第191話 里芋堀ったって宝箱は出ないよ

 「高橋君、今日は里芋を掘るぞー!」

 「うぃー」

 「なんだその態度は?!」


 さーせん。


 陽菜と真由美さんによる親子喧嘩から一週間が経とうとしている土曜日の今日は、雇い主とバイト野郎の二人で作業を開始することとなった。


 天気は晴れ。もう11月に入り、あと2か月足らずでこの年は終わるというのに今日も田舎は平和である。平和は別に関係無いか。


 でも、年末に近づくに連れ、やれ「ジャンボ〇くじどうする?」だの、やれ「今年の紅白は~」だの、人類が騒ぎ始める頃合いなのは確かだ。


 「別に。なんかと仕事するのが久しぶりだなぁって」

 「なに不満なの?! っていうか、“やっさん”って?!」


 「あだ名みたいなもんです」

 「なめてるの?! クビにするよ!」


 「したらいいんじゃないですかね? あ、でもまた来年の3月辺りから雇ってください。受験終わっているでしょうし」

 「クビの意味知ってる?!」


 だって雇い主の名前わからないんだもん。そんなこと今更聞けないじゃんね?


 なぜバイト野郎があからさまに生意気な態度をとっているかというと、今日は葵さんが居ないからだ。


 なんでも、今日は受験勉強に集中したいらしい。受験日近くなってるしね。


 「葵さん、大変そうですね」

 「まぁ、あとセンター試験までそんな無いからね」


 「自分、今日葵さんからそう聞いたとき、『俺のことが嫌いだから一緒に働きたくないのかな』って思いました」

 「葵が嫌うわけないじゃん。っていうか、その言い方だと高橋君が葵に思いを寄せてるみたいだね」


 「そりゃあ葵さんは魅力的な――」

 「.......。」

 「――――やっだなぁ!! 付き合いたいなんて恐れ多いですよッ! ですからその右手に持っているくわをこっちに向けないでくださいよー!」


 怖っ。マジでバイト野郎を耕そうとしたなこのクソオヤジ。いい加減子離れしろよ。


 ああー、今まで葵さんと仕事することが多かったから、今日みたいな雇い主と二人っきりの仕事は久しぶりだなぁ。


 「バイトなんだからしっかり仕事してよ」

 「そう......ですね。すみません。よーし、頑張るぞ!」


 俺は自分の両頬をパンパンと叩いて気合を入れ直した。


 「あ、ちなみに、明日の午後も葵は仕事しないよ」

 「うわあああああん!!!」


 そんなぁ。二日も連続なんて......。いや、今日の夕飯のとき会えるんだ。


 そこでたっぷりセクハラしよう。


 「代わりに千沙と仕事してもらう」

 「え、何かまた機械事ですか?」

 「そんなとこ」


 へー。千沙と仕事するのも久しぶりだな。どうせ倉庫で機械いじりの手伝いでもさせられるのだろう。それはそれで楽しみだからいいな。


 「で、今日の仕事なんだけど、里芋を掘るよ」

 「これらを手作業ですか?」


 「うん。結構な数を植えているから面倒だけど頑張ろう」

 「へーい」


 「......。」

 「イエッサー!」


 テキトーな返事をした俺も悪いけど、なにも大の大人が鍬を振りかぶらなくてもいいじゃんね。脅し方が怖すぎる。


 「まぁ、本来なら“ポテトハーベスター”と言ってジャガイモとか里芋を掘ってくれる機械があるんだけど、機械の調子が悪いから手作業だね」

 「なるほど」

 「まぁ、昔は機械に頼らず自力で掘ってたんだ。高橋君も貴重な体験ができると思って」

 「そっすね」

 「千沙が今日修理してくれるみたいだけど、直ったらこっちに持ってきてくれるからそれまでの辛抱だ」


 ねぇ今、千沙がここに持ってくるって言った?


 あいつ、どうやってそんな大掛かりな機械を持ってくるの? 免許持ってないよね?


 「よし、とりあえず掘り方を教えよう。まず邪魔な里芋の葉っぱを鎌か草刈り機で切るじゃん?」

 「ほうほう――――冷たッ?!」


 雇い主が鎌で勢いよく切り倒した里芋の葉には水が溜まっていてそれが思いっきり俺に掛かった。


 「あ、ごめん」

 「そういえば葉の上で雨水がビー玉のように溜まってましたね」

 「そ。里芋の葉には撥水性があって、数日前に降った雨ですらこの葉の上では維持されるんだ」

 「へー」


 雇い主の言った通り、他の里芋を見ると、葉には数日前に降った雨水があって、葉を揺らすと玉のようにコロコロ動くからなんか面白い。


 「......よし、ここで“ヤッサンクイズ”だよ」

 「え゛」


 一瞬、葵さんの面影を見た。


 ほんと親子だな。俺、軽く恐怖症な気がしてきたよ。


 「“ヤッサン”って......」

 「だって高橋君がそう言ってくるし。まぁ、愛称で呼ばれるのに憧れてたからいいけど」


 “愛称”じゃなくて“あだ名”な。おっさんに愛なんてねーぞ。


 っていうか、ぽろっと自己紹介してほしかった。なんで受け入れてんだ。「〇嶋だよ!」的な感じで本名を言ってほしかった。


 「この里芋の葉のような性質を“撥水”って言うけど意味わかる?」

 「『水を弾く』って意味じゃないんですか?」


 「じゃあ防水は?」

 「え、一緒じゃ......」

 「違うよ。はい、ブッブー。罰ゲームは3日間減給ね」


 “罰ゲーム”の域超えてない?


 宣言してねーし、重すぎんですけど。


 「まぁ、簡単に言うと水を“弾く”か“防ぐ”の違いだよ」

 「?」


 「撥水は水だけを弾くから生地にその性質があると通気性も確保されるんだ。“弾く”から過度に水量を増やしたり、集中的に水を当てると限界がきて生地に染みるんだよ」

 「あ、じゃあ撥水は濡れるかもしれないんですね」


 「うん。防水では撥水以上に水を通さないからその分蒸れやすいんだよ。だから“防ぐ”というだけあって耐水圧が高いから生地の裏側まで浸透しないってこと」

 「それで“弾く”と“防ぐ”の違いですか」


 へー。今まで大して考えたことなかったな。雇い主のこんな知的な面を見るのなんか新鮮だわ。


 でもさ、


 「無駄話しちゃったな。さ、続きしよっか」

 「はい」


 話の途中で悪いけど、さっき言ってた『3日間減給』が「冗談だよ」って言ってくれないから不安なんですけど。


 この人、マジでやりかねないから怖いんだよな。


 雇い主やっさんが鍬を大きく振りかぶって、埋まっている里芋付近を目掛けてそれを振り下ろした。


 「で、茎を切り落とした里芋にこうして―――こうッ!!」

 「......。」


 そうだ。この人、説明が下手クソなんだった。


 「.....わーお」


 勢いよく振り下ろされた鍬によって里芋がこんにちわしてきた。里芋は中心のでっかい芋の周りに小っちゃい芋がたくさんくっついていた集合体だった。


 うっわ。里芋ってこうなってんだ。見た目がちょっと気持ち悪い。多重金玉分身みたい。


 美味しいのにごめんね?


 「コツは―――こうッ!!」


 見ればわかるものなんだろうけど、素人にはどの辺を掘ればいいのかわからない。


 うっかり掘る位置間違えて里芋なんかに鍬を当てちゃったらシャレにならんよ。


 「ってことで、やってみて」

 「いや、どの辺を掘り当てればいいのかわかりませんって」

 「だから―――せいッ!!.....ここだよ?」


 その『せいッ!!』がわかんねーんだよ。『こうッ!』と変わんないからね。


 「はぁ......。えーっと、この辺ですか?」


 俺は軽く里芋が埋まっているだろう付近に鍬を当てて、この辺でいいか雇い主に聞いてみた。


 「“芋オーラ”を感じて」

 「.....。」


 農家はどこも薬をやってるのだろーか。“リコピンオーラ”だの、“芋オーラ”だの、とてもじゃないが正気とは思えない。


 今度、雇い主の腕を触って肌が硬くないか確かめよう。


 「ほら、時間無いよー。チキってんじゃないぞー」

 「ええい、ままよ!!」


 俺は上司に急かされて仕方なく鍬を振り下ろした。


 『ザクッ!』

 「「......。」」


 鍬は思いっきり土に刺さったのだが、もちろんそれだけでこんな嫌な音はしない。


 「.....おい、高橋―――」

 「ここで“カズマクイズ”です。僕が振り下ろした鍬は無事、里芋を傷つけずに掘れたでしょうか?」

 「.........。」


 未だ地中に刺さったままの鍬を引き上げるのが怖いバイト野郎である。


 もちろん答えはNO。素人でもそれくらいわかるくらい失敗しちゃった。


 「絶対芋に刺さっただろーが!!」

 「だからちゃんとやり方を教えてくださいって言ったじゃないですか!!」


 「ちゃんと教えただろ!!」

 「どこがッ?!!」


 「耕してやるッ!」

 「上等だこらッ!」


 こうして、今年が残り2カ月足らずでも田舎は一部を除いて平和であった。


 .............俺、絶対悪くないだろ。でもごめんね。

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