第289話 デートのお誘いは非常識から?

 『プルプルプル♪』

 「......。」


 現在、明後日から中村家での住み込みバイトが楽しみで鼻歌を歌っていた俺に一本の電話がかかってきた。


まだ確認はしていないが、例の西園寺家からだろう。いつものことだし。


 ちなみに俺は自宅に居る。明後日から中村家でお世話になるのだ。我が家に居るのは明日までとなる。


 明日はコンタクトを買いに行くからな。イメチェンに向けて。


 『プルプルプル♪』

 「かんべんしてくれよぉ......」


 春休みが楽しみだなーと思っていた矢先に電話来たよ。


 時間にして夜10時過ぎと、今までの深夜イタ電よりはマシかと思われるが、騙されちゃいけない。仕事する日の前日の夜に連絡寄越すことがそもそもおかしいのだ。


 ......いや、そもそも西園寺家に、春休みは中村家で住み込みバイトするって連絡してなかったな。冬休みは気を利かしてくれて俺に早朝バイトをほとんど頼まなかったんだっけ。


 住み込みバイトするって伝えなかった俺も悪いな。


 『プルプルプル♪』

 「......しゃーない」


 俺はテーブルに置いてあるスマホを手に取った。スマホの画面を見れば、“会長”の二文字。


 なんと今宵はあのゴリラ共ではなくてショートボブが魅力的な高身長女子高生、美咲さんからのお電話だ。


 『ピ』

 「.....しもしも」


 電話の先に美女が居るなら待たせるわけにはいかない。兄妹親子揃って非常識という点に変わりないが、それでも出ないという選択肢は無い。


 『遅い。先輩を1分近く待たせるとかどういうこと?』

 「ええ。ですね。22時ですよ? もうちょっと早めに連絡くれません?」


 『ブラジルは昼だよ?』

 「ああ、あなたブラジルに居るんですね」


 『いや? 自宅だけど』

 「......。」


 このやり取り以前にもやったな。そのブラジルがどうのこうの言えば俺が納得するとでも思ってんのかな。なめてんのかな。


 「まぁ、日付変わってから電話寄越さないだけまだマシです」

 『でしょ。もっと敬ってほしいものだね』

 「見限る一方です」


 さて、この様子だときっと会長はいつものように俺に西園寺家での早朝バイトを頼むのだろう。


 何するんだろ。またタケノコ掘りかな。


 あの仕事楽しいけど、ゴリラ共からのパワハラがキツいからなぁ。


 『で、さっそくで悪いけど、明日

 「......。」


 確定事項みたいに言うのな。


 なんでこう、神経を逆撫でするような言い方しかできないのだろう。前夜に連絡寄越すならそれなりにお願いしてこいよ。


 だからかな。俺はつい反抗してしまった。


 「すみません、明日は予定がありまして」

 『は?』


 「すみません、明日はちょっと予定が―――」

 『は?』


 「す―――」

 『は?』


 怖いお姉さんだ。平仮名一文字でここまで怖い雰囲気を醸し出すなんて。


 電話越しでもちょっとした殺意を感じるよ。ワンチャン、今度会ったら殺されるかも。


 でも僕は死にましぇん。じゃなくて諦めません。


 『ワタシだってバイトに来る子にこんな無理強いしたくないんだ』

 「しなければいいのでは?」


 『でもゴリ―――父さんも腰が痛いって言っているし』

 「会長が手伝えばいいのでは?」


 『凛さんだってもうお腹が大きくなってきたし』

 「あの、非常識な時間帯で攻めてきといて情に訴えてくるのやめてくれません?」


 地味に反抗しにくいこと言いやがって。


 『あ、そうだ。ビデオ通話しようよ』

 「え、なんですか急に」

 『会長命令ね』


 この人、本当に会長辞めた方が良いと思う。


 こんなんで来年度も生徒会長やるって言ってるからな。素直に受験に専念して―――いや、生徒のためにも生徒会長立候補しない方がいい。


 俺は特に抵抗も無いのでスマホのカメラモードをオンにして会長に応じる。


 『ほら、ゴロゴロ君だよ』

 『にゃー』


 画面に映し出されたのは会長の膝の上に乗せられた、なんとも羨ましい白黒の猫の姿である。会長の胸から下がカメラに映っている状態だ。


 たしか桃花ちゃんと一か月交代でゴロゴロ君(ロロ)を世話しているんだっけ。奇数月は会長で、偶数月は桃花ちゃんだったな。


 「......。」


 が、俺はそんなことどうでもいいくらいに、一瞬で猫からに目が言った。


 『甘えてくるのはいいんだけど、これからの時期はこの毛皮が暑苦しいんだよね。毟ろうかな』

 『んおッ?!』

 「......。」

 『はは。冗談だよ。相変わらず反応が猫のそれじゃないよね』


 乳首だ。


 あの突起物、絶対乳首だ。


 『バイト君?」

 「え、あ、すみません。可愛らしい突起―――じゃなくて猫です。ええ、はい」


 女の人って寝るときはブラ付けないんだっけ。


 ネグリジェとかベビードールならこいつわざと見せてんなってわかるけど、会長は大きめのTシャツ一枚しか着ていないようだ。


 ぷっくらしてるもん。巨乳の頂上がぷっくらしてるもん。


 『ゴロゴロ君見てる? すっごい険しい顔になっているけど』

 「生まれつきです」

 『そう? 学校で階段上に居る女子のスカートの中を下から覗いた時みたいな顔してるよ』

 「覗いてません。アレは見えちゃったんです。あと男子高校生のさがです」

 『“性”って言ってるじゃん』


 しかしまぁ、とんだラッキースケベだな。


 タッチしたい。画面に映る2つの突起をタッチしたい。バレないし良いかな?


