第237話 抗議焼き芋
「ざむっ!」
「ほんっと寒いですよねー」
「おま、一人だけ完全に仕事する気のないボアコート着てんじゃねーか」
天気は曇り。晴れていないからいつにも増してクソ寒い。気温は昼前の今で6度である。もう寒すぎて仕事したくない。家に居たい。
「当り前じゃないですか。そんな薄っぺらいダウンジャケット着てたら凍傷になりますよ」
「女性は男性より皮下脂肪が多いらしいぞ。その分あったかいだろ」
「クソ寒い上にクソ野郎からクソセクハラ食らってるんですが」
クソクソうるせーぞ。女の子でしょーが。
「しかし、千沙にしては珍しいね。いつもは日が昇って暖かくなるまで布団から出てこないのに」
「ああ、私も偶には外に出ようかなと。ただの散歩ですよ」
「いや、
俺たちは今、白菜畑に居る。こんな寒い中でも仕事はしないといけない。マジ農家の人リスペクトだわ。見てみ、まだ畑の表面若干凍ってて白いぞ。霜ってやつか。
くそ。こっちは動かなければいけないから軽装なのにボアコートとかなめた格好で来やがって。
「仕事しないならなんでここに居んだよ。散歩ならはよどっか行け」
「ふふ。驚かないでくださいよ」
「?」
「じゃじゃーん!」
そう言って千沙はボアコートの中に片手を突っ込んである物を取り出した。一瞬、漫画や映画で見る拳銃かと思ったがそれは違った。
取り出したのはサツマイモである。
「焼き芋をするために来ました」
「マジか」
「驚いちゃいましたか」
ああ、もうそれは相当ね。
だってお前、人が働くってとこで焼き芋する奴が居んだぞ。しかも芋は見たところ1つ。別に食いたい訳じゃないがそこら辺、千沙っぽいよね。
「散歩どこ行った」
「しませんよ、面倒くさい」
なんだこいつ。
そう言えば畑の周りを見ると近くに木があるからか、あちこちに落葉した葉が枯れている。これを集めて焚火でもすんのか。
つーか、落ち葉で焼き芋って。お
マジ田舎の特権って感じ。
「安心してください。芋は一つしかありませんが、半分お裾分けします」
「.....要らねーよ」
「まったまたー」
さっき、一つだけしか~とか文句言ってごめんね。自慢の妹だよ。兄想いで最高。処女ちょうだい。
雇い主が自分の顔に指を差した。
「俺の分は?」
「あ。.....家に干し芋があります」
「.....高橋君を耕せば俺、半分食えるよね」
正気の沙汰とは思えませんね。焼き芋で身を亡ぼすとかなんの冗談ですか。
「じゃ、高橋君、仕事の説明するね」
「お願いします」
「ふぁあ~。頑張ってください」
「「.....。」」
ここまで甘やかしたのはある意味親の責任でしょ。男二人は次女を横目にようやく仕事に取り掛かった。
「まぁ、説明と言っても難しいことじゃない。こうしてこう。んでこう。はい、終わり」
「.....。」
あんたが簡単か困難か決めんじゃねーよ。こっちは白菜の収穫初めてなんだぞ。
雇い主がやったことは畑の上にある白菜の収穫だが、見た感じ葉を何枚か剥いて、包丁かなんかで芯の部分を切って持ち上げただけだ。
「あの、葉を何枚か取り除いているみたいですが、基準とかあるんですか?」
「ああ。葉が黄色かったり、先っちょが枯れてたり、汚かったりしたら葉を取ってちゃって。試しに収穫してみて」
「はい」
俺は見様見真似で近くの白菜を試しに収穫してみた。雇い主に言われた通り余分な葉を取り除いて、芯を切る。
「うおっ」
「はは。結構重いでしょ?」
「え、ええ。白菜って丸々一個でこんな重いんですね」
「あんま葉を取って無いから2、3キロ近くあるよ」
「通りで重い訳です」
マジか。ってことはスーパーで売っているあの4分の1カットは500グラム以下か。
「で、こんな感じで採ってみましたがどうですか」
「ふ。10点かな」
「お、10点満点中ですか!」
「100点満点中な!!」
「.....。」
いくら素人が採ったからってそれはさすがに辛口すぎだろ。
まぁでも、雇い主が収穫したのと比べるとちょっと見栄えが悪いな。俺のは切断面とか斜めってるし。
「葉をもうちょっと毟らなきゃ。こんなんじゃうちに持って帰ってからゴミが増えるだけだよ」
「にしても90点減点は理不尽ですよ」
「じゃあ残りは日頃の行い」
仕事と全く関係無いとこで引かれてた。
「白菜は15株。終わったらすぐそこでカブを作っているから
「了解です」
「終わったら電話ちょうだい。俺ちょっと他の仕事してるから」
そう言って雇い主は白菜畑を立ち去った。それと同時に落ち葉を集めて焼き芋をしていた千沙がこちらに来た。
「行きましたね」
「うん。千沙も手伝ってよ」
「嫌ですよ。面倒くさい」
「.....。」
まぁ、期待はしていなかったけど。
俺が白菜を収穫するためにあちこち動いていると、千沙はボアコートのポケットに両手を突っ込みながらついてきた。
「なに?」
「いや、その、えっとですね」
きっとあの日の晩のことだろう。バイト野郎はまだ謝っていない。良い機会だし謝ろう。
「あの時はごめんな。レイプ紛いなことして」
「れいッ?! い、いえ、こちらこそ。軽率な行動を取りました。すみません」
「.....焼き芋はいいのか?」
「焼き芋は今どうでもいいでしょう?! あんなのただの口実です!」
え、そうなの? じゃあ何しに来たんだ。
もしかして告白かッ?!
実はまだ俺の事を―――
「く、クリスマスはどこに行くんですか?」
「え」
「だからクリスマスはどこに行くんですか?!」
「あ、ああ、大都会にな。友人と以前から約束していてね」
「断ってくださいよ! 妹が居るでしょう?!」
「い、いや、それがもう色々と予約しちゃってるし、今更ドタキャンしたら迷惑かけちゃうじゃん?」
「そ、そんなぁ。じゃあ乱交パーティーで性夜にする気ですかぁ」
「そ、そんな上手く事は運ばないだろ」
「“上手く”?! やっぱヤる気満々なんじゃないですかッ!」
「う、うるさい! とりあえず俺は人生初の合コンを楽しみたいんだよッ!」
千沙め。お兄ちゃんのことが好きなのは嬉しいけど、せっかくのクリスマスを徹夜ゲームなんかで無駄にしたくない。
かと言って、まさか千沙とエッチができるなどと自惚れるほど、バイト野郎は馬鹿ではない。
「もう兄さんなんか知りません! 半べそかいて戻ってきても知りませんから!」
「高校生にもなってクリぼっちとか恥ずかしいからな! 合コン行くだけでもマシだわ!」
「きぃー!!」
猿か(笑)。
千沙は振り返って俺の下から離れていく。
「お、おい」
「帰ります! 帰ってふて寝します!」
自分でふて寝宣言とかちょっと可愛いな。いじけんなよ。
「じゃなくて! 焼き芋置いてくなよ!」
「要りません! 勝手に食べてください!」
その言葉を最後に千沙は怒って帰ってしまった。徒歩で帰れる距離とは言え、寒い中珍しく歩く気満々だったな。
「どったの? 千沙とそこですれ違ったけど」
「.....さぁ?」
過ぎ去る千沙と引き換えに、今度は雇い主が白菜畑に戻ってきた。
他の仕事とか言っていたが、どうやら近くの畑で春菊でも収穫してきたらしい。両手に抱えていた
「あ、千沙のやつ、焼き芋ほっぽらかして帰ったんですよ」
「ああ。火の後始末しなきゃね」
「半分こしましょ」
「千沙に怒られない?」
「はは。既に怒られましたよ」
「?」
俺たちは収穫が一通り終わってから千沙が焼いていたサツマイモを二つに割って食べることにした。
「「うまぁ~」」
当然、昼食の量を減らすという結果になり、女性陣から呆れられたのはこれより少し後のことである。
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