第287話 これは地雷ですか?それともお誘いですか?

 「和馬君、今日は私と―――」

 「セッ◯スですね?」

 「秒でセクハラやめてくれる?!」


 天気は曇り。春休みに入った俺は夏休み、冬休みと同じく中村家で住み込みバイトをする予定である。許可は貰ってないけどな。


 待ちに待った春休みだ。だから浮かれてしまったバイト野郎が葵さんに即セクハラをしてしまうのは仕方ないことである。


 「ごっほん! えっとね、今日は私と葉物野菜にビニールトンネルを被せます」

 「自慢じゃないんですけど、自分のち◯こ、皮被ってないんですよ」

 「......。」

 「ごめんなさい。真面目に聞きます」


 二度目のセクハラはさすがの葵さんでも冷ややかな目で俺を見てくる。


 異性の生殖器事情気になんないのかね。俺ならボイレコ稼働させて正座して聞くのにな。


 バイト野郎と巨乳長女が軽トラで来たこの畑は、ほうれん草、小松菜と2種類の葉物野菜の種が蒔かれている


 というのも、実はこの畑に植えてあることだけを聞いているだけで、種がもう既に畑の中にあるのだが、発芽すらしていないからこの畑にはまだ野菜らしきものは何も生っていない。


 「この3本線が引かれているところに種が蒔かれているんですよね?」

 「そ。ほうれん草は9うね、小松菜は6畝の計15畝だから、ビニールトンネルを被せるのは5回かな」


 3本線、つまり1本の線を1うねと言うらしい。どっちでもいいが、専門用語を使いたがるのは素人の性なので1畝としよう。


 この畑に、長さ20メートル程の葉物野菜が3畝分蒔かれていて、それを基準に次の4〜6畝も1メートル以上の間隔をあけて蒔かれている。


 「おおー! コレがあのビニールトンネルに使うビニールですか!」

 「ふふ。ただの長いラップみたいな物だよ?」


 正直、今日の仕事は農業っぽくて好きだ。


 だってよくテレビで、農家さんが露地栽培でするときにビニールトンネルを設置しているの視るんだもん。ほら、畑で山型になっている透明のあの長い列ね。


 夏以外の季節は基本、昼夜で気温差があるからこういったトンネル栽培は農家にとって定石に等しいらしい。


 だからそのトンネル栽培に今日は携われるので嬉しい気持ちである。


 ちなみにビニールトンネルは厚手で頑丈にできているのでちょっとやそっとでは破けない。葵さんが“長いラップ”と言ったように、軽トラの荷台に積まれているビニールトンネルは芯に巻かれている状態にある。


 「いやぁ、春休み初日に農家っぽい仕事ができて嬉しいですよ」

 「はは。結構大変なんだよ? このお仕事」

 「被せるだけじゃないんですか?」

 「チッチッチッ! そんな単純なわけ無いじゃん(笑)」


 葵さんは可愛らしく人差し指をメトロノームのように左右に揺らした。


 お、先輩風来るか? 吹かせるのか?


 「ただ被せるだけじゃないよ? このビニールを被せるにはまずトンネルの型となるピンを一定間隔で畑に刺さないといけないし」

 「ほうほう」


 「その上からただビニールを被せても風で飛ぶだけだから、周りに土を重し代わりに被せなきゃいけない」

 「結構体力が必要そうですね」


 「そ。だから一緒に頑張ろうね!」

 「もちのろんです。任せてください」


 葵さんの言う通り、ほうれん草が全部で9畝分あるらしいから、3畝を1セットに並べて種を巻いているので、ビニールトンネルは9÷3で3回(枚)被せる必要がある。同じく小松菜も6畝分あるので2回(枚)だ。


 そしてビニールを被せるにはまずトンネルのほねを作る必要がある。見れば軽トラには巻かれたビニール以外にもその骨組みとなるようなU字のピンがあった。アレを一定間隔で畑に刺していくんだろう。


 「しかしそんな体力仕事でしたら葵さんがしなくても、自分とやっさんがやりますのに」

 「中腰の体勢が続くような仕事だから、父さんだとすぐ腰を痛めちゃいそうだしね」


 「お、父親思いですね」

 「でしょ。作業の中で暑かったら脱いでいいからね!」


 「はは。今日は涼しいからそんな汗かきませんよ」

 「脱いでください」


 筋肉ウォッチが目的じゃねーか。父親思いに便乗してんじゃねーよ。


 なんだ、“脱いでください”って。懇願するな。


 さっきセクハラがどうのこうの言ってたくせにな。なんなん、こいつ。マジ卍る。


 「さて、これだけの面積ですし、さっそく取り掛かりますか」

 「そうだね。じゃあまずはピンから刺そっか」

 「了解です」


 こうして俺らは作業に取り掛かるのであった。



*****



 「ふぅー。かなり疲れますねー」

 「ハァハァ......ね? 私もこんな力仕事......ハァハァ......久しぶりだから大変だよ」


 そりゃあ普段は雇い主がやっているらしいからな。なんかコツでもあるのかね。


 バイト野郎と巨乳長女は1時間程前からずっとこのビニールトンネルの設置の仕事をやっているのだが、まだ終わりそうにない。その仕事内容も至ってシンプルで被せたビニールの両端、つまり地面に設置している部分に土を載せているだけだ。


