第257話 プラスアルファ、その先へ
「すぐ戻りますので少々お待ちください」
「おう」
「大変ね」
お客さんに同情されてしまった。
現在、バイト野郎、ラスボス人妻、我儘次女の3人は直売店にて忙しなく働いている最中だ。
先程、店内のお客さんから在庫のことや野菜に関して聞かれたのでバイト野郎はそれの対応をするべく、店内に向かった。理由はレジの二人が忙しくて対応が難しいというのと、お客さんに聞かれたことは基本雇い主の仕事だったからだ。
「お待たせいたしました。“こっちの野菜”とはどちらでしょうか?」
「小松菜よ」
「あります。すぐにお持ちします」
俺は棚の下や店の裏から小松菜以外の不足していそうな野菜も持ってきて補充した。野菜を置けるスペースが無かったので他の場所で保管されていた野菜である。
これで在庫の方は平気なはず。
そしてその補充を続けながら次のお客さんの対応へ。
「あの、赤いほうれん草は......」
「赤いほうれん草は通常のほうれん草よりポリフェノールが豊富で、生食でも美味しく頂けます」
「サラダってこと? 茹でて食べちゃ駄目なの?」
「駄目ではありませんが、あまり茹で過ぎるとせっかくのポリフェノールが抜けてしまいます。健康面でも嬉しい効果があるので生食をお勧めします」
ここで爽やか笑顔ッ!!
ご老人は笑顔が素敵なら大体にイケメン認定してくれる。いや、今イケメンになる必要は全く無いんだけどさ。
「この値札が無い野菜はなんだ?」
「申し訳ございませんが、値札シールが無い野菜でも表示価格は上の方に別途記載しておりますので、そちらを参考にしてください」
「あ、本当だ。悪いな」
「いえ、こちらこそすみません。きっと剥がれてしまったのでしょう」
こうしてレジで真由美さんたちが忙しくしている間に俺は商品の品出し、質疑応答、お客さんが品定めしてばらばらにしてしてしまった野菜の並び直しなど一通り行った。
その後はまた外に戻って並んで待っているお客さんの整列の維持を再開する。
ああ、慣れてないってのもあるけど大変だなぁ。
「大変だねぇ」
「はは。もっと効率良く動きたいですね」
「最初っからできるなんでもできる奴なんていないよ」
「で、高橋君だっけ? どうなんだい?」
「?」
え、なに、“どうなんだい”って。
「とぼけるなよ! アルバイトする葵ちゃん目当てか?!」
「え」
「それな! もしくはあのレジに居る別嬪さんか?」
「あらやだ。あんたたちはすぐそうやって茶化すんだから。で、どうなの?」
順番待ちで暇だからってそんなしょうもないこと......。
しょうもないこと?
いや、これは却って......。ふふふふふ。
「バレてしまったのなら仕方ないですね」
「「「と言うと?」」」
「実は自分は―――」
しばしお客さんとの会話を楽しむバイト野郎であった。
*****
「二人共、お疲れ様ぁ。お店の方もだいぶ落ち着いてきたし、あとは私の方でなんとかなるわぁ」
「お疲れ様です」
「うへぇー。超疲れましたー」
直売店を開いてから1時間弱経った今はもう先程までのお客さんによる長蛇の列は無く、大分落ち着いてきた。
あとはいつも通り、真由美さんだけでなんとかできるとのこと。火曜日の今日だからまだ良い方で、これが日曜日だったらもうしばらく忙しい時間は続いていたらしい。休日ということもあって日曜日は別格なのだとか。
「ということで、千沙たちは家に戻っていいわよぉ」
「あとは大丈夫とのことでしたら、お言葉に甘えさせていただきます」
「午前中から兄さんと私は働いているので、今日はもう働かなくていいですよね?!」
「ふふ、そうねぇ。今日はもう泣き虫さんはお休みにしましょうか」
「え」
「やったー!....です。兄さん、ほら帰ってゲームしましょう!」
ちょ、休みもらったはずなのになんで千沙とゲームしなきゃならないんだ。
でも悲しきかな。隣で燥ぐ妹を見ては兄に拒否権など無い。千沙、今日はめっちゃ頑張ってたもん。ひきこもりの欠片も感じなかったよ。
「それと泣き虫さん、さっきの働きすごく助かったわぁ」
「兄さんが私たちの代わりに客の対応をしてくれましたよね?」
「え? ああ、大したことはできませんが、お役に立てたのなら何よりです」
「でもお客さんと話していたあの内容はちょっと許し難いのよねぇ」
「?」
「あ、あはは。冗談です。真に受けないでくださいよ」
店内から外に居る俺の話声が聞こえたってか。地獄耳か。
こうして俺と千沙は直売店から歩いて中村家へと戻って行ったのであった。
******
「泣き虫さん、ちょっといいかしらぁ?」
「そんなッ! 真由美さんにはやっさんが居るじゃないですか! 自分となんて―――」
「そういう浮気系じゃないないわぁ」
そういう浮気系じゃないのかぁ.....。
直売店での一件から数時間が経った今では、中村家で夕飯をいただいた後である。いつもならあとは東の家に向かうのだが、陽菜や葵さんが受験間近ということで他人の家でゆっくりするのもなんだし、高橋家へ帰る予定だ。
そんなバイト野郎に真由美さんは何か用件があると言うので、リビングから離れて誰も居ない廊下に二人で向かった。
「どうしたんですか?」
「陽菜のことなんだけどぉ」
陽菜? 手を出してませんよ。俺まだ童貞です。
ちなみにリビングには俺ら以外に先程夕食を済ませた千沙と雇い主が寛いでいる。他の姉妹は早々に自室へ戻ってしまった。理由は言わずもがな。
「ほら陽菜は受験がもうすぐじゃない?」
「そうですね」
「そこで泣き虫さんに活を入れてほしいと思って」
なんで俺。
母親である真由美さんがやればいいじゃないですか。
「自分なんかより家族の方が良いですよ」
「女の子としては好きな人から元気づけてもらいたいじゃない?」
「なんのことだかさっぱり......」
「い、今更なにを......。親としても志望校に行ってほしいのよぉ」
「そうですけど―――」
「ああ、陽菜、プレッシャーに負けて実力が出せずに落ちたら悲しいわぁ」
「いやでも―――」
「それに滑り止めで私立の高校に進学しないといけない状況になったら家計が......」
「......。」
何が何でも俺にやらせたいってか。
陽菜は俺が通っている高校が志望校なので、正直、一緒に学生生活を送る機会が増えるとなると俺の恋路を邪魔されそうだから抵抗があるんだよな。恋路の先は見つかっとらんけど。
だから俺の気持ちでは真由美さんが言ったように今から進路変更なんてできないので、滑り止めである私立高校に行って欲しいのと同義である。家計の負担になるとか地味に反論しにくい言い方しやがって。
と言っても、拒否権は無いので従うしかない。
「はぁ。わかりました。30分コースでいいですか?」
「言っといてなんだけど、若干の抵抗があるわぁ」
「短いですか。じゃあ延長を見込んで2時間コースで」
「時間の問題じゃなくて、“コース”って言い方よぉ」
え、僕、なんのことだかわからないや。
そんなこんなで俺は陽菜の部屋へ向かうことにした。
ああ、なんで俺がJCに活を入れなくてはならないんだ......。
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