第281話 男子高校生のベッドには必ず何かある
「「ただいま」」
「お邪魔します」
高橋家長男であり、一人っ子である和馬さんと、その一家の大黒柱である親父、他所のうちの妹の三人は高橋家に着いたとこだ。
俺は気になっていたので下を見た。
玄関に並べられていた靴は家族の物だけ。陽菜の靴が無いということは自宅に帰ったのだろう。
ちょっとほっとしたわ。
リビングに向かえば案の定お母さんだけが居た。
「おかえり―――って、どなた?」
「千沙です。兄さんの妹の」
「生んだ覚えないけど、以前電話で話していた陽菜ちゃんのお姉ちゃんね?」
「はい。初めまして」
中々カオスな会話である。
開口一番に“兄さんの妹”を実の母親にするとか正気の沙汰じゃない。
「陽菜ちゃんは用事かなんかを思い出して家に帰っちゃったよ?」
「まーじか。一度は会ってみたかったなぁ」
「そっか。陽菜は帰ったんだ」
「兄さん、どこか嬉しそうな顔してません?」
まさか(笑)。そんなことないったらない。
「それよりごめんなさいね? お父さんが迷惑かけちゃったみたいで」
「そんなことありません。形は最悪でしたけど、お会いできて嬉しいです」
「“形は最悪”......」
親父を見れば千沙にそう言われたことを聞いてショックを受けていた。
気にすんな。千沙はそういう人間だから、こんなんで一々傷ついていたらこの先やっていけないぞ。
「それより千沙ちゃん、晩ご飯はもう済ませた?」
「いえ、まだです」
「どうなの? 陽菜は俺とお母さんの分は作ったって言ってたけど」
「あ、俺は要らないよ? さっき店で飲んだ際に軽く食べたから―――ぐへッ?!」
その一言がきっかけになり、僕のお母さんはお父さんの胸倉を掴み始めました。
「先言えよ! 作っちまったじゃねーか!」
「ごめんなさい!」
「す、すみません。急に来てしまった私の分まで」
「千沙ちゃんはいいの。むしろ食べてって」
「お、お風呂入って来ま~す」
「そ、そうですか。そういうことならせっかくですし、いただきます」
千沙が居なければ夫婦喧嘩(一方的)という地獄絵図が繰り広げられていたぞ。良かったな親父。
そんな親父は入浴を済ませることを口実にこの場を後にした。
というかお母さん、『作っちまった』って言った?
......マジ?
「和馬、陽菜ちゃんがせっかく作ってくれた料理なんだから食べなさいよ」
「まぁ、うん。千沙は?」
そんなこと聞かなくてもわかる。陽菜は俺とお母さんの分含めて三人分作ったんだ。
じゃあ千沙は?
「二人で別々のものになって悪いけど、私の手料理かな」
「わーい!......です」
「大したものじゃないけど、お口に合えば最高ね」
「そんな! 絶対美味しいですよ!」
......可哀想に。何も知らないとはこんなにも悲しいものなのか。いや、別にお母さんの料理が不味いといわけではない。中の下と言った感想である。
が、俺はそれでも陽菜が作ってくれたご飯を食べる。
肉じゃがを食べたい。
食卓に行けば、すでに三人分の席が用意されている。陽菜とお母さんは先に食べたらしいし、親父は風呂に浸かりに行ったからお母さんが作った二人分の料理のうち、一人分は要らなくなる。俺らは席に着いた。
千沙の前に置かれている料理は野菜炒めと生姜焼き、味噌汁と言った一般的な晩御飯だった。 どれも見た目普通であり、漫画のように毒を感じさせる紫色料理なんてことはなかった。
お母さんは炊飯器からご飯を二人分装ってそれぞれ俺たちの前に置いた。
「簡単な物でごめんなさいね」
「そんなことありません! それでは......いただきます」
行儀よく両手を合わせていただきますと言った千沙はまずは味噌汁に手を付ける。
「ずず」
「「......。」」
これに対してうちの母親は感想を求めているのか、食卓の横に突っ立って千沙を見つめている。圧をかけているんだろうか。息子である俺にはそうとしか思えない。
「っ?!」
「どう? 美味しい?!」
「......あ、いや、その」
千沙が俺のことを見た。その顔には「騙しましたね?!」のよくわからん怒りを感じる。
俺はいつ、何でこいつのことを騙したのだろうか。
そして美味しいと即答しないあたり美味しくはないのだろうと確信した。
