「見ての通り、今からタケノコを食べる」
......え?
「ちょ、生ですよ?! タケノコを生で食べていいんですか?!」
「ああ、刺身でな。新鮮なタケノコに限る食べ方だ」
“刺身”?! 肉とか魚以外であんの?!
というか、タケノコって普通、米ぬかとか磨ぎ汁で湯がくよね?!
「タケノコ童貞のお前が知らないのも無理はねぇ」
「皆、抵抗から始まるが、次第に癖になるのさ」
“タケノコ童貞”ってなに。
馬鹿にされていることくらいしかバイト野郎にはわからないんですけど。
「タケノコの刺身って一体......」
「いいか。これはスーパーで買ったタケノコじゃ成せねぇ食い方よ」
「なんたって刺身は鮮度が命だからな」
な、なるほど。スーパーなんかで買うタケノコはどうしても時間が経ってしまっているため鮮度は落ちてしまう。だから今健さんがやっているタケノコの刺身はタケノコ農家さんじゃなきゃできない調理法なんだ。
「理想を言えば、少し湯がいた方がうめぇが......」
「“うめぇが”?」
「美味しいことが全て正しい訳じゃねぇ」
「......。」
じゃあなんだ。その言い方だと今から俺が口にするタケノコの刺身は美味しくないのか。
食べる前から不味いとかネタバレされると食いたくなくなるな。
そんな思いの俺に構わず、健さんが切ったタケノコを大きめの白い皿に並べた。見た目は刺身のそれである。肉か魚かタケノコの違いだけで、盛り方は刺身に変わりない。
「俺らが言いたいのは、タケノコっちゅう旬なもんを、生ではどんな味がするのかをお前に経験させたいんだよ」
「自分に?」
「ああ。農家で働くってことは何も労働だけが経験になるんじゃねぇ。五感フルに使って感じ取れ。お前がやっている“農家のアルバイト”は学生のうちにしか体験できないことなんだぜ?」
それは......よくわかるな。一般家庭の俺じゃ農家とは無縁な将来になるだろう。中村家で働いていてそれは痛いほど感じた。
例えば、高橋家には野菜を育てる土地も、農機具も、人手も無い。0からじゃ農業という職に就くのは難しい。
それに年齢が深く関わってくる。雇い主を見れば一目瞭然だ。今は元気にやっているが、腰や肩が痛いなど年がら年中喚いているじゃないか。
だから“若い”ってのは貴重な“武器”で、学生の俺がピークに近いのだ。
「ただ俺らや中村家から与えられた仕事を熟すだけの日常じゃ勿体ねぇし、なによりつまらねぇ」
「......やりがいはちゃんと感じますよ?」
「それだけか? それは技術がお前の手の豆となって身に着いただけだろ」
「......。」
「さっき俺が言った『五感フルに使って感じろ』ってのはそのまんまだ」
「五感全部にですか?」
健さんはタケノコの盛り付けを終えて、次は荷台に乗せていたボックスを開けて中から調味料を出した。そしてそれを達也さんに渡した。
もちろん、刺身ということなので決まって醤油とチューブ式のワサビの2つである。
「まずは“触覚”。一番身近だろ。何がある?」
「......畑の土の感触だったり、野菜の
「がははは! だろうな! 特に印象的だろう?!」
五感のうち、触覚は一番身に染みてわかっている。
「なら視覚はどうだ?」
「それは常に思ってますよ。新しい仕事をする度に、農作物を育てるのにこんな背景があるのかって毎回思います」
「まだお前は農業チェリー(↑)ボーイ(↓)だからな」
包丁で刺していいかな?