 鍬でな。


 葵さんは体力の限界なのか、火照って息を切らしている。そんな状態の彼女が巨乳を揺らしながら、鍬で土を掘って被せている。ちょっと......いや、かなり18禁エッチだなっと思ったのはここだけの秘密だ。


 「土が柔らかいからまだいいけ......どッ!」

 「ええ。一作一作長いですからね」


 「よく息を切らさずにできるよね......」

 「体力と筋肉だけが取り柄ですし」


 「取り柄なら見せて......よッ!」

 「お断りします」


 「ケチ」

 「エッチ」


 なんというか、ピンを各葉物野菜の畝に刺すまでは大して苦労しなかったが、ビニールトンネルを被せてからが体力勝負だった。


 テレビ番組では、ビニールトンネルが綺麗に山型でずらりと設置されていたが、あの域にまでするにはこういった背景があったんだな。すっげぇ大変じゃん。


 「か、和馬君、ハァハァ.....知ってる? 鍬には何種類かあるんだけど、今使っているのが―――」

 「平鍬ですね? 知ってます」

 「いつもなら可愛くない後輩だと思うところなんだけど、ハァハァ......今日は解説せずに済みそうで助かるよ。ハァハァ......い、息が続かない」


 喋らなければいいのでは?


 どうしても一日一回は先輩風を吹かせたいようだが、バイト野郎は葵さんの煽りを受けたくないので迎え撃つ算段である。


 「あの、休憩した方がいいですよ?」

 「うっ」


 「そもそもこんな仕事、葵さんがやるべきではありません。自分に任せてください」

 「きょ、今日の和馬君は頼もしいね」


 「ちなみに下心はありません」

 「そういうこと自分から言わなければいいのに......」


 そう言って葵さんは汗をかいた分、水分補給をするため、水筒を取りに軽トラが停めてある場所へ向かっていった。


 バイト野郎は葵さんの分の仕事も頑張るべく、平鍬を使ってどんどん土を被せていく。中腰で行う作業な上に、単調だから自然と体感時間もゆっくりに感じる。先輩には任せとけと言っておいて、早く終わってくれと音を上げそうだ。


 「ふぅー」

 「はい、和馬君」

 「あ、すみません。ありがとうございます」


 そんな苦労をしていたバイト野郎に巨乳女神が黒い水筒を持ってきてくれた。俺の水筒である。サイズは500ミリリットル程だ。


 葵さんのもう片方の手には水色の水筒がある。彼女自身のだ。大きさもバイト野郎の水筒と一緒である。


 「......。」

 「?」

 「ああ、すみません。いやぁ、さすがに喉が渇きますねー」

 「ねー」


 俺は差し出された水筒を受け取った。


 なんで水色なんだろって思ったけど、コレ、俺の水筒じゃなくて葵さんのだよ。


 よくわからないけど、葵さんを見れば特に意図した訳ではない模様。天然な面もあるから気づいていないのかな? 普通に間違えて渡した感じである。


 ......え、マジ?


 「今日でこんなに暑かったら夏とかどうなるんだろー」

 「はは。溶けちゃいそうです」

 「ふふ。ほんっとそれ」


 え、マジ(二回目)?


 この人、気づいてないんか? 大きさ一緒だからって普通間違える? それともあんま間接キスとか気にしない系?


 水筒が目の前にあるのに喉の渇きを潤せないとかなんなん。ちょっとした拷問だよ。


 無論、「コレ、自分のじゃありません」なんて野暮なことは言わない。


 葵さんを見れば俺に背を向けて大きく伸びをしていた。視界に俺は入っていないようだ。


 ..............................飲むか。仕方ない。葵さんがいけないんだ。俺のせいじゃない。ないったらない。


 「いただきます」


 俺は水色の水筒に片合掌をし、葵さんに背を向けるようにして蓋を開けた。


 背で隠すとも言う。バレたら止められそうだし。


 「ゴク......ゴク......」

 「......。」

 「ぷはー! 最高(意味深)!」

 「っ?!」


 やべぇ! このお茶、美女の味がするッ!!


 めっちゃ力が漲ってきたぁあぁあぁぁああ!!


 「......ですか」


 後ろで葵さんが何か言っていたので、バイト野郎は思わず振り返ってしまった。見れば葵さんはどこか慌てた様子で明後日の方向を見ていた。


 真っ赤な顔で。


 「? 顔赤いですよ。大丈夫―――」

 「あ、ああー! わ、わわわ私急な仕事思い出しちゃった! ごめんね! 終わったら迎えに来るから!」

 「え、あ、はい」


 そう告げて葵さんは再び軽トラを停めている方へ走っていった。急ぎの用らしいが、今からで間に合うのだろうか。内容はわからないけど。


 それにああもすごい勢いで先輩から仕事を任されては、バイト野郎は首を縦に振るしかあるまい。元々、あとは土を被せるだけの仕事だし、肉体労働は俺一人でやるつもりだったからいいけどさ。


 「......も」


 手元には土を被せる際に使う平鍬と、美女が口をつけた水筒がある。


 葵さんが車でこの場を去ったことを確認してから、俺は平鍬をギターのように無理矢理持ち替えた。


 「も、もしかしてだけどぉ~。もしかしてだけどぉ~」


 水筒アレってオイラを誘ってるんじゃないのぉ~。


 ............最後の一言を歌える程、俺のメンタルは強くない。


 「......仕事するか」


 そう言って俺は今しがたギターのように持っていた平鍬を、今度は正しい使用法で作業を進めるのであった。

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