「そ、素材の味が効いている味噌汁ですね!」
お気づきだろうか、決して「美味しい」とは彼女は言っていない。
「ありがと! 久しぶりにお味噌汁作ったから味付けが心配だった―――」
「おーい、俺のパンツが無いんだけどー」
「お母さん、俺ら食ってるから頼むわ」
と、風呂場の方から親父の声がして食事中の俺らより手が空いているお母さんがため息を吐きながら対応しに向かって行った。
そしてこの場から去った母を確認してから千沙は俺を睨みだした。
「ちょ、なんですか?! この味噌汁の味、薄いですよ?!」
「おそらく出汁を入れていないのだろう。よくあることだ」
「それにしてもなんか苦い気が......」
「小松菜だな。水に晒してないからアクが出ちゃったんだ。よくあることだ」
「生姜焼きのお肉もなんか硬いですッ!」
「焼きすぎたんだ。よくあることだ」
「野菜炒めも。......ピーマンだけなぜか違和感があります」
「おそらく炒め終わった後に入れ忘れたことに気づいて火を通さずに生のまままぜてしまったのだろう。よくあることだ」
「“よくあり”すぎですよ! むしろ何がちゃんとしているんですかッ?!」
しょうがないじゃないか。完璧美少女を謳うんだったら頑張って食べろ。
「かろうじて白米は美味しいです!」
「それは陽菜が余分に炊いてくれたからな」
うちの母親は不味い飯を作ると言うより、なんか斜め下を行く失敗をしてしまうのだ。味付けの失敗というより、調理の手順の失敗と食材の入れ忘れ、煮込み時間とか焼き時間がなってなくて台無しになる。
あれで桃花ちゃんのときは真面目に指導しているんだから信じらんないよな。普段もそれくらい真面目にやれって話。
Co〇kDo使ってでも頑張ってくれよ。
「しかも―――」
「お待たせ。あ、なんか二人で盛り上がってた? ごめんね?」
「い、いえ。いやぁ、あはは」
「?」
風呂場から戻ってきた母親に苦笑いをする妹。先程まで散々料理に文句言ってたからな。良い感じの返事が思い浮かばなかったのだろう。
こうして千沙は見事料理を食べ尽くして帰宅したのであった。
いや、急な話だが、食べ終わった後の千沙のあの顔はすごかった。“無”だよ、“無”。賞金のためにただただひたすら食べ続けるフードファイターのような面持ちだったわ。
申し訳なさ半分、面白さ半分で見守っていた俺は千沙を家まで送ろうとしたのだが、
「いえ、道中ワンチャン吐きそうなので一人で帰ります。兄さんにそんな姿見せたくないので......」
と、虚ろな眼差しで俺に言ってきたのだ。そこまで口に合わなかったの?
まぁ、真由美さんたちが作ってくれる料理があんなに美味けりゃあ雲泥の差だよな。
さすがにこれを押し通してまで送るよなんて言えないから玄関でお別れしたのだ。
「はぁ。なんかどっと疲れたな」
「ほら、和馬。あんたが最後なんだから風呂入りなさいよ」
「うぃ」
お母さんにそう言われた俺は入浴をするため、風呂場に向かった。
*****
「ふぅー。風呂入ると疲れが飛ぶな」
入浴を済ませた俺は自室に戻って、就寝までの残り数時間、余暇を楽しむだけである。
“余暇を楽しむ”。
男子高校生にとってそれはもうポー〇ハブやF〇2しかないだろ。
つまり自家発電タイムである。
「よいしょっと」
俺は部屋のドアを閉めたことを確認してから全裸になり、スマホにイヤホンをセットした。続いてティッシュも在庫があることを確認する。
そしてベッドの布団に横になるべく、掛け布団をバサッと持ち上げた―――
「ひゃっ?!」
「っ?!」
ら、なぜかそこに誰かが居た。
見れば仰向けになっていた陽菜が居た。
一瞬、頭が追いつかない。
そして陽菜の上半身は先程の私服のままだが、なぜか下半身はパンティーしか身に着けていない。
「な、ななななななんで―――」
「なんで―――」
お互いこの出来事に驚く。
いや、なんでお前も驚いているんだよ。
「なんで陽菜が居るんだよッ?!」
「なんでもうパンツを脱いでいるのよ!」
あ。
俺はすぐさま回れ右して脱ぎ捨てたパンツを穿きに行ったのであった。
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