そのチェリー(↑)ボーイ(↓)の言い方がうぜぇ。
中村家では特に学ぶことが大きい。生産から販売まで行うんだからな。農作物を商品として売るまで数か月間、クオリティーを維持するためにあれこれするんだ。
草むしりとか、害虫駆除、鳥獣被害の対策とかさ。大変過ぎでしょ。生産者の苦労ってヤツだ。
「じゃあ次は嗅覚だ」
「そう言われると......あ」
「なんだ?」
「汚い表現ですが、腐った野菜なんかすごく変な臭いがします」
「ああ。腐敗ってのは何も時間が作り上げるものじゃねぇ。天候不順や病気、害虫なんかで収穫しなくとも腐り始める。農家にとって天敵だ」
嗅覚も意外と思い出があるな。
一番臭いと思ったのが、個人的にはカボチャかな? なんたって腐っていると知らずに収穫したら、カボチャの中身がドロドロに液状化して腐敗臭がヤバかったもん。
もうカボチャは食卓に出さないでくれってトラウマレベル。
「次は聴覚」
「うーん......特にないですね」
「かぁー! 聴覚童貞かよッ!」
「その、童貞シリーズやめてくれません?」
あ、でもあるかも。生産とか収穫の場面では。
野菜を育てるのに邪魔な草むしりは根っこごと土から雑草を毟り取るし、収穫はハサミで農作物をヘタから切ったり、根を鎌で切るのも独特な“音”が生まれるからね。
「最後に味覚だ」
「......以前、陽菜に―――中村家で採れたてのアイスプラントを食べたことがあります。新鮮さを主張するかのようにシャキシャキで、若干、後味が残るような味の濃さを感じました」
「物に寄るが、美味しくなるのに時間を必要とするものもあれば、採れたてがベストな物もある」
ああ、たしかに。さっき言ったカボチャもそうだ。甘くなるまでに熟す必要があるから収穫したらしばらく放置しないといけない。逆にキュウリなどは食感や瑞々しさを時間経過で失ってしまう。
まぁ、採れたてのキュウリは食ったこと無いが。
「つまりだ。お前さんはこの一年間で、五感フルに使ってそんだけの
「そう、ですね」
先程、タケノコを切り終えた健さんは使った包丁をタオルで拭いた。
近くに居る達也さんは俺に醤油を注いだ小皿と1膳の箸を渡してきた。
「これは持論だが、“農業”っつう仕事は総合芸術だ」
「“芸術”......ですか?」
「ああ」
そう言いながら、健さんがチューブ式のワサビの端側を持ち、ブンブンと振り出した。きっと使いかけで中々ワサビが出てこなかったのだろう。
その後、ワサビをタケノコの刺身が盛られた大きめの皿の端に出した。
「野菜一つでも、消費者にどんな野菜が求められているか、その土地で何を育てられるのか、研究と分析、開発と失敗を繰り返して安定生産まで持ち込む。出荷までクオリティーを維持しなきゃならねぇ。なんたって買ってもらえるように作品を作らなきゃ収入が無くなっちまうからな」
「......たしかに」
「中村家は
俺は今までに無意識にも、五感全て使って感じたことを思い出としてちゃんと残せていたが、それは作業をする過程で偶々経験したに過ぎない。
「新鮮な野菜を両断した時の音は? 収穫してからどれくらいで見た目がどう変わった? 未熟な野菜の感触は? 収穫1秒後の味は? 香りは?」
「......自分はまだ、ほとんど試していませんね」
「おうよ。それじゃ勿体ねぇ」
たしかに勿体ない。無論、勝手にその場で野菜を食えないが、中村家のことだから言えばちゃんと応じてくれる。
そう考えたら、なんか農業って「特殊なアルバイトでした」で終わらせるにはあまりにも勿体なさすぎる。
「つうわけで、ほら。食ってみろ」
「わ」
健さんは盛り付けが終わったタケノコの刺身を俺に差し出してきた。
タケノコの刺身......か。
さっき「美味しくはない」って言ってたからそれなりの味がするんだろう。でも良い経験だから食べよう。そう心に決めて俺は箸でタケノコの刺身を一切れ取った。
「い、いただきます」
そして醤油を付けて、口に運んだ。
「っ?!」
「どうだ?」
「やっぱりえぐみが強いか?」
達也さんの言う通り、えぐみがかなり強い。比較的柔らかそうな部分を食べたが、醤油という味付けじゃこのえぐみは消せないな。
でも決して不味くはない。美味しくもないというか、まぁ、普通に食べられる。個人的にはやっぱ茹でた方が良いなってくらい。
しかし柔らかいな。生ってこんなに柔らかいのか? 鮮度が命というのは伊達じゃないな。
すると、健さんたちも同じく刺身を食べ始めた。
「うっわぁ。食えんこともないが、進んで食べようとは思わないな」
「ああ。もちろん、これを美味いと言う奴もいるぞ。むしろそういう奴の方が多いかもしれない。味覚の差だな」
「......知りませんでしたよ。タケノコって生で食べれるんですね?」
「再三言うが、市販のじゃまず駄目だ。絶対に加熱しろ」
「中毒性があるからな。掘りたてに限る」
「へぇ」
しかし良い体験ができたな。早朝バイトに来て一番貴重な体験ができた気がする。
「ま、餞別にしては良い体験になっただろ」
「餞別と関係あります? コレ」
「ねぇな。食わしてやりてぇって思ったから呼んだだけだ」
なんというか、自分勝手と言うか、思いやりのあるゴリラたちである。
「自分、これからはもっとこのアルバイトを楽しもうかと思います」
「がははは!! それが良い! 中村家ならもっと経験値ががっぽり稼げるぞ!」
「ついでに金もな!!」
「あ、それと伝え遅れましたが、春休みはまた中村家で住み込みバイトを―――」
「ふざけんなッ!! またこっちのバイトを蔑ろにする気かッ!」
「去年一年間中村家でバイトしたんだから充分だろッ!!」
「さっきと言ってること違いませんッ?!」
とまぁ、そんなこんなでこの後もゴリラ共と騒ぎながら早朝バイトに勤しむバイト野郎であった。
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