 『あ、乳首が映っちゃてたね』

 「っ?!」


 なに?! なんでバレた?! あ、インカメか?!


 会長はそう言って特に焦ること無く、普通にビデオモードをオフにした。顔は見えなかったが、声の様子からして動揺しているようには思えない。


 “乳首”とか恥じらい無く言えるのはあんただけだよ。


 というか、控えめに言って、くそぉぉおぉおおぉぉおおおぉおおお!!!


 「あーあ」

 『バイト君、ゴロゴロ君じゃなくて私の乳首見てたでしょ?』


 「いえ。そんなことありません」

 『さっき“あーあ”って言ってたし』


 「“ありがとうございました”の“あ”ですよ」

 『それで押し通すって自分でも無理があると思わない?』


 禿同。


 「というか、会長はよく落ち着いて居られますね」

 『ワタシはほら......生徒会長だから?』


 「理由になってませんけど......。まぁ会長は、交際経験豊富ですしね」

 『......。』


 「あ、お詫びとして自分の見ます?」

 『洗濯バサミで挟んでタバスコかけるなら見たいかも』

 「すみません、冗談です。忘れてください」


 今宵もドS会長は絶好調であることがわかった。


 俺も会長と同じようにビデオモードをオフにして、通常の音声だけで通話ができる状態に切り替える。


 『で? 明日バイト来る気になった?』

 「どこをどう思えばそうなるんです?」

 『なんだ、やけに頑なに断るじゃないか』

 「まぁ、別にどうしてもって訳じゃありませんけど......」


 うーん。そこまで言われると迷っちゃうなぁ。イメチェンなんてまた今度でもいいかって思えてくるわ。できれば高校2年生からデビューしたかったけど。


 決して乳首を見せてくれたお礼で出勤するとかじゃないから。


 『ちなみにどんな予定があるんだい?』

 「実はですね、明日出かけようと思いまして」

 『は? 誰と?』


 “誰と?”。


 “どこに?”じゃないのかよ。哀しいことに誰もいないんだな。......ぐすん。


 俺は一瞬で声のトーンを落として言ってきた会長に返事をした。若干の焦燥感を抱いてしまったのは気のせいだろう。


 「はは。自分一人だけですよ。笑ってください」

 『そう......。君の心にちゃんと誰かしらいるから、悲しまないで』


 誰も死んでねーよ?


 思い出として心の中でちゃんと生きている的なアレか? 大切な人が死んだときのアレか?


 だとしたら“誰かしらいるから”とかテキトーなフォローやめろ。慰める気0にしても程があるわ。


 「良い機会ですし、メガネじゃなくてこれからは外出時はコンタクトにしようかなって」

 『イメチェン?』

 「はい。行こうとしているショッピングモールの中にあるメガネ店ではコンタクトを買えるようですし、近くに眼科があるらしいんで処方箋も発行できます」

 『まぁ、バイト君ならコンタクトも似合うんじゃないかな?』

 「ありがとうございます」


 お、なんだ。やけに素直に褒めてくれるじゃないか。これなら明日の早朝バイトは行かなくて済むかな。


 『ふーん、そう。一人で行くんだ』

 「ええ、はい」


 『......。』

 「?」


 『一人で行くんだ』

 「あ、はい」


 『......。』

 「?」


 『ひ・と・り・で・い・く・ん・だ』

 「え、あ、その、か、会長もよろしければ買い物に行きません?」


 なんで俺、会長誘ってんの?


 あっちがなんか不機嫌そうだったからつい言っちゃったよ。沈黙はヤバいなって直感がね。


 『そこまで言うなら仕方ない』


 “そこまで”言ってないけどな。


 『ワタシも買い物がしたかったしね』

 「さ、さいですか......。では残念ですが、明日の早朝バイトは無しで―――」


 『いや、無しにはしないよ?』

 「え」


 『早朝バイト終わってからでも行けるでしょ?』

 「しかしですね」


 『うちでバイトしてから、ワタシと買い物に行く。いいね?』

 「い、いや―――」


 『ね?』

 「......あい」


 くそうくそう。俺が何をしたって言うんだ。


 『ふふ。おやすみ』

 『にゃー』

 「おやすみなさい」


 この会話を最後に通話を終了し、夜23時近くと時間も時間なので、俺は観念して就寝するのであった。


 西園寺家での早朝バイトのお誘いは不可避に等しいことだと学び、今日も俺は秒で眠りにつく。


 「あ、もしかしてこれってデートじゃね?」


 んな訳無いか。



***********

美咲おまけの視点~short ver.~

***********



 「ち、乳首見られた......」

 「んにゃ」


 バイト君との通話を終えたワタシは抑えていた恥ずかしい気持ちを、ゴロゴロ君のもふもふした毛皮に顔を埋めて発散した。


 「これって、もしかしなくてもデートじゃない?」

 「にゃー」

 「だよね」


 やはりこの猫は面白い。



――――――――――――


ども! おてんと です。


最近、多忙の身でして中々公開できておりません。本当にすみません。許してください。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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