第236話 失礼にも程があるんじゃないだろうか

 「高橋、お邪魔しまーす」

 「いらっしゃい。ご飯できてるよ」

 「葵さんが良いです」

 「‟お風呂”とか‟それとも私?”とか選択肢与えてないし!!」


 はは。照れなくていいですよ。きゃうわいい。


 天気は晴れ。と言っても、土曜日の今日はもうとっくに日は暮れて、あと数時間で日付けが変わってしまう。ほんっと寒い。今日も一日仕事した訳だが、手先と爪先が悴んで痛かったもん。


 今は中村家でただ飯をたかるために南の家に到着したとこだ。そんな俺を出迎えてくれた私服姿の葵さんはマジで奥さんにしたかった。


 「和馬、遅いわね。今ご飯を装うから待ってなさい」

 「ありがと」

 「高橋君は俺の隣ね、かもん」

 「泣き虫さんが居ると作り甲斐があっていいわぁ」


 すみません、穀潰しで。


 「に、兄さん、お疲れ様です」

 「お、おう。調子はどう?」

 「ふ、普通です」


 千沙と会うのは1週間ぶりだな。いつもなら千沙は昨日、つまり金曜日の放課後は俺んちに遊びに来るんだが、千沙と‟未遂セックスの件”があったせいで来なかった。


 俺がレイプ紛いなことをしたからだろう。


 絶対嫌われたわ。お互い初めてで男があんなことしたら普通に距離置くわな。通報しないだけ感謝すべきである。


 陽菜が俺の分のご飯を装うのに対して、味噌汁を装ってくれた真由美さんが俺の席にそれを置いた。


 「今日はお味噌変えたから泣き虫さんの口に合うか不安だわぁ」


 味噌変えたくらいで中村家の味噌汁が不味くなるなんてありえない。お世辞無しでクソ美味いからな。


 クソ、くそ、糞かぁ.....。


 仮に味噌の代わりに糞を溶いて食卓に並んでも、バイト野郎はきっと普通に飲んで美味いって言うのだろう。食事前に下品な考えしてごめんなさい。でも味噌汁は愛情で味が決まると言っても過言じゃないから糞でもワンチャンいける。


 俺はいただきますと手を合わせて言ってからさっそく味噌汁を啜った。ズズッと。


 「五臓六腑に染み渡る.....」

 「あらあら、大袈裟ねぇ」


 案の定、美味かった。


 「今日も寒かったですね」

 「ね? 風邪ひかないでよ?」

 「夏は汗びっしょり、冬は霜焼け。高橋君、いつでもやめていいんだよ?」

 「まぁーたそういうこと言って。パパだって手伝ってくれて嬉しいくせに」

 「前より仕事が減って楽になったからか、朝起きるのに駄々を捏ね始めたわぁ」

 「なんですか、そのガキオヤジ。日照時間が短いんですから早く起きて仕事してください」


 家業一切手伝わない次女がなんか言ってる。なんだ、“ガキオヤジ”って。ガキなのかオヤジなのかわかんねーな。


 「で、これからもっと寒くなるけど、冬休みもうちで住み込みバイトってことでいいんだよね?」

 「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」

 「その言い方だとなんか婿に来るみたいね!」

 「わ、私はその対象パスで」

 「ふふ。私的にはもううちの子みたいな感覚だわぁ」

 「ば、ばっちぃですよ!」


 どこもばっちくねーよ!


 そんでもって葵さんから拒絶されてるし。今朝葵さんと会ったときはなんか変に避けられてたな。


 今考えれば、そう言えば先週俺のケツを葵さんに見せたせいだよな。千沙を隠すためのカモフラージュとはいえ、明らかに葵さんのマナー違反だろう。思春期なめんなよ。いつもシコってると思え。


 「今年は冬休み初日がクリスマスだっけ?」

 「ああー、受験生にはクリスマス無いよぉー」

 「今年は我慢しましょ」

 「悪しき文化をなんで日本は取り入れるんでしょうね」

 「彼氏いないからって僻まないのぉ」


 クリスマスね。千沙の気持ちすっごくわかるわ。彼氏彼女いない人間はお留守番、いる奴らはこれ見よがしに外でイチャつきやがって。東京に隕石落ちてこねーかな。


 あ、やっぱなし。今年は駄目だわ。


 「すみませんが、自分は以前にもお伝えした通り、クリスマスの日はお休みをいただきます」

 「「「っ?!」」」

 「ああ、予定が入ってるんだっけ?」

 「ふふ。泣き虫さんも隅に置けないわねぇ」


 俺の一言が衝撃的だったのか、中村家三姉妹の箸が止まる。


 長女は口をパクパクさせて震える手で指を差す。


 次女は聞き間違いでもしたと言わんばかりに平静を装って食事を続けている。


 末の子は......なんか血眼で睨んでくるんですけど。怖ッ。


 「ちょ! 和馬君それほんと?!」

 「ええ。マジです。お土産なんか買ってきましょうか?」

 「要らないよ!」


 「どうせ友達と傷の舐め合いでしょう?」

 「いや合コンだ」

 「んなッ?!」


 「か、和馬の変態.....」

 「や、やましいことなんてないぞ」

 「合コン行く時点で確信犯じゃない」


 たしかに。


 以前、会長にヤリチンは彼氏に選ばれないとか、処女を捧げたくないとか言われたがもうどうでもいいわ。気持ちってなんだよ。千沙との一件のせいで考えんの馬鹿らしくなったよ。


 もっと股間使ってこーぜ? うぇーい。


 「どうしよう、和馬君に彼女ができたら.....」

 「ふっ。葵さんより先に行けますね」

 「く、クビッ! 和馬君、クビッ!! もううちに来ないで!」


 八つ当たりすんな。


 こんなメガネより葵さんの方がよっぽど簡単に彼氏作れんだろ。なにに拘ってんだ。石油王か。あんた石油王が相手じゃなきゃ彼氏にしないんか。


 「に、兄さん、嘘ですよね? 私とのクリスマスの予定は?」

 「してないよ? いつもみたいにゲームして負け汁飲みたくない」

 「負け汁.....」


 ごめんな、千沙。まぁ、別に合コン行ったからどうなるとか無いから。たぶん。


 一応ゴム持っていくけど。


 「和馬、あんた最低よ.....。もうほんっと色々と最低。全部最低」

 「合コンなんて学生なんだから当たり前だろ。食事会とかカラオケで楽しむくらいだよ」

 「女子居るんでしょ。なんだかんだ言ってしか考えていないじゃない。.....死ねばいいのに」


 闇が。闇陽菜が降りてこられたぞ。


 ナニがとは聞かなくてもそこしか気持ち良くなるとこないよね。


 「はは。3人共妬みすぎ。よし、お父さんが可愛い娘のためとクリスマスを一緒に―――」

 「「「そういうの要らない(りません)」」」

 「「......。」」


 娘たちの明らかな拒絶にバイト野郎とラスボス人妻は何も言えなかった。もうこの歳じゃ学生は皆パパから離れていくもんなんですよ。


 「まぁまぁ。本当は今年は泣き虫さんが居ると思ったからクリスマスは盛大にパーティーでも開こうかと思ったのだけれど、娘二人が受験―――」

 「ほんとだよッ! なんなの?! 和馬君のせいでパーティーできないじゃん!」

 「あーあ! 兄さんのせいでクリパできなくて残念でーす!」

 「和馬、中に入れないから! 謝ってもうちの中にはもう入れないから!」


 いや、俺抜きでやればいいだろ。真由美さんも「娘二人が受験生だし」って言おうとしてたじゃん。俺に対してじゃないじゃん。


 「我慢しなさいな。来年はきっとうちを優先してくれるわぁ」

 「今が良いの! というか駄目! 先輩を差し置いて先に進むなんて赦せない! ごちそうさま! 私部屋に戻ってるから!」

 「そうですよ! 自分だけ楽しんじゃって! この童貞サンタッ! ご馳走様でした!」

 「私も、ごちそうさま。あんた覚えときなさいよ! 来年こそは! くっ!」


 「「「......。」」」


 食事を終えた中村家三姉妹はバイト野郎にそう怒鳴りつけて早々に食卓を立ち去ってしまった。


 千沙の言葉が一番刺さったわ。なんだ、“童貞サンタ”って。


 子供たちの夢を壊さないためにもそんなことシないという‟イメージ童貞”のサンタのことだろうか。


 でも、あの髭もじゃの歳になってまで童貞と言うのは酷な事実じゃないだろうか。


 「自分、そんなに悪いことしましたかね?」

 「さぁ?」

 「ふふ。考えなさいな」

 「はぁ」


 そんなため息と共に、再び箸を動かし始めたバイト野郎であった